B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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ケルンで殉教した一万一千人の乙女たちとアポリネールの猥本
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St.Ursula Shrine by Hans Memling (ca. 1430 – 1494)

美術館や教会で宗教画を見ていると、上の絵のような、たくさんの乙女を従えた高貴な若い女の図像に出くわすことがある。手にはアトリビュート(その人物を示す持物)である矢を持っている。これは聖ウルスラといい、矢で射られて殉教した初期キリスト教時代の聖女である。もっとも現在では実在が疑わしい聖人として、カトリック教会の典礼暦からは外されている。

黄金伝説(Legenda aurea)」によると、ウルスラは現在のイングランドの一地方を支配していた王の娘として生まれた。キリスト教を信仰していたが、異教徒の王子から求婚される。彼女は三つの条件を出して結婚を承諾した。それは、新郎がキリスト教に改宗すること、ウルスラのために十人の同伴者と一万一千人の乙女を集めること、そして結婚の前にウルスラが乙女たちを引き連れてローマへ巡礼に出ることだった。

こうしてウルスラ一行はローマ巡礼を実現したが、その帰り道、当時フン族に包囲されていたケルン(現在はドイツ)で虐殺に逢い、お伴の一万一千の乙女たちともども殉教した。ヴェネチアのアカデミア美術館に所蔵されているヴィットーレ・カルパッチョ(ca. 1455年 - ca. 1525)による聖ウルスラ伝の連作には、殉教とウルスラの葬儀の様子が描かれている(下の絵)。

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Martyrdom of the Pilgrims and the Funeral of St Ursula by Vittore Carpaccio (c. 1465 – 1525/1526)

地元で殉教した聖人ということで、ウルスラはケルンの守護聖人の一人となっている。ケルン旧市街にある聖ウルスラ教会は、彼女の遺骸が発見された場所の上に建てられたものだ。教会内の木像でも、彼女はやはり矢を持ち、マントの下に乙女たちを従えている(いや、これがなくちゃ、誰が誰だか分からないからね)。

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中世ドイツの女子修道院長で神秘家、作曲家でもあったビンゲンのヒルデガルト(1098 – 1179)は、聖ウルスラとお伴の乙女たちに捧げる讃歌を多数書いている。それは余計な装飾がない分、かえってミニマル・ミュージックのような現代性を感じさせる。「処女」と「殉教」という、女子修道院にはもってこいのキーワードが、ヒルデガルトの作曲家魂を刺激したのだろうか。聖ウルスラは、その生涯のエピソードから、女学校教師や女学生の守護聖人とされている。

”O Ecclesia" (sequence for Saint Ursula & Her Companions) by Hildegard von Bingen


さて話は変わり、清く正しい聖ウルスラと乙女たちとは対照的に、心の中にエッチな妄想が渦巻いていた高校時代、父親の本棚に見つけて、そっとくすねた文庫本がある。ギョーム・アポリネール(1880 - 1918)作、須賀慣訳の「一万一千本の鞭」(1907)という小説だ。開高健の推薦の言葉が帯に印刷されており、「大人のための性のメルヘン! これは大人の童話である。下品で残酷、豊満で優雅、奔放で澄明な、性の童話である」云々とある。「ミラボー橋」の詩人は、猥本も書いていた! つまり、私は親父が持ってたポルノ小説を秘かに持ち出して、自分の書棚に背を奥にして隠し持っていたのである。この本は、ずっと後になって独り住まいの都内のアパートを引き払うとき、ミカン箱に詰めて船便で送った他の大量の書籍とともに、夫の実家の地下室に仮置き(というか塩漬け?涙)させてもらっている。

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あらすじ: 西洋と東洋が渾然一体となったルーマニアのブカレスト。世襲制の太守の家に生まれた美貌のプリンス・ヴィベスクは、女性がみな美人で尻軽だと伝え聞くパリに憧れ、かの地にやってくる。彼は、キュキュリーヌ(Culculine: culとは「お尻」のことなので、「尻子ちゃん」みたいな感じ?)とアレクシーヌという、二人の淫蕩なパリジェンヌと知り合い、さっそくお手合わせする(3Pね)。亡くなった親友が残した遺産を受け取るため、悪党のコルナブーを下男に伴いブカレストに旅立つプリンス。小説の舞台はパリからブカレスト、サンクトペテルブルク、旅順へと移り変わっていくが、外の世界ではセルビア王と妃がベオグラードで暗殺されたり、日露戦争が勃発したりという、激動の時代だった。そんな世情をよそに、主人公と下男は各地で様々な国籍の女たち(その中には日本娘もいる)と、サドマゾ、吸血、スカトロ、乱交、男色その他なんでもあれのハチャメチャな性のアドベンチャーを試みつつ、いきあたりばったりに強姦と殺人を繰り返していく。しかし年貢の納め時が来た。旅順で日本軍の捕虜になったプリンスは死刑判決を受け、一万一千人の日本兵が振るう鞭で打たれて死んでいくのだった。

こうまとめてしまうと、おどろおどろしく暗いポルノ小説のようにみえるが、これがバカバカしいほどに痛快なピカレスク・ロマンに仕上がっているのである。マルキ・ド・サドの作品にあるような性の哲学はみじんも感じられず、ただただ荒唐無稽なセックスが、ありとあらゆる異常性欲のバリエーションとバイオレンスを伴って展開していく。まるで、カルト・ムービーのようなポルノ小説。ちなみに本国フランスでは発表から間もなく発禁処分となり、1970年まで公刊されなかったという。

当時の私は、男子生徒には手も握らせない (握ってくれる男子生徒もいない) 硬派な16歳だったが、心の中に渦巻く思春期特有のモヤモヤとした思いは、私を東西のポルノ小説(海外のエロチック小説を集めた富士見ロマン文庫というのがあって、それを友達と回し読みしたものだ)や、パゾリーニのボカシだらけの映画(デカメロン、カンタベリー物語、アラビアンナイトの三部作が名画座にかかっていた)などに向かわせた。人生相談ではそういうとき、決まって「スポーツや勉強で発散させなさい」という回答が示されるが、あれはそんなもので発散できるモヤモヤではない。

隠れて読んだ「一万一千本の鞭」に関しては、いきあたりばったりに殺人を重ねるピカレスク小説の側面にはむしろ嫌悪感を覚えたが、残酷シーンの合間に出てくる、登場人物たちの性行為を具体的に描写する部分や、実況放送みたいな会話文に大いに興奮 (*´Д‘)ハァハァ したものである。ああ、それにしても、やらしい訳文だ。(どれだけやらしいかは、図書館または下記で説明している電子書籍でご確認のほど)。

訳者の須賀慣氏(故人)は、本名を鈴木豊というフランス古典演劇が専門の早稲田の教授。モリエールの「人間ぎらい」、「町人貴族」やエドモン・ロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」など古典の訳書もあるが、ポルノを訳すときは須賀慣(すが・なれる。モリエールの「スガナレル:あるいはコキュにされたと思った男」をもじった)という名を使い分けていた。

と、長々と書いてきたが、ケルンで殉教した聖女プラス乙女たちと、アポリネールの猥本の間にどんな関係があるのか、種明かしをしなくてはいけない。「一万一千本の鞭」の原作タイトルは「Les Onze Mille Verges」という。「Verges」は「鞭」の複数形だが、卑語では「Verge」は男性器を指す。そして、この単語の1番目と2番目の文字の間に「 i 」が割り込んだだけで、「Vierge」(「処女」)に早変わりする。この題名はアポリネールの言葉遊びで、ケルンでウルスラとともに殉教した一万一千人の「処女」は、たった一文字違いで一万一千の「男性器」となってしまったのだ。主人公を処刑した一万一千人の日本兵が手にした「鞭」とはすなわち、彼らの巨大なペニス(当時、海外に流出した歌麿の春画などで日本人巨根説が広まっていた)を想起させる。いったい、なんていう刑罰だ!

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こんなのを見ちゃった欧米人の間には、日本人はスゴイらしいぞという、美しい誤解が広がり…。「一万一千本」の中にも、日本の春画を飾り立てた部屋が登場する。

ちなみにアポリネールは若い頃、貴族令嬢のフランス語家庭教師としてライン地方に滞在した。ケルンの守護聖人であるウルスラと一万一千人の乙女の伝説は、彼にとって身近なものであったに違いない。

上で紹介した文庫本は絶版になっているが、電子書籍として甦り、オンラインで販売されている。273円という低価格も魅力だ。実はさっき、ポチっとやってしまった。また、原文でワクテカしたい人は、こちらでフランス語オリジナルが無料でダウンロードできる。

【つけたし】
ケルンといえば、欧州在住そして日本にいるブログ友たちが12月のケルンに集結して、女人禁制オペラ「アルタセルセ」(レオナルド・ヴィンチ作)の演奏会バージョンを観るという。まことにうらやましい。どうか、ケルンで蛮族や酔漢にからまれたりしないで、実り多くも楽しい「巡礼」をしてきてほしい。実はこの記事は彼女たちのケルン詣での景気付けのつもりで書いた。えっ、ちっとも景気付けになってないって?
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by bonnjour | 2012-11-27 20:12 | 読む