B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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ボリビアからのクリスマスカード
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南米ボリビアで長く福祉活動に取り組んでおられる日本人のK神父からのクリスマスカードが、東京の実家経由で送られてきた。「長年にわたるボリビア支援に心から感謝いたします」という手書きのメッセージが添えられていて、かなり前に何度か、「K神父の活動を支える会」にわずかばかりの寄付をしただけの私としては顔が赤らむ思いがする。K神父は毎年こうやって、寄付をした人たちに手書きのカードを送り続けてくださっている。

カードは昨年のK神父の活動をアルバム風に報告する作りになっていて(写真)、支援者たちの寄付がどのように現地で役立ってるのか、目に見える形でわかる。また、貧困や麻薬中毒といった現地が抱える問題も紹介されている。これはとても大切なことで、支援者に活動の成果と、それでも余りある惨状を具体的にフィードバックすることで、次の支援を呼びかけることが可能になる。良い福祉活動家は、良いコミュニケーターであると思う。
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by bonnjour | 2005-02-16 22:26 | 暮らす
移民局で滞在許可証の交付を受ける
朝一番でボン市の移民局に滞在許可証の申請に行く。実は1月に一度行ったのだが、提出書類の一環として持参したフランスの役所発行の書類にドイツ語の翻訳を付けていなかったため、出直しとなった経緯がある。今回は、フランス大使館指定の法廷翻訳家によるドイツ語訳をたずさえて、いざ出発。

移民局は、ボンの中心部からライン河を超えたボイエルという地区にあり、東京でいえば湾岸の倉庫地帯みたいな雰囲気だ。ボンに一定期間以上滞在する外国人は皆この建物に行かなくてはならないわけだが、到着直後にこんな寂れた場所に呼び出されると、ボンの街に対してのイメージが悪くなるのでは、と余計な心配をしてしまう。

そういえば、東京の入国管理局も品川に新庁舎ができたが、周囲のロケーション的にはボンに匹敵する寂れ方だったなあ。いずこも同じ、か。

(写真)日本国パスポートの下にある書類が、交付された滞在許可証。
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by bonnjour | 2005-02-14 22:25 | 暮らす
トルコ系スーパーを発見して、興奮
いつもは行かない地区に用事があって出かけたところ、偶然トルコ系のスーパーマーケットを発見。わくわくして中に入ると、ありました、宝の山が。

各種のとうがらしやハーブなど、地元のドイツ人用スーパーでは見かけない種類の野菜や、多種多様なスパイスに心が躍る。そして店の奥にはハラール(イスラムの戒律に従って処理された)肉のコーナーが。このあいだデパートの食品売り場で羊肉をやっと探したのだが、ここでは色々な部位の羊肉が生で売られているではないか。値段もデパートの半額近い。嬉しくなって、シチュー用を500グラム購入。隣に目を移すと、様々な種類のオリーブが量り売りされており、こちらも値段は他店の半額ほどだ。さっそく、グリーンオリーブに唐辛子をまぶしたやつを200グラム買う。ほかにも豆類、粉類、焼き菓子にトルコ式紅茶と、目移りしてしまうほど。結局、バックパックに一杯の食品を買い込んだ。

ドイツは第二次世界大戦後、復興のためにトルコ人労働者を大量に招き入れた。現在ドイツに住む外国人で一番多いのはトルコ人で26%を占める。このトルコ系住民に対しての差別や排斥運動がドイツで大きな社会問題となっているのは、日本でも度々報道される通りである。この話はまた別の機会に掘り下げるとして、日本人からみると単調なドイツの食生活の中で、スパイシーで美味しい食品を提供してくれるトルコ・スーパーに、大感謝したい。
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by bonnjour | 2005-02-12 22:22 | 暮らす
ドイツでは豚肉を生で食べるって、本当ですか? 答え:本当。
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ドイツの、特にライン川沿い地方の冬限定の珍味に「Mett(メット)」というのがあると聞いていた。これは、加熱していないソーセージの中身、ひらたくいえば生の豚ひき肉にスパイスを混ぜたもので、パンの上にペーストのようにして塗り、上から玉葱の刻んだものをふりかける。

ガイドブックには「勇気のある人は、試してみては?」などと書いてあるが、必要なのは勇気でなくて食い気だけである。

近所のスーパーの精肉部で量り売りしていたので、早速買ってみた。玉葱を刻んでふりかけると、ちょうど「ネギトロ」のポーク版みたいな、こってりと豊かな味が口の中に広がった。これは美味しい。相棒にも勧めたのだが、「そんなゲテモノ」といって断固として口をつけようとしない。カエルやカタツムリ、納豆に「もずく」と、何でも食べる相棒にしては臆病である。

実は今日Mettデビューする前に、気になって食品衛生関係のサイトを色々覗いてみた。日本ではE型肝炎や寄生虫の危険性から豚の生食はタブーになっている。しかし、衛生観念が世界一発達しているはずのドイツで大々的に売られている食品だし、「Mettで食中毒XX人入院」なんていうニュースも聞かないので、まあ大丈夫だろうと考え、デビューにこぎつけた。食い気、恐るべし!
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by bonnjour | 2005-02-09 22:20 | 暮らす
ケルンのカーニバル
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せっかくドイツにいるのだから、ということで、有名なケルンのカーニバルを見にいくことにした。

カーニバルはカトリックの習慣なので、ドイツでもカトリック信者の多いライン河畔地域で盛んに祝われる。なかでも大聖堂で有名なケルン、聖書のグーテンベルクさんの地元マインツ、日本人にはおなじみのデュッセルドルフという3都市が、盛大なカーニバル三冠王だそうだ。

ボンからケルンまでアウトバーンで30分、ご近所である。しかしケルンに着いた後は、カーニバルのパレードの通行規制で目的の駐車場になかなかたどり着けず、結局1時間ほど、駐車場を求めて市内を巡回することになってしまった。

肝心のパレードだが、北国だけあって、リオのカーニバルのような露出度満点の美女が踊りまくるといったことはなく(残念)、思い思いに扮装した人々が山車に乗って沿道の人にお菓子や花束を投げて回る、というやつ。パレードを見に来た人も、もちろん大半は仮装している。そのための衣装(海賊ルックが流行のようだ)が街のいたるところで売られているし、期間中のお菓子・スナック・酒類の消費を含めると、カーニバルによる経済効果は大変なものだと思う。

ところで、マルティン・ルターのインパクトが強いせいか、ドイツはプロテスタントの国、というイメージがあったが、人口比でみるとプロテスタントとカトリックはほぼ同数でわずかにカトリックが多いという。人口分布には地域差があり、北ドイツはプロテスタント、南ドイツとライン河畔にカトリックが集中しているそうだ。ゆえに、カトリックが優勢な州にだけ適用される祝日、なんてのがある。日本から来ると、こういうのが、珍しい。
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by bonnjour | 2005-02-06 22:18 | 暮らす
ネクタイ切りの日
今日はドイツで「老女のカーニバル」と言われている日。ドイツでは、前年の11月11日の午前11時11分からカーニバル期間が始まるとされているが、一番の盛り上がりがあるのが今日から来週月曜の「バラの月曜日」までの期間だそうだ。

キリスト教の「四旬節」(キリストが荒野で断食したことにちなみ、祈りと節制を40日間行う期間)に先立ち、食いだめ・飲みだめ・騒ぎだめをするのがカーニバルの起源だ。気持ち的には「明日からダイエットをする、というその日に、焼肉とビールをたらふく食べてカラオケに行く」というのと一緒か。

今日は女性の無礼講が許される日だそうで、本日限定の女性特典として、男性のネクタイをちょん切ってOK、ということである(これって、フロイト的に解釈すると、かなりヤバイ習慣ではないか)。

そんな今日、相棒の勤務先でカーニバルのちょっとしたパーティがあったので、出かけてみた。勤務先は、各国から研究者が集まる研究所で共通語も英語だが、皆さんドイツならではのお祭りを楽しんでいる様子である。数ヶ月から1年までの短期滞在が基本の研究所なので、特色あるカーニバルの季節にこうやって滞在していることは、結構ラッキーなのではないか。

パーティで東洋人のご夫妻と立ち話した。旦那さんがここに滞在する研究者で北京から来たそうだ。奥さんはアイドル風の若くて可愛い人。家ではいつも中華料理を食べている、ときいたので、奥さんと「安くて良い中華食材が手に入る店」の情報交換をしたかったのだが、残念ながら共通言語がなくて、旦那さんの英語を介しての会話となり、あまり話せなかった。
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by bonnjour | 2005-02-03 22:18 | 暮らす