B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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画家アウグスト・マッケ
今月末でボンを離れるにあたり、今まで行っていなかった地元の美術館や名所を訪ねまくっている。

車でいつも通る通りの傍に「アウグスト・マッケ・ハウス」というのがある。ここはボンで創作活動を行ったドイツの表現主義の画家、アウグスト・マッケ(1887-1914)が数年暮らした家で、今は彼の個人美術館になっている。ボンの近代美術館にもマッケの作品が多数展示されており、なんだか「おらが町の誇り」といった扱いなので、ボンを去る前にマッケ・ハウスにも寄ってみようと思った次第。

今まで知らなかったのだが、マッケという人は、第一次世界大戦に従軍して27歳の若さで戦死している。マッケ・ハウスの最上階は彼のアトリエが保存されているが、なにやらこの夭折の画家の気配が今でも漂っているような雰囲気を感じた。「もっと創作したかった」という彼の無念の気持ちが、まだこの部屋を支配しているのか...。

(写真下)マッケ・ハウスの壁を覆っていたツタは、ちょうどいい具合に紅葉していた。
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by bonnjour | 2005-10-28 21:11 | 聴く&観る
ご近所にある「ユネスコ世界遺産」を、とうとう訪れた
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今月でボンを離れるにあたり、考えてみたら、まだ行っていない名所が沢山あることに気がついた。ベートーベンの生家とか、シューマンのお墓のある墓地とか。そうそう、ドイツ観光のハイライト、ライン川下りも、とうとうチャンスがなかったなあ。あと1週間のうちに、ベートーベンの家くらいは、ぜひ行ってみよう(この家は中心部にあって、私はよく前を通り過ぎている)。

そんななかで、休日にしか行けない場所として、ボンとケルンの間に位置するブリュールという町の「アウグストゥスブルク城」に、駆け込みで行ってきた。ここは、1984年にユネスコの世界遺産に指定された文化遺産だ。

この城が建てれたのは18世紀初頭。ケルンの大司教で選帝侯のクレメンス・アウグストが、趣味の鷹狩りの拠点のために作った城だ。バロックの贅をつくした建築に、彼の権力のほどがしのばれる。

大司教といえばカトリックの聖職者。坊さんが、こんな贅沢をして天罰は当たらなかったのだろうかと思ってしまうが、昔のヨーロッパの高位聖職者は、世俗の匂いプンプンだったのだから、まあこんなものだろう。クレメンス・アウグストはバイエルンのヴィッテルスバッハ家の出身だそうで、ということは19世紀末に憑かれたようにお城を建てまくったバイエルンの狂王、ルードヴィッヒ2世とも縁続きということになる。

c0163963_21112730.jpgこの城の一番の呼び物は、セレモニー用に作られた、壮大なバロック式階段(写真左)である。城の内部見学はガイドに従って移動することになっているので、いまひとつ時間をかけて観賞することができなかったのだが、とにかく「重厚・華麗」という感じで、カラフルな石材や彫刻、鉄骨細工、石膏細工が空間を埋め尽くしている。

多数ある居室も、それぞれに当時の最新流行であるロココ式を取り入れ、ある部屋は東洋渡りの陶器で飾り立てられたり、ある部屋は漆細工のような壁で覆われていたりと、いかにも金と手間がかかっているのがわかった。

大変に感心したのは、この城全体の管理体制の良さ。イタリアあたりでは、これ級の文化遺産でも、なんとなく管理に手抜きがあるような、ゆるい感じが否めないのだが(実はそういう「ゆるさ」が魅力でもある)、さすがドイツというべきか、見学者はガイド付きツアーで囲って、不審な行動は厳禁だし、あらゆる陳列品に「当陳列品は、Bosch社のアラームシステムでガードされています」という看板が付けられている。規則と秩序を重んじるドイツらしいと思った。
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by bonnjour | 2005-10-23 21:09 | 暮らす
もうすぐボンとお別れ
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相棒のボンでの仕事が今月末で終了するため、今いるアパートを引き払い、とりあえずは相棒のフランスの実家に身を寄せる。私は11月5日からしばらく日本に一時帰国し、クリスマス前にフランスの実家に戻ることにした。

来年1月からの居住地は、相棒の仕事次第で現時点では未定だが、ヨーロッパのどこかの大学町になる予定。しばらくは放浪生活が続くが、どこにいてもネットで人とつながっていることができる現代のテクノロジーの進歩に大感謝だ。

ともあれ、1年間暮らしたボンの町を去るのは、名残惜しい。

アパートの向かいにある教会は、毎朝7時に盛大に鐘を鳴らしてくれたため、いつも7時には目が覚めた(週末も7時に起こされるのは困ったものだったが)。

アパートのバルコニーからの眺望(これが、このアパートの唯一のウリ)は、ボンの町どころか、天気の良い日は大聖堂で有名なケルンまで見渡すことができ、昼間の景色も夜景も、それぞれに素晴らしかった。
アパートから歩いて15分ほどの、丘の上にあるKreuzberg教会にはよく散歩に行った。18世紀半ばに建てられたこの教会はあまり有名ではないようだが、バロック式の素晴らしい教会堂と、ローマのサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂に付属する「聖なる階段」にも匹敵する(と私は思った)、バロック式の「聖なる階段」がすばらしい。c0163963_2163489.jpg

この教会は丘にあるだけあって、どこからもよく見えるので、遠出をした帰路に教会のドームが見えると、やっと家に帰ってきたという気持ちがしたものだ。

そして、堅物というイメージが強いドイツ人の中にあって、明るく開放的な気風で有名なボンの人々。地元の習慣やドイツ語に不慣れな私にも親切に接してくださって、大変ありがとうございました。

Kreuzberg教会の「聖なる階段」。キリストがピラトの宮殿で裁判の日に階段を登った故事にもとづき、キリストの犠牲をしのぶために作られた階段(ローマをはじめ、各地にある)。巡礼者は祈りをささげながら膝を使ってこの階段を登る。c0163963_217919.jpg
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by bonnjour | 2005-10-20 21:04 | 暮らす
大岡昇平「ザルツブルグの小枝」
作家・大岡昇平が1953年から54年にかけて、ロックフェラー財団の奨学金で米国とヨーロッパに1年間の留学をした際の旅行記。大岡はこのとき、44歳。妻子を日本に置いての単独渡航だ。

終戦から10年も経たない1953年という時期に、米国の財団が旧敵国の作家に対して、1年間の旅費(米国とヨーロッパの主要な都市を軒並み訪問している)と滞在費を丸抱えという気前のよいオファーを行ったことに驚く。もっとも、旧敵国の文化人に対してだからこそ、このようなプログラムを通して欧米の文化を紹介し、日本での宣伝役となってもらおうとしたのだろう(その試みは、半分成功して、半分失敗しているように、私には思える)。

大岡昇平はフィリピン戦線に出征し、この世の地獄を経験した後、米軍の俘虜となって終戦を迎えている。10年前には敵国であった米国に、今度は権威あるロックフェラー財団の留学生として乗り込んでいく心の葛藤や、東洋人ということで幼い子供にまで侮蔑の目を向けられる屈辱、日本人としての自負とそれに裏腹なコンプレックス(敗戦後の日本人が皆抱いていたであろう)などが、軽妙な旅行記の端々に見え隠れする。

タイトルの「ザルツブルグの小枝」は、大岡が心酔し研究の対象としたスタンダールの、「恋愛論」で述べられる「恋愛の結晶作用」から来ている。結晶作用とは、ザルツブルグの塩抗に投げ込まれた小枝が、ほどなくしてダイヤモンドのような塩の結晶できらびやかに飾られるように、恋する者は恋愛の対象を徹底的に美化するということだ。この題名は、大岡が恋焦がれた欧米の文化・風物に対する「結晶作用」をも、示唆している。

ところで文中には「(ルーブル美術館の)二階に引き返したら、吉田秀和君にばったり会った」、「森(有正)君はフランスに来てもう五年になる」、「作曲勉強中の若い別宮君の感想では」等々、作者が滞在中に会った人々の名前が随所に出てくる。あの頃は、みんな、若かったんですね。
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by bonnjour | 2005-10-17 21:03 | 読む
ドイツ版「鉄の女」が首相に
日本は体育の日で3連休。ここドイツは9月18日の総選挙から混乱が続いていた次期首相の選定問題に決着が付き、保守政党CDUの党首であるアンゲラ・メルケル女史が、これまでの中道左派・シュレーダー首相になりかわって首相に就任することで合意がなされた。c0163963_2123189.gif

このメルケル女史、西ドイツ生まれで、少女時代に牧師のお父さんの赴任に従って東ドイツに移住、ずっと東で教育を受けて物理学者となり、1989年のベルリンの壁崩壊後に政治の世界に足を突っ込み、あれよあれよというまにブレイクした方である。

で、やり手の女性政治家ということでドイツ版「鉄の女」ともいわれるのだが、彼女が首相を務める新政権は、党首をつとめるCDU+CSUの保守連合と、今まで与党だった社会民主党(SPD)が共存する大連立となるので、その舵取りは困難をきわめるだろうというのが大方の声だ。

首相を引き受けたからには、失業問題や景気回復策など、山積みの問題に果敢に取り組んでいただきたいが、本家本元の鉄の女さんのように強硬手段に訴えるのはやめてほしいと思う。
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by bonnjour | 2005-10-10 21:01 | 暮らす
あっ、カギが!
やってしまった。今まで、気をつけていたつもりだが、魔がさしたのか...。c0163963_2105790.jpg

土曜恒例のスーパー買出しのため、戸締りをしてドアを閉めた。うちのアパートのドアは内側からカギを差し込んでおくと外から開かない構造になっているので、家の中にいるときはドアの内側にカギを差しっぱなしだ。

先に出た相棒が手にカギを持っているのをぼんやりと眺めながら、私はドアを閉めた。内側に差し込んであったカギは相棒が抜いて手に持っていると疑わず。

ところがこれが全くの間違い。相棒が持っていたのは車のキーで、家のカギはドアに差しっぱなしだったことがすぐに判明。スペアのカギは手元にあるが、そのカギを外から差し込んでも、内側からささったカギが邪魔してドアは開かない。

青くなって、隣町に住んでいる大家さんに電話する。こういう状態になった時にカギをこじあける秘策をご存知なのではと期待したのだが、大家さんもお手上げで、プロのカギ開け職人さんを呼んでくれることになった。

10分もたたぬうちに職人さんが登場(この素早さに、びっくり)。問題のドアを見せると、難しそうな顔をして「うーむ、この錠前部分を壊して、全交換しないといけないな」とか言って、電卓ではじいて出した費用が「150ユーロ」(約2万500円)。

そんなバカなと思って、カギの金具部分のネジをはずせば、錠前全部を壊さなくても解決できるはずだと身振り手振りで訴えると、「じゃあ、ためしにやってみようか」ということになり、問題のドアはたちどころに開いた。もちろん、金具を戻せば全面的に原状回復できる。そんな素人でも思いつくことをプロが知らないはずはないのに、わざと事態を深刻にして高い料金を取ろうとしたのは明らかだ。

ともあれ、職人さんが登場してから10分そこらで作業完了して、料金は結局90ユーロ(約1万2,300円)。当地では二人でちょっとしたディナーを2回、食べられる勘定だ。一瞬の気の迷いのせいで、もったいないことをした。

うっかり屋が多い町に住んでいたら、カギ開け職人は結構良いビジネスだと思う。
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by bonnjour | 2005-10-01 21:00 | 暮らす