B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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わたしは蔑ろにされた妻
「Sposa son disprezzata(わたしは蔑ろにされた妻)」-おだやかならぬタイトルだが、ヴィヴァルディのオペラ「バヤゼット(Bajazet)」(1735年初演)にあるアリアだ。

スルタンのバヤゼットが治めていたオスマン帝国を征服して怖いものなしのタタールの皇帝タメルラーノは、許嫁(いいなずけ)のイレーネを捨ててバヤゼットの娘アステーリアと結婚しようともくろむ。コケにされたイレーネは憤慨して「わたしは蔑ろにされた妻」と嘆く。

ヴィヴァルディ作品といってもこのオペラは当時よく行われたパスティーシュ(寄せ集め)で、自身の作品(旧作の流用および新規に作曲したもの)と、同時代の作曲家、ジェミニアーノ・ジャコメッリ(1692~1740)、ヨハン・アドルフ・ハッセ(1699~1783)、リッカルド・ブロスキ(1698~1756)らのアリアを寄せ集めている。ストーリー中の善玉のアリアはヴィヴァルディ自身が書き、敵役の歌は他の作曲家の作品を流用するという具合で、肝心のこのアリアはジャコメッリのオペラ「メローペ(Merope)」から借用したもの。ただしオリジナルではカストラートの大スター、ファリネッリのために書かれた男性役のアリアだったものを、歌詞を一部手直しして女性役の歌にしている。

昔、レーザーディスクで出ていたチェチーリア・バルトリのドキュメンタリーで、彼女がピアノ伴奏で歌ったこの曲があまりに美しく悲痛で、怖れ多くもバルトリごっこ(注:「XX(有名歌手の名前)ごっこ」とは、お気に入りの歌手のレパートリーを、下手でもいいから自分で歌ってみる「ごっこ遊び」のこと。©成田屋さん)がしたくなった私は銀座の山野楽器に走り、リコルディ社版のこの楽譜を大枚はたいて買った。

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表紙にある通り、ヴィヴァルディのソプラノ・アリア集として出版されているが、その後の研究で、このアリアはジャコメッリ原作であることが知られるようになった。

前述のバルトリのドキュメンタリーの断片がYouTubeに投稿されており、このアリアが聴ける(下記クリップの3:27頃~。ピアノ伴奏:ジェルジ・フィッシャー)。冒頭には、彼女に最初に声楽の手ほどきをした実母(プロのオペラ歌手)とのレッスン・シーンも出てきて興味深い。なお、同じ曲は92年に出たバルトリの「Arie Antiche: Se tu m'ami」というイタリア古典歌曲集アルバムにも収録されている。



次はファビオ・ビオンディ指揮エウローパ・ガランテの演奏でヴィヴィカ・ジュノーが歌ったバージョン。「バヤゼット」の初の全曲録音だ(2005年5月リリース)。曲に合わせて楽譜が出てくるので、ヴィヴィカごっこ(?)をしたい方には最適。



【歌詞】
Sposa son disprezzata,
fida son oltraggiata,
cieli che feci mai?
E pur egl'è il mio cor,
il mio sposo, il mio amor,
la mia speranza.

L'amo ma egl'è infedel
spero ma egl'è crudel,
morir mi lascierai?
O Dio, manca il valor,
e la costanza.

【大意】
わたしは蔑ろにされた妻。
天よ、わたしが何をしたというの?
それでも彼はわたしの心、花婿、愛、そして希望。


楽譜だけならこちらでダウンロードが可能。ちなみにこの楽譜を提供しているスペイン語のサイト「el atril」には、珠玉の名作の楽譜が勢ぞろいしている。トップページから「partituras」(楽譜)をクリック。銀座までリコルディ版の楽譜を買いに走った90年代初めには、将来ネットでさまざまな楽譜が自宅に居ながらにして簡単に(しかもタダで!)入手できるようになるとは想像だにしなかった。

さて、今度はオリジナル。アポストロ・ゼノ(1669~1750)の台本に基づくジャコメッリのオペラ「メローペ」(1734年)より、女王メローペの息子で流刑にされていたエピティーデが歌うアリア「Sposa non mi conosci」(妻よ、わたしが分からぬか)。これはファリネッリの当たり役だったという。



Ensemble Artaserse
Philippe Jaroussky: countertenor
2009年6月17日、ヴェルサイユ宮殿「鏡の間」で収録

【歌詞】
Sposa, non mi conosci.
Madre, tu non mascolti.
Cieli, che feci mai?
E pur sono il tuo cor.
Il tuo figlio, il tuo amor.
La tua speranza.

Sposa, Madre,
E pur sono il tuo cor.
Il tuo figlio, il tuo amor.
La tua speranza

Parla! ma sei infedel.
Credi...ma sei crudel.
Morir mi lascerai?
Mi lascerai morir?
Oh Dio! manca il valor
E la costanza.

【大意】
妻よ、わたしが分からぬか。
母よ、あなたはわたしの言葉を聞こうともしない。
天よ、わたしが何をしたというのか。
それでもわたしはあなたの心、息子、愛、そして希望。


冒頭の印象的な「Sposa」(花嫁)という言葉は、エピティーデによる許嫁への呼びかけとなっているが、これを引用したヴィヴァルディは歌い手の性別を逆転させ、「Sposa son disprezzata」ではイレーネが自分を指して(蔑ろにされた)妻、ということにしている。それにしても、内容や曲想がおあつらえ向きのアリアがよく転がっていたものだ。

ところで上のクリップでジャルスキーは「Il tuo figlio」(あなたの息子)の「figlio」の最後の母音「o」を、「o」とも「a」ともつかない微妙な発音で歌っていて(「figlia」なら娘になってしまうが、そうなると前にある男性形の「Il tuo」と性が一致しない)YouTubeのコメント欄で突っ込まれているが、もちろんこれは男役の歌だ。

この曲は、バルトリの新しいアルバム「Sacrificium」にも収録されているので(ただしデラックス盤のボーナスCDとして)、20年近く前に録音された彼女の「Sposa son disprezzata」と比べてみるのも面白い。このアルバムはカストラートのためのアリア集で、タイトルにある「Sacrificium」(生贄/犠牲)とは、美しい音楽の生贄となったカストラートたちと、その栄光の陰で払われた犠牲を表しているのだとか。



↓ 新アルバムのビジュアルで筋骨隆々の彫像になってしまったバルトリ。声変わりを防ぐために去勢されても成長ホルモンは普通に分泌される上、去勢によるテストステロンの欠乏で骨がいつまでも成長を続けるため、カストラートたちはむしろ一般の男性より巨大な体躯の持ち主だったという。見た目はたくましい男性の身体から発せられる女性の声という、カストラートのアンドロギュノス性になぞらえた扮装(というかCGで身体を合成してる?)だと思うが、ちょっとやりすぎかも。
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by bonnjour | 2009-10-05 05:47 | 聴く&観る