B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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5人のカウンターテナーを追っかけてナンシーまで: ロレーヌ国立歌劇場の「アルタセルセ」を観る
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ピエトロ・メタスタージオ(1698 – 1782)の台本にナポリ楽派の作曲家レオナルド・ヴィンチ(1690 - 1730:モナリザの人とは別人)が曲をつけたオペラ「アルタセルセ」を観に、フランスのナンシーまで出かけた。たまたまブラジル赴任中の夫が仕事を兼ねてマルセイユに帰省しているので、現地で落ち合うというのを口実きっかけにした旅行である。

今回はロレーヌ国立歌劇場(ナンシー)と、カウンターテナーのマックス・エマニュエル・チェンチッチやフランコ・ファジョーリが所属する音楽事務所のParnassus Arts Productionとの共同プロデュースで、作曲当時と同じ、男性歌手だけを起用したプロダクションである。しかも当時はカストラート全盛時代のため、現代の演奏ではカウンターテナーが5人にテノールが1人という、ある種いびつな構成になった。キャストは、カウンターテナーが上記のチェンチッチ(声も姿も女になりきるのが上手)とファジョーリ(男バルトリ?)に加え、フィリップ・ジャルスキー(フランスの恋人?)、ヴェラール・バルナ=サバドゥス(ルーマニアの新星)、ユーリ・ミネンコ(ウクライナ産も負けてません)。そしてテノールがフアン・サンチョ(スペインの色男)。オケはディエゴ・ファソリスを指揮に迎えたコンチェルト・ケルン。テノールの配役だけ変えたCDが先月リリースされていて、オペラの舞台への期待感をあおるのは巧妙なマーケティングである。

【スタッフ】
音楽監督 : Diego Fasolis
演出 : Silviu Purcărete
美術・衣裳・照明 : Helmut Stürmer
照明 : Jerry Skelton
バロック・ジェスチャー監修 : Nathalie van Parys
化粧 : Cécile Kretschmar

【キャスト】
アルタセルセ(ペルシャ王子。後に王): Philippe Jaroussky
マンダーネ(アルタセルセの妹。アルバーチェと恋仲): Max Emanuel Cencic
アルタバーノ(王室護衛隊長。アルバーチェとセミーラの父) : Juan Sancho
アルバーチェ(アルタセルセの親友、マンダーネの恋人) : Franco Fagioli
ゼミーラ(アルバーチェの妹。アルタセルセと恋仲) : Valer Barna Sabadus
メガビーゼ(ペルシャ軍の大将でアルタバーノの腹心。セミーラに横恋慕) : Yuriy Mynenko


【あらすじ】
時は古代ペルシャ。王セルセ(クセルクセス)は、彼を憎む王室護衛隊長アルタバーノ暗殺される。アルタバーノの息子アルバーチェは王女マンダーネと恋仲だが、身分違いといわれ王から交際を禁じられていたのだ。アルタバーノは王の血にまみれた剣をアルバーチェの剣と交換すると、素知らぬ顔で王殺しの罪を王子のひとり、ダリオ(ダレイオス)になすりつける。しかしアルタバーノの最終的な目的は、セルセ王の後を継いで即位した王子アルタセルセ(アルタクセルクセス)をも暗殺して、自分の息子アルバーチェをペルシャの支配者にすることだった。

アルタセルセはダリオの処刑を命じるが、思い直して命令を撤回する。しかしダリオの処刑はすでに執行されていた。後悔するアルタセルセに、ダリオが無実だったとの知らせがもたらされる。血塗りの剣が証拠となり、新たに王殺しの下手人として捕らわれたのはアルバーチェだった。自分の潔白を主張すれば父親を死なせることになるアルバーチェは、申し開きをためらう。一方、アルタセルセは親友アルバーチェがまさか父王を殺したなんて信じられない、信じたくないと煩悶する。

恋人ゼミーラ(アルバーチェの妹)からはアルバーチェの寛大な処置を、反対に妹マンダーネからは父王の復讐としての極刑を懇願されて板挟みになったアルタセルセは、判断をアルタバーノに委ねる(王様のくせに、そこで丸投げするんかい)。アルタバーノは自らの息子に死刑を宣告するが、それは見せかけで裏では王室への反乱を企んでおり、腹心のメガビーゼには、その見返りとして自分の娘ゼミーラをアルタセルセから引き離して彼に嫁がせる約束をしていた。

無実の罪で死刑を宣告されたアルバーチェの運命は? アルタセルセの身の安全とペルシャ王室の存続は? 王室打倒計画の中で仲を引き裂かれた2組の恋人はどうなる? そして、美しい(すぎる)友情で結ばれたアルタセルセとアルバーチェが再び笑い合える日は来るのか?


ナンシー歌劇場は1919年に建てられた、小ぶりで非常に美しいオペラハウス。バロック・オペラを観るのには最適の会場だ。

さて席に着くと、開演前だが舞台には幕が下りておらず、下手に楽屋用の化粧台が置かれて、そこで2人の歌手(ジャルスキーとチェンチッチ)がTシャツ姿でメイク中である。オペラのストーリー全体を劇中劇に見せかけるような、なんとも奇抜な演出(ルーマニア出身のシルヴィウ・プルカレーテによる)。シンフォニアの演奏に続き、ペルシャ王女マンダーネ(チェンチッチ)と、王子(後に王)の親友アルバーチェ(ファジョーリ)の密会シーンから物語が始まり、王の暗殺あり、死刑あり、毒殺未遂あり(上記あらすじ参照)のおどろおどろしくも絢爛豪華なバロック・オペラが展開する。

アルバーチェは伝説的なカストラート、ジョバンニ・カレスティーニのために書かれた役で、ストーリー展開上、重要な役割を果たし、音楽的にも演奏効果の高いアリアを多数与えられている。この役をこなすには相当な技巧と、曲を空虚にしないための音楽性を要するが、ファジョーリは神がかったような歌唱で圧倒的な存在感を示した。とりわけ1幕目最後のアリア「Vo solcando un mar crudel」は、往年のカストラートたちはこんな歌唱をしたのではと幻想を抱かせるような迫力があった。しかも衣裳と振り付けは、まるでカストラートのパロディで、大見得を切って観客の歓声(と失神)を誘導するかのよう。アリアの最後には後ろに控えた黒服の黙役が金粉を雨のように降らせるのだから、あっけにとられる。観客から沢山のブラボー!が飛んだのは、言うまでもない。



タイトルロールのアルタセルセは父王を殺され、親友アルバーチェが犯人として捕らわれるという悩み多い、内省的な役柄。その内面を、ジャルスキーは明瞭かつ流麗なレチタティーヴォで見事に表現していたと思う。透明感のある声質で、まったく崩れたところのない清潔なディクションで歌うジャルスキーは、「いい人」役にぴったり。イタリア語の響きが好きな私は、オペラではアリアにもましてレチタティーヴォの美しさに参ってしまう性質だが、プライベートにこんなレチタティーヴォで語りかけられたらイチコロであろう(そんなチャンスは絶対に来ないが)。

男性歌手が女装して歌うというのはセンセーショナルに報じられるが、今回その籤を引いたのはチェンチッチ(ランディのオペラ「聖アレッシオ」でも主人公の嫁役がはまっていた)とサバドゥス君。チェンチッチは誇り高いマンダーネ姫(ツンデレ?)を、男が女を演じているグロテスクさを感じさせずに歌いあげたのはさすがだ。しなの作り方は、地でなくて演技だと思いたい。新星サバドゥス(1986年生まれ)も、先輩歌手たちにまじって健闘していた。長身で眉毛の濃い男性的な容姿だし、声質はアルトだと思うが、時折りはっとするような女らしい姿を見せるので、なんだかイケナイものを見てしまったような気がした。

ミネンコ演ずるメガビーゼは、王室への反乱を企む一味で、嫌がるゼミーラに言い寄る恋敵でもある損な役柄。そのため、あまり感情移入ができなかったせいか、1幕目では強い印象が残らなかったが、後半になって迫力が出てきた。悪の元締めアルタバーノは、5人のカウンターテナーと対峙し、たった一人でテノールの音色を添えて音楽的色彩感を豊かにする「差し色」みたいな役柄で、セビリア出身の若いテノールのサンチョスはその重責を力一杯果たしていた。ミネンコとサンチョス、そして前述の通りチェンチッチとファジョーリは皆、Parnassus Arts Productionの所属で(CD版のテノール、ダニエル・ベーレも同様)、Parnassusは持ち駒を自在に使ってこのオペラをプロデュースした。幕間のロビーでこの事務所のオーナー兼代表であるジョージ・ラング氏(カウンターテナー・ファンの私たちはFacebookでラング氏の「友達」になって、遠くから声援を送っている)を見かけたが、プロデュース作品の成功に心躍る思いだろう。

この作品はナンシー歌劇場の後、テアター・アン・デア・ウィーン、ローザンヌ歌劇場、パリ・シャンゼリゼ劇場、ケルン歌劇場で演奏会形式の上演が行われる。詳細はこちら

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写真上:ナンシー歌劇場が発表したカーテンコールの様子。
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by bonnjour | 2012-11-07 08:31 | 聴く&観る