B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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いけいけ、フラちゃん ― フランクフルトで1月8日にデビュー・リサイタル
注:関係者の努力の甲斐あって(?)チケットも大方売れたので、タイトルを「危うし、フラちゃん」から「いけいけ、フラちゃん」に変えました。

ドイツのオペラ・ファン女子、lotus-eaterさんのブログ「operasora」に最近、何度かお邪魔してコメントをやり取りさせていただいている。lotus eaterとは「ギリシャ神話に出てくるロートスの実を食べて、浮世の憂さを忘れた人」、転じて「夢想家」という意味だが、ブログ名の「operasora」から私は勝手にブログ主を「空(そら)ちゃん」と呼んでいる。ほら、空を見上げて夢想している姿が思い浮かぶでしょ?

空ちゃんはカウンターテナーのフランコ・ファジョーリの大ファンで(日本のファジョーリ・ファンの筆頭であるアルチーナさんとも、もちろん交流がある)、彼女のブログはファジョーリのコンサートや放送予定、レビューなど、情報が豊富なので助かる。他にもカウフマンなど彼女のお気に入りの歌手たちの情報や、器楽曲のコンサートのレポなどもあって、音楽を愛する彼女の心が伝わってくる珠玉のブログだ。

さて、空ちゃんがアルチーナさんのブログに残したコメントで気になるものがあった。それは、ファジョーリ(ファーストネームのフランコ、からフラちゃんと呼ばせてもらおう)のフランクフルトでのデビューにあたるリサイタル(1月8日、フランクフルト歌劇場)のチケットの売れ行きが悪いということだ。理由のひとつは、見本市のため市内のホテル料金が高騰していること。先日、ケルンで上演されたレオナルド・ヴィンチのオペラ「アルタセルセ」(演奏会形式)に物語上の主役といえるアルバーチェ役で出演し、神がかった歌唱でドイツの聴衆を熱狂させたフラちゃんだが、フラ・デビュー(と、こちらもまた略して韻を踏んでみた)のチケットの売れ行き不振は、この勢いをそぐものだから残念きわまりない。(日本時間1月6日16:45の時点で、カテゴリー1~7のうち、一番安い13ユーロの席のみ完売、53ユーロのカテゴリー3が残席わずか、あとは25ユーロ~75ユーロまでの各カテゴリーに残席がふんだんにある模様。なんということだ!*追記:その後、ブラウザーをいつも使ってるfirefoxからIEに変えてチケットサービスのページにアクセスしたところ、具体的な残席数が図入りで分かった。よかった、結構売れている。地元フランクフルト在住の空ちゃんの、必死の口コミ作戦も貢献しているのかもしれない

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今回のコンサートは、2011年にリリースしたアルバム「Canzone e Cantate」(リンク先で曲のさわりを試聴できる)をなぞったプログラム構成で、大きな柱はヘンデルとヴィヴァルディのカンタータ(HWV109:"Dolc’è pur d'amor l'affanno"、HWV84:"Aure soavi e lieti"、RV676:"Pianti, sospiri" )、そしてモンテヴェルディ、フェラーリ、フレスコバルディなどの世俗歌曲となっている。リュートのLuca Pianca、チェンバロのJeremy Joseph、チェロのMarco Frezzatoを伴ってのリサイタルで、オペラの時とは打って変わったインティメットな雰囲気の漂う一夜(現地の表現ではLiederabendとあって、古楽のこういうのもリーダーアーベントって呼ぶんだと勉強になった)になると思うのだが、当日までにチケットが完売することを祈るのみ、だ。

さて、上記のアルバムのメイキングものビデオがあるのでご紹介しよう。2年半前の収録で、ファジョーリが今よりずっとふっくらしていて、後退が目立つ髪を中途半端なヘアスタイルにしてるのは、ご愛敬。余談だが、11月にナンシー歌劇場で実演に触れたフラちゃんは、かなりスリム&精悍になっていて、おまけに芸術家としてブレイクしつつある人特有の、実績と自信に裏付けされた色気のようなものが漂っていてびっくりした。2年前にバルトリと彼とのオペラ・アリアのコンサートをロンドンで聴いたときには、若いのに抜群の技術をもった期待の歌手だと思い、「フランコ、おそろしい子(by「ガラスの仮面」の月影先生)」というふざけた言葉でブログ記事をしめくくってみたが、それほどのオーラは感じなかった。たった2年でここまで成長するとは! そんなわけで、私はナンシーで「にわかファン」の仲間入りをした。

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(左上)使用前、(右)使用後。何が彼に起こったのか(笑)?



上記ビデオの2:33あたりからは、ヴィヴァルディの「Pianti Sospiri」第4部のアリア「Cor ingrato dispietato」を歌っている。同じ曲の、フィリップ・ジャルスキーによるメイキング・ビデオもあるので、比較すると歌い方のスタイルの違いが手に取るようにわかって面白い。ちなみに録音時、ファジョーリは28歳または29歳、ジャルスキーは26歳である。



今回のリサイタルの目玉は、演奏効果の高いヴィヴァルディおよびヘンデルのカンタータになるのかもしれないが、私が同じくらい期待するのはモンテヴェルディとフェラーリの小品、例えば後者による「Amanti, io vi so dire」(恋する男たちよ、教えてあげよう)だ。こうした曲を、演奏者と聴衆の距離を感じさせない小ぶりな会場で聴くことができたら(それがこうした曲が作られた本来のセッティングなのだ)、どんなに素晴らしいことだろう。


↑ ファジョーリによる「Amanti, io vi so dire」。音源はアルバム「Canzone e Cantate」より。

↓ 美しい楽譜!(下記の譜面は第4部の後半と第5部)。下から2番目の段、「ad erta」(”急な坂に対して”)の上昇音型と「o fondo」(”または地の底”)の最低音の対比が、ちょっとmadrigalismっぽい。一番下の段、「può fuggire」のメリスマ音型も、楽譜で見ると美しいな。
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この曲の通奏低音で繰り返される下図の音型は、17世紀イタリアのチャッコーナに特徴的なバッソ・オスティナート(執拗低音)で、様々な作曲家の作品に使われている。声楽曲で例を挙げれば、モンテヴェルディの「Zefiro torna」や、タルクィニオ・メールラの「Su la cetra amorosa」など(ご参考までに、曲名にYouTubeのリンクを張った)。この耳慣れたバッソ・オスティナートに乗って、第6部まである「Amanti, io vi so dire」は、歌詞に合わせて曲想を変えていく。参考のため、歌詞と拙訳を下記に記す。

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Amanti, io vi sò dire (恋する男たちよ、教えてあげよう)

== Prima parte ==
Amanti io vi so dire
ch'è meglio assai fuggire
bella donna vezzosa
o sia cruda o pietosa
ad ogni modo e via
il morir per amor è una pazzia.
  恋する男たちよ、教えてあげよう
  お逃げなさい
  美しく魅力的な女からは
  彼女が残酷であろうが慈悲深かろうが関係ない
  どう考えたって
  恋わずらいなんて愚かなこと

== Seconda parte ==
Non accade pensare
di gioir in amare.
Amoroso contento
dedicato è al momento
e bella donna al fine
rose non dona mai
non dona mai senza le spine.
  恋の喜びにひたっているなどと
  考えてはいけない
  恋することの満ち足りた気持ちは
  ほんの刹那的なもの
  結局のところ、美しい女が差し出す薔薇に
  棘がないはずがない

== Terza parte ==
La speme del gioire
fondata è sul martire
bellezza e cortesia
non stanno in compagnia
son ben dir con mio danno
che la morte ed amor insieme vanno.
  喜びという希望は
  苦しみの上に成り立っている
  美しさと思いやりは
  決して手を結ばぬもの
  僕は辛い経験からよく知っている
  死と愛は相性がよい

== Quarta parte ==
Vi vuol pianti a diluvi
per spegner i vesuvi
d'un cor innamorato
d'un spirto infiammato
pria che si giunga in porto
quante volte si dice
"ohimé son morto."
  ベスビオ火山の火を消すためには
  洪水のような涙が必要だろう
  恋する心や
  燃え上がった魂の火を消すには
  港に着くまでに
  僕らは何度こう言うことだろう
  「ああ、僕は悩殺された」

== Quinta parte ==
Credetel a costui
che per prova può dir:
"io vidi io fui",
se credere no'l volete
lasciate star che poco importa a me...
Seguitate ad amar
ad ogni modo chi dé rompersi il collo
non accade che schivi ad erta o fondo
che per proverbio sentii sempre dire:
"dal destinato non si può fuggire."
  「私は見た、私はそこにいた」と言うような者には
  用心することだ。  
  信じたくないのなら目をつぶれ
  僕には関係ないことなのだから、愛し続けるがよい
  いずれにせよ、首を折ることが運命づけられている者には
  急な坂や地の底を避ける必要などないのだ
  諺にもあるように
  降りかかろうとしている運命から逃げるすべはない

== Ultima parte ==
Donna, so chi tu sei
amor so i fatti miei
non tresco più con voi
alla larga ambo i duoi.
S'ognun fosse com'io
saria un balordo amor
e non un... dio!
  女よ、僕はきみが何者か知っている
  愛よ、僕は自分がすべきことを知っている
  僕はもうお前たちとかかわり合うのをやめて
  身を引くとしよう
  誰もが僕のようであったら
  愛とは愚か者であり、神なんかじゃなかったのに

「Amanti, io vi so dire」には、フィリップ・ジャルスキーがキャリアのごく初期(25歳)に録音した、みずみずしい歌唱があり(下記)、ファジョーリ版と聴き比べるとこの二人の歌手の立ち位置の違いが分かって面白い。少年を思わせるジャルスキーの軽快な声で、この歌詞のような世知に長けたことをいうと小生意気な感じ(笑)がする。そこがまた、いいのだけれど。対して、厚みのある成熟したファジョーリの声だと、当事者の心の叫びのように聞こえてきて、これはまた違った味わいがある。


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by bonnjour | 2013-01-06 16:10 | 聴く&観る