B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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秋の大型連休便乗の旅日記 その2:湯治場のオペラハウスにジャルスキーがやってきた
朝9時にパリ・リヨン駅を出発して正午にヴィシーに着いた。コンサートを聴くためにオーフス==(列車で3時間半)==>コペンハーゲン==(飛行機で2時間)==>パリ==(列車で3時間)==>ヴィシーと大旅行をして、御苦労なこったと自分でも思うが、今回はヨーロッパの湯治場の雰囲気を楽しむのも目的のひとつだ。

ホテルに荷物を置いた後はさっそくツーリスト・インフォメーションに行って市内の地図をもらった。観光地だけに、地図や案内パンフレットの類が充実している。今回は1泊なので温泉につかるのは割愛したが、次回は長く滞在して湯治をしてみたいものだ。

ヨーロッパでは温泉水を飲んで身体の内側から治す飲泉療法が盛んだが、そのための水飲み場を見学する。硫黄泉ではないので箱根や草津のような独特の匂いはしないが、果たしてどんな味がするのだろう。湯治客は処方箋をもらい、指定された種類の温泉を既定の量、飲用することになっている。
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水飲み場のある公園の並木道の終点には、今日のコンサート会場であるオペラハウスが優雅な姿を見せている。湯治客に必要な温泉施設と、長期滞在の無聊を慰めるためのカジノ、オペラハウスが緑あふれる公園の中にコンパクトに配置されている街だ。
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オペラハウスの場所をチェックしたり、市内をぶらついたりした後、ホテルに戻り小休止する。スーパーで仕入れてきたボルドーを部屋で飲みつつ、いつしかお昼寝モードに。しっかり休息した後、うきうきしながらオペラハウスに向かった。
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ヴィシーのオペラハウス(1,450席)はアールヌーボー様式の素晴らしい建築で、着工は1901年。そして1995年に大々的な改修が行われ、完成当初の姿が復元された。建築好きの私には、内部に入るだけでワクワクする空間だが、その中でジャルスキーの声が聴けるというのは二重の喜びだ。
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会場をざっと見渡したところ、聴衆は年配の方が多い感じ。クラシック音楽はファンの高齢化が進んでいるのか、温泉町という土地柄なのか。ともあれ客席は満員で、いつもながら彼のヨーロッパでの大人気を感じさせる。

本日のプログラムはJSバッハの末息子、ヨハン・クリスチャン・バッハ(1735 – 1782)が当時の名カストラート、ガエターノ・グァダーニのために作曲したオペラのアリアを、ジェレミー・ロレール指揮のル・セルクル・ドゥラルモニーをバックに歌うというもの。秋にリリースされる新しいディスク「La Dolce Fiamma(甘い炎)」と同じレパートリー、共演者で、新譜のプロモーションを兼ねたコンサートといったところだ。

ヨハン・クリスチャン・バッハは故国ドイツを離れロンドンで活躍した作曲家で、少年時代のモーツアルトはロンドンで彼に出会い、影響を受けている。バロックと古典派を結ぶ過渡期の作曲家として重要な役割を果たしているが、生前に名声を得たにもかかわらず、19世紀に父バッハが再評価されるのと入れ違いのように忘れられてしまった。メンデルスゾーンが仕掛けた「マタイ受難曲」の再上演(1829年)に端を発するJSバッハの再評価では、そのドイツ的な精神性が高く評価されたが、末息子ヨハン・クリスチャンはイタリア音楽に魅せられてドイツ国外で活躍した作曲家だから、父バッハの信者の目には「不肖の息子」として映ったのかもしれない。その彼の作品の魅力と音楽史上の意義に注目し、忘れ去られたアリアを今回発掘したのがジャルスキーだ。

ロレールが率いる躍動感あふれるオーケストラの海を縦横自在にジャルスキーが泳ぐといった感じの、大変にエキサイティングなコンサートだった。低音部も充分に響いていたし、彼の十八番である華やかな高音は麻薬的な喜びをもたらした。またレチタティーヴォ付きのアリアでは、情感のこもった表現で声による演技を楽しめた。出色は新譜のタイトルともなっている「Cara la dolce fiamma」(オペラ「シリアのアドリアーノ」より)だろう。これは彼のために書かれたアリアなのではと思うほど、現在の彼の声質やスタイルに合っている。ジャルスキーは、自分の魅力を100%引き出せるレパートリーを開拓できるインテリジェンスを持った歌い手なのだと思う。

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一昨日のパリでのコンサートと違い、サイン会は行われなかったが、沢山のファン(主に中高年の男女)が楽屋口でジャルスキーが出てくるのを待っているので、私も便乗した。10分ほどして本人が登場。ファン一人一人と言葉を交わし、気軽にサインしてくれる気さくな性格は、いつもながらだ。私の番がやってきて、「素晴らしい演奏でした」と言ったら「前にもお会いしましたよね。どこでしたっけ」とファンを狂喜させる嬉しいお言葉。すかさず「ロンドンです!」と答え、ヨハン・クリスチャン・バッハという「忘れられた宝石」を紹介してくれたことに心からのお礼を申し上げた。すると彼は目を輝かせ「忘れ去られた名曲を発掘するのが好きなんです」。また、11月の彼の来日公演に行く予定だと言ったところ、「クリスティーナ(プルアー)と共演するのは、いつも楽しみなんです」と嬉しそうだった。プルアー率いる古楽アンサンブルのラルペッジャータと共演する11月の日本公演(モンテヴェルディを中心としたプログラム)は熱くなりそうだ。

なお、「東京で『詩人の恋』を歌う予定というのは本当ですか?」としらばっくれて聞いてみたら「フジコ(ヘミング)さんと一緒にやります。全曲でなく抜粋なんですが、コンサートの1部と2部をつなぐ箇所で演奏します」とのことだった。これはラルペッジャータとやる公演とは別に東京で2回行われる、フジコ・ヘミングさんとのジョイント・コンサートのこと。詩人の恋とモンテヴェルディ(byジャルスキー&ラルペッジャータ)とリストのラ・カンパネラ(byフジコ・ヘミング)が同居する、日本でなければ絶対に聴けない(笑)コンサート(チケット発売中。詳細はこちら)の行方はいかに?

↓ 「楽屋口」と書かれたオペラハウスのドア。建物の様式にあわせ、書体もアールヌーボー風なのがいい。
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by bonnjour | 2009-09-18 07:07 | 旅する