B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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5人のカウンターテナーを追っかけてナンシーまで (続編):「アルタセルセ」公演再訪 


5人のカウンターテナー、プラス1人のテノールによる、耳にも目にも鮮やかで豪華なバロック・オペラを追っかけてナンシーまでやってきたのが一昨日。せっかく来たからには同じ公演を2回観て帰らなければ勿体ない、ということで11月8日(木)夜に再訪した。前回はオペラの筋を追うので精一杯だったが、2度目ともなるともう少し踏み込んで鑑賞できた。

今回は、公演で発見したこと、自分なりに感じた「このプロダクションの見どころ」について、いくつかの項目に沿って書いてみたい。

カウンターテナーの多彩な音色の競演

カウンターテナー(CT)は声種にすぎないので、ソプラノにレッジェーロからドラマティコまであるのと同様、歌手によってその音色やスタイルはまちまちだ。今回のプロダクションは、若手世代の大スターおよび期待の新星といえるCT歌手5人を聴き比べできる、嬉しい機会となった。

タイトルロールのジャルスキーは、少年のような透明感のある極めて独特な声の持ち主で、ピアニッシモの美しさと見事なブレスのコントロールで感情をきめ細かく表現する人だ。悩み多いアルタセルセの内面を表現するのに彼ほど適した歌手はいないだろう。

ジャルスキーとならぶCT界の大スター、チェンチッチは、上質のビロードのような質感の声の持ち主で、とても官能的な歌唱をする。安定感も抜群。おまけに女役の演技はひとつの様式美を生み出している。

男バルトリの異名を取るファジョーリ。スターの階段を超高速で登っている。大変に豊かな響きの中音域と輝かしい高音域、そして時たま「男」を感じさせる低音の胸声を駆使して難曲をやすやすと歌ってみせる。末恐ろしい才能だ。

1986年生まれと若いのに堂々と舞台をつとめたサバドゥスの声質は、チェンチッチに近い「ビロード系」だと思った。2幕目のアリア「Per quell'affetto」のカデンツァではディーバ的(女役だから)な高音の技巧を披露して、これまた将来が楽しみな歌手。

これまた若いミネンコの声は、明るくて軽め。1幕目のアリア「Sogna il guerrier le schiere」や2幕目の「Non temer ch'lo mai ti dica」は、速いパッセージを軽快に歌いきった。将来、声がどのように円熟していくか興味がある。

演歌バロック?

CTファンのブログ&Twitter仲間の間で「これって演歌?」と話題になったのが、チェンチッチの歌う1幕目のアリア「Dimmi che un empio sei」。父王殺しの犯人とされた恋人アルバーチェを憎もうとしても憎みきれない、相克する女心を激流のようなテンポで歌う。緊迫感あふれるオケの演奏も素晴らしい。



もうひとつ「演歌」だと思ったのは、アルタセルセの1幕目のアリア「Deh respirar lasciatemi」。親友アルバーチェを裁くことを迫られ、苦しい胸のうちを告白するアリアだ。これは上記とは対照的に「男系」の演歌。



カストラートのパロディ?

アルバーチェ役は、作曲当時のカリスマ的カストラート、カレスティーニのために書かれた。1幕目最後のアルバーチェのアリア「Vo solcando un mar crudel 」をファジョーリが歌いだすと、物語の前後の脈絡を無視して衣裳は急に純白の上衣とジレ、ひざ丈のキュロットというバロック様式になり、ルイ14世みたいなかつらまで頭に載せる。(このかつらが、なぜか頭のてっぺんに「猫耳」状の塊がついている奇怪なもので、漫画世代の私は「綿の国星かよ」とつぶやいてしまった)。そして振り付けにはバロック・ゼスチャーが使われている。往年のカストラートが技巧の限りをつくしてアリアを披露し、ご婦人方が失神したという逸話をパロディにしたものに違いない。

↓ 大見得を切ったカストラート的歌唱。最後には失神寸前のアルバーチェ=ファジョーリ
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Photo: Opéra national de Lorraine

歌舞伎の女形を研究してる?チェンチッチと、「白鳥の湖」みたいなおぼこ娘サバドゥス

チェンチッチの「見かけでなく動作で女を感じさせる」女役ぶりは、歌舞伎の女形を参考にしているのでは?異性である男性が女を「演じる」からこそ真に女らしい演技ができる、という意味の玉三郎の言葉は、チェンチッチにもあてはまる。
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Photo: Opéra national de Lorraine

そしてもう一人の女役、サバドゥスはおぼこ娘役にふさわしい、真っ白な羽根を多用した衣裳で登場し、まるで「白鳥の湖」だった。しかも、バレエでいうところの「pas de bourrée couru」(実例ビデオはこちら)みたいな動きでチョコチョコと歩くのだからますます白鳥化している。恋人アルタセルセの1幕目のアリア「Per pietà, bell'idol mio」の最中に、サバドゥスの可憐な白鳥ぶり(下の写真)が堪能できる。

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ちょっとこれ↓が入っているけど(笑)。
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2人のバロック紳士が織りなす「友情」というにはあまりに濃い友情

ジャルスキーとファジョーリが怪しいのである。いや、役柄の上だけの話だけど。セルセ王殺しにより、無二の親友同士であるアルタセルセとアルバーチェの間には大きな溝ができてしまうが、アルタセルセはアルバーチェを見捨てることができない。3幕目にアルバーチェが「海から分かれた水は、いつも大海に戻ることを夢見ている」という比喩でアルタセルセに対する忠誠心を打ち明けるアリア「L'onda dal mar divisa」では、2人は白塗りメイクでバロック衣裳に身を包み、これまたバロック・ジェスチャーが出てくる。そしてアルバーチェ・ファジョーリをうっとりと(ねっとりと?)見つめるアルタセルセ・ジャルスキー。「友情」というにはあまりに濃すぎると思わないか?この場面だけ、なんだか違った空気が流れていた。
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Photo: Opéra national de Lorraine

モーツアルトにも通じる天国的な二重唱(チェンチッチ&ファジョーリ)

カストラートの名人技を聴かせるのが目的とばかり、ソロのアリアばかりが立て続けに登場する当作品だが、3幕目にはアルバーチェとマンダーネのカップルによる二重唱「Tu vuoi ch'io viva o cara」が用意されている。その美しさは天国的と表現してよいだろう。そして、感情の動きに合わせた転調の妙。あまりの美しさに、私は不覚にも泣いてしまった。



幸い、パブリックドメインの楽譜ライブラリーIMSLPに楽譜がアップされているので、それを見ながらきくとますます味わいが深い。そして相方を見つけて自分で歌ってみたら、ますます味わいが深くなると思う。

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            (女)いやよ。               (女)行って。
   (男)きいてくれ。         (男)・・・君は。



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(女)目の前から消えて頂戴。        (女)ほっといて、お願いだから。
                   (男)愛しい人。 

この曲を聴いて、私はモーツアルトのオペラに登場する数々の二重唱を連想した。例えば「フィガロの結婚」の伯爵とスザンナの二重唱「Crudel Perche Finora」。二人の掛け合いの妙や、ハーモニーの美しさなど、通じるものがないだろうか。牽強付会なことをいえば、モーツアルトは幼い日、父レオポルドに連れられて当時のオペラの中心地ナポリ(「アルタセルセ」の作曲者ヴィンチもナポリで活躍した人だ)を訪れており、後年のオペラ作品にも伏流水のようにナポリ派の伝統が流れているというではないか。


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by bonnjour | 2012-11-09 09:52 | 聴く&観る