B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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聖週間の初日に聴くマタイ受難曲
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今日はカトリックの暦で「枝の主日」。イエス・キリストがエルサレムに入城した際、群衆がナツメヤシの枝を手に熱狂的に歓迎したという故事から、祝別された緑の枝(地方によって異なる植物を使う。南方ではナツメヤシやシュロ、北方ではネコヤナギなど)を教会でいただき、1年間自宅に安置するという風習がある。今日から復活祭(今年は4/12)までの1週間は「聖週間」(カトリック)、あるいは「受難週」(プロテスタント)と呼ばれ、イエスのエルサレム入城から逮捕、十字架上の死まで、そして復活をしのぶ特別な期間となる。

デンマークはプロテスタントの福音ルーテル派が国教だが、オーフス中央駅の真ん前にはカトリック教会がある。ポーランド系や南米系、ベトナム系などの住民が主な信者のようで、デンマーク語のほか、そうした言語のミサが恒常的に立てられている(逆にいえば地元の移民コミュニティの核としての役割を果たしている)。とはいえ、需要の少ない英語や仏語のミサはない。そんな「言語の壁」もあって、「教会に枝、もらいに行く?」(<=「もらいに行く」という表現が、すでに不敬)、「うーん、かったるーい」(<=ますます不敬)、「じゃあ、パスしようかねェ」、という恐ろしく罰あたりな会話の挙句、夫婦揃ってパスしてしまった。

かわりにといってはなんだが、バッハの「マタイ受難曲」を聴いて、自分なりにイエス・キリストの受難をしのぶことにする(かなり強引)。フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮でソリストにイアン・ボストリッジやアンドレアス・ショルなど豪華メンバーを揃えた1998年録音の盤*だ。

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J.S. Bach: Matthäus-Passion BWV 244

Evangelista - Ian Bostridge, tenor
Jesus - Franz-Josef Selig, basse
Soprano - Sibylla Rubens
Alto - Andreas Scholl
Tenor - Werner Gura
Basse - Dietrich Henschel

Collegium Vocale Gent
Philippe Herreweghe (Conductor)

Harmonia Mundi, 1998年8月録音 


米国のMinnesota Public Radioという公営放送局のサイトに全曲のテキストと英訳および解説が載っていて参考になった。私は音源を、iTunesを使ってパソコンで再生しているが、トラックごとのメタデータ(「歌詞」の項)に上記サイトからテキストをコピー&ペーストしたら、歌詞を見ながら聴けるのでかなりいい感じになった。

この曲は「バッハの最高傑作」とか「西洋音楽の金字塔」とかいわれて神聖視されている感がある。確かにバッハが音楽で綴った自身のプロテスタント信仰の証しという側面もあろうが、そんなに七面倒くさいことを考えなくても、合唱、レチタティーヴォ、アリアが織りなすオペラを思わせる劇的表現や、有名なアルトのアリア「Erbarme dich(憐れみ給え、わが神よ)」をはじめとする哀切なメロディーなど、音楽そのものにどっぷり浸かって「楽しむ」(「解釈する」のではなく)というのでもいいのではないかと思う。もちろん、キリストの受難ストーリーのあらすじを知っておく必要はあるが、それはオペラのあらすじを事前に読んでおくのと同様だ。

たとえば第2部45曲でローマ総督ピラトが群衆を前に「Welchen wollt ihr unter diesen zweien, den ich euch soll losgeben?:(イエスと盗賊バラバの)2人のうち、どちらを許してもらいたいのか?」と問い、群衆が「Barrabam!:バラバを!」と叫ぶところなど、鳥肌が立つような緊張感がある。そして、数日前にイエスを熱狂的に歓迎したはずの群衆が、ひとたび扇動されると一転してイエスを処刑しろと叫ぶ、人間の心理の恐ろしさと残虐さに身が縮み、不信心者の私でさえ殊勝にも反省モードに入ってしまう。これが、感覚に訴える音楽の効用かもしれない。

* Thanks to R-sama.
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by bonnjour | 2009-04-05 19:52 | 暮らす