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B的日常
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ヨーロッパの地方都市を転々とした挙げ句、ポーランドに流れ着いた管理人「B」の日常。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。

by bonnjour
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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世にも不思議なコンサート:ジャルスキー、ラルペッジャータ、フジコ・ヘミングが一堂に会して?
カウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーと古楽アンサンブル「ラルペッジャータ」(指揮&テオルボ:クリスティーナ・プルハル)に、「魂のピアニスト」がキャッチフレーズのフジコ・ヘミングを組み合わせるという、世にも不思議なジョイントコンサートに行ってきた。場所は池袋の東京芸術劇場大ホール。

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ジョイントコンサートといっても前半にジャルスキーとラルペッジャータ、そしてイタリア民謡の伝統に根差したオリジナル曲を発表しているヴォーカリストのルチッラ・ガレアッツィがモンテヴェルディ、サンチェス、ストロッツィなどの初期バロック曲とガレアッツィのオリジナル作品を演奏し、後半はフジコ・ヘミングによる古典派およびロマン派を中心としたピアノ独奏という2部形式だ。つまり、前半と後半には、まったく関連性がない。そのギャップを埋めるためか、後半の冒頭でジャルスキーとヘミングによるシューマンの「詩人の恋」(抜粋)が演奏されるのが今回のコンサートの工夫点である。

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酸いも甘いも噛み分けた大人の女という風情のガレアッツィが、パンチのきいたハスキーな声で歌う自作の民謡「ああ、美しき人生」で幕を開けた第1部は、ジャルスキーによるバロック曲独唱、ガレアッツィの民謡、そして名手揃いのラルペッジャータによる即興の器楽演奏をちりばめた変化に富む構成で、あっという間に時間が過ぎた。ジャルスキーの声は高音がよく伸びて輝きがあるし、地声で力強く歌うガレアッツィとのデュエット「ロマネスカによる子守唄」(伝承曲)も、組み合わせの妙というべきか、異質なものが溶け合って思いがけず美しいハーモニーを織りなしていた。

しかし問題は会場だ。演奏は素晴らしいのだが、いかんせん会場が大きすぎて音が十分に届かない。それに、後ろのほうの席では演奏者との一体感というものがまったく感じられないのではないか。古楽器アンサンブルの演奏に、モダン楽器オーケストラを想定して設計されたこのような大ホール(1,999席)を使うというのは、いったいどうしたことだろう。昨年、フランスはピカルディ地方の古城で彼らの演奏を聴いたが、小さな石造りのホールに反響する古楽器の調べとカウンターテナー・ボイスは、聴衆の全身を包み込む親密さがあった。今日の会場とは大変な違いだ。

大ホールは後ろのほうにかなり空席が目立った。一部に熱狂的な崇拝者がいるヘミング氏が出演するせいかSS席13,500円~C席6,000円という超強気の価格設定だったが、昨今の不況には勝てずチケットの売れ行きが悪かったようで、直前になってあるオンライン・チケットサービスで半額チケットが叩き売りされていた。チケット発売開始まもなく定価で購入した私たちこそ、好い面の皮だ。

プログラムが後半に移り、シューマンの「詩人の恋」(抜粋)はジャルスキーが初めて公の場で演奏するレパートリーだ。昨年の初来日でもリサイタル前半に初公開(そして日本以外では永久に?お蔵入り)のドイツ歌曲(シューベルト、モーツアルト)を歌ったが、それに続く試み。ジャルスキーはソプラノに近い音色を使い、叙情的に歌いあげたが、長年歌い込み血肉となっているフランス歌曲に比べると、歌詞、メロディともに借り物感が大いに漂う。

演奏中、ヘミングは楽譜と鍵盤にかじりついており、ジャルスキーには一瞥もくれなかった。このような伴奏者は初めてなので驚く。暴走する(というよりは、テンポが遅れがちな)ピアノになんとか合わせようと、ジャルスキーがしきりにアイコンタクトを試みているのが客席からもありありと分かったが、それは徒労に終わった。それでもなんとか全16曲から抜粋した9曲を歌い終え、聴衆が「やれやれ」と安心するのは、考えてみれば変な話だ。ともあれ、そんな状況の中で最善を尽くして事を丸く収めたジャルスキーは、若いながらたいした器量だと思う。

アンコールは、ジャルスキーお得意のレイナルド・アーンから「捧げ物」。今年リリースしたアルバム「オピウム」にも収録され、長らくコンビを組んでいるピアニスト、ジェローム・デュクロと数えきれないほど演奏してきた曲なので、完全に彼のものとなっている。伴奏が不安定でも余裕をもって歌えたのは何よりだ。

追記: 舞台袖が見通せる席に座った知人の話によると、演奏を終えて舞台袖に引っ込んだジャルスキーは、フジコさんに深々とお辞儀をしていたそうだ。共演者に対する感謝なのか、年長のアーチストに対する尊敬の念なのか、いずれにしても気持ちのよいことである。


フジコ・ヘミングのピアノ独奏は、初めて聴いた。毀誉褒貶が激しいピアニストだが、クラシックの演奏家だと思って聴くと肩透かしを食らうわけで、彼女の数奇な人生や超個性的なキャラクターに引き寄せられて集まる人々(聴衆)に、演奏を通した「癒し」を行う一種のパフォーマンス、と捉えれば強烈な違和感もやわらぐ。パフォーマンスであるから伝統的なクラシック音楽の規範は不要なのだ。

何よりの証拠に、ヘミングが登場する後半になると客席に心もち人が増え(ジャルスキーは前座扱いというわけか)、多くの観客はステージに登場した彼女に色めきたった。そして、十八番の「ラ・カンパネラ」をはじめとする有名曲による「癒し」に満足した聴衆は、前半のジャルスキー&ラルペッジャータに対するより盛大な拍手を彼女に送っていた。コンサートが終わり、舞台袖に下がろうとする彼女に観客が手を振るのも珍しい光景である。

ともあれ、次元の違う2つの世界をジョイントコンサートの枠で無理やり合体させたプロモーターのセンスに大いに疑問が残った企画だった。

【曲目】
第1部(フィリップ・ジャルスキー&ラルペッジャータ)
・ルチッラ・ガレアッツィ:ああ、美しき人生
 Lucilla Galeazzi : A vita bella
・マウリツィオ・カッツァーティ:チャコーナ
 Maurizio Cazzati : Ciaccona
・バルバラ・ストロッツィ:「恋するエラクレイト」
 Barbara Strozzi : L’Eraclito Amoroso
・ジョヴァンニ・フェリーチェ・サンチェス:プレッソ  ロンデ トランクィッロ
 Giovanni Felipe Sances : Presso l’onde tranquillo
・即興演奏:タランテラ・ナポリターナ
 Improvisation : Tarantella Napoletana
・ジローラモ・カプスペルガー:アルペッジャータ
 Girolamo Kapsberger : Arpeggiata
・ルチッラ・ガレアッツィ:私の花の夢
 Lucilla Galeazzi : Sogna fiore mio
・即興演奏:タランテラ・イタリアーナ
 Improvisation : Tarantella Italiana
・即興演奏:ラ・ディア・スパニョーラ
Improvisation : La dia Spagnola
・クラウディオ・モンテヴェルディ:苦しみが甘美なものならば
 Claudio Monteverdi : Si dolce e’l tormento
・ドメニコ・マリア・メッリ:ディスピエガーテ・グアンチェ・アマンテ
 Domenico Maria Melii : Dispiegate, guancie amate
・ルチッラ・ガレアッツィ/即興演奏:家が欲しいな
 Lucilla Galeazzi/improvisation : Voglio una casa
・トラディショナル/即興演奏:ロマネスカによる子守唄
 Traditionelle/Improvisation : Ninna, nanna sopra la Romanesca

(アンコール)ガレアッツィ:家が欲しいな(聴衆参加型)、モンテヴェルディ:苦しみが甘美なものならば (日本語歌詞による)

第2部前半(フィリップ・ジャルスキー、フジコ・ヘミング)
ロベルト・シューマン: 歌曲集「詩人の恋」Op.48より抜粋
- Im wunderschönen Monat Mai (美しい五月には)
- Der Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne (ばらに百合に鳩に太陽)
- Wenn ich in deine Augen seh' (君の瞳に見入る時)
- Ich will meine Seele tauchen (心を潜めよう)
- Ich grolle nicht (恨みはしない)
- Hör' ich das Liedchen klingen (あの歌を聞くと)
- Am leuchtenden Sommermorgen (まばゆい夏の朝に)
- Aus alten Märchen winkt es (昔話の中から)
- Die alten, bösen Lieder (古い忌わしい歌)

(アンコール)レイナルド・アーン:捧げ物

第2部後半(フジコ・ヘミングによるピアノ独奏)
フランツ・シューベルト: 即興曲 D.899 作品90-3 変ト長調
フレデリック・ショパン: 練習曲 Op.10-3 イ長調 <<別れの曲>>
モーリス・ラヴェル: 亡き王女のためのパヴァーヌ
ルードヴィヒ・ベートーヴェン: ピアノソナタ No. 17 ニ短調 Op. 31-2 <<テンペスト>> 第3楽章 
フランツ・リスト: パガニーニによる大練習曲 第3番 嬰ト短調 <<ラ・カンパネラ>>

(アンコール)J.S.バッハ:カンタータ147番「主よ人の望みの喜びよ」、リスト:愛の夢
by bonnjour | 2009-10-31 00:37 | 聴く&観る