B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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ナンシー歌劇場のモーツァルト「皇帝ティートの慈悲」


生まれつきの怠け者ゆえ当ブログを放置プレイのまま、気がついたら1年以上経過していた。一発芸のTwitterのほうが楽なので、そっちに流れていたということもある。最後の投稿がモーツアルト・ネタだったので、またモーツァルトで放置状態からの脱出を試みてみたい。
…と、こじつけは置いておいて。

フランスはロレーヌ地方ナンシーの国立歌劇場で上演されたモーツァルト「皇帝ティートの慈悲」新プロダクションを観た。英国リーズのOpera Northとの共同プロダクションで、リーズでは一足早く昨年上演されている。リーズ版との大きな違いは、セストとアンニオという、通常はメゾ歌手がズボン役として担当するキャラクターを2人のカウンターテナーに歌わせたという、思い切ったキャスティングだろう。なお、作品の初演時にはセストはソプラノ・カストラートが、アンニオは女性歌手が歌ったので、半分はオリジナルに戻ったわけだ。ジョン・フルジェームズの演出は、原作のローマ時代を現代に置き換えたもので、モノトーンのシックなセットや衣裳(コナー・マーフィー)とあいまって、スタイリッシュな舞台になっている。
指揮: Kazem Abdullah
演出: John Fulljames
美術、衣裳: Conor Murphy
照明 : Bruno Poet
ビデオ: Finn Ross

配役:
Titus : Bernard Richter (Ten)
Vitellia : Sabina Cvilak (Sop)
Sextus : Franco Fagioli (CT)
Annius : Yuriy Mynenko (CT)
Servilia : Bernarda Bobro (Sop)
Publius : Miklós Sebestyén (Bar)

Chœur de l’Opéra national de Lorraine
Orchestre symphonique et lyrique de Nancy

通奏低音:
Giulio Zappa, clavecin
Jean De Spengler, violoncelle


あらすじ
時は紀元1世紀のローマ帝国。前皇帝の娘ヴィッテリアは、父から皇位を奪ったティート帝に憎しみと、それに相反する激しい愛情を抱いている。ティートとヘロデ王の娘との結婚話が進んでいることを知ったヴィッテリアは、自分に片思いしているセストをそそのかして、ティート暗殺を企てる。その後、結婚話が白紙になったことを知ったヴィッテリアは暗殺の延期を申し渡すが、次の花嫁候補としてセストの妹セルヴィリアが選ばれたことを知り、再び激怒。

しかしセルヴィリアは兄の友人であるアンニオと愛し合う身。アンニオは皇帝への忠誠心から身を引こうとするが、率直なセルヴィリアは、自分が愛しているのはアンニオであることを皇帝に告げる。慈悲深い皇帝は、二人の仲を引き裂くのはしのびないとして、新たな結婚相手としてヴィッテリアを考える。

そのことを知らないヴィッテリアは、ついにセストを使ってティート帝暗殺を実行に移した。だが、ティートと思って刺した相手は皇位簒奪を狙う別人で、一命を取りとめた。セストは皇帝暗殺の未遂犯として逮捕されるが、理由を問い詰められても、ヴィッテリアへの愛ゆえに真実を話せない。ついにセストは処刑場へ。ここに至ってセストの真実の愛を知ったヴィッテリアは、罪を告白する。

結局ティートは慈悲深い心で二人を許し、民から賞賛の声を浴びるのだった。

さて、フランコ・ファジョーリによるセストと、ユーリ・ミネンコが演じたアンニオだが、この配役は大成功といってよいだろう。カウンターテナーとしての卓越した技術と高い音楽性を備えていることはもちろん、この二人の声はとても相性がいいのだ。彼らが変わらぬ友情を歌い上げる二重唱「Deh prendi un dolce amplesso(ああ、やさしく抱き合おう)」は、3度と6度のハーモニーが身震いするほど甘美だった。メゾ二人がハモるのとはまた違った、力強さを感じさせる歌唱である。それに、視覚的にも男役の「中の人」が本物の男性というのはしっくりくる。余談だが、ワイルドな長髪のカツラをつけたファジョーリは、人気のあのイケメン・テノールにちょっと似てる瞬間があるじゃないかと(ごく局地的に)話題になった。
髪の存在って、すごい。

ナンシー歌劇場といえば昨シーズンにカウンターテナー5人プラステノール1人という男性歌手だけの絢爛豪華バロック歌謡ショウ(と呼びたい)、ヴィンチの「アルタセルセ」で話題になったが、ファジョーリはそこで超絶技巧を披露して観客をあっけにとらせた歌手だ。今回のセスト役では、有名なアリア「Parto, Ma Tu, Ben Mio(私は行く、でも、いとしいあなたよ)」の見事なコロラトゥーラは勿論のこと、皇帝暗殺を悔いる長丁場のレチタティーヴォ・アコンパニャート「O Dei, che smania e questa(おお、神々よ、これは何という狂ったことか)」のドラマチックな表現力と緊迫感に釘付けになった。

一方、ミネンコも「アルタセルセ」に出ていたが、敵役であまり派手なアリアもなかったので、ちょっと影が薄くて気の毒だった。今回は彼の魅力である温かみのある豊かな声が十分に生かされて、本領発揮となったのは嬉しいことだ。

ティート帝、テノールのベルナール・リヒターは、気品ある声で正統派モーツアルト・テノールの風格があった。ヴィッテリア役には、そのエキセントリックな性格を反映した、上と下に恐ろしく音域が広く大胆な跳躍もある難曲のロンド「Non piu di fiori vaghe catene(花の美しいかすがいを編もうと)」がある。これを歌ったサビーナ・クヴィラックには、ただ、ただ、お疲れ様と声をかけたい。アンニオとの愛を貫くセルヴィリア役のベルナルダ・ボブロは、優しくも芯の強い女性というキャラを、その可憐な声でよく表現していた。

なお、初日のオペラ評が4月30日付のフィナンシャル・タイムズに掲載されており、かなり好意的な評価をしている。フランコ・ファジョーリの大ファンとして情報普及活動に尽力しているアルチーナさんのブログで、その日本語訳が読める
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5月6日のカーテンコール
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by bonnjour | 2014-05-07 13:56 | 聴く&観る