B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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旅行日記 台湾編:やっと台北
台湾観光といえば、首都である台北は、外せない。ということで、到着日は空港から素通りしただけの台北に、私たちのツアーはやっと到着した。
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戦没者を祀る「忠烈祠」の衛兵交代(写真上)は、観光旅行のハイライト。ここに祀られているのは、辛亥革命や対日抗戦で死亡した33万人の霊ということで、日本人としては少々肩身の狭い気持ちがする。

衛兵は、陸海空軍(それぞれ制服の色が違う)から選ばれたエリートが勤めるそうだが、今日は白い制服なので、海軍。
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by bonnjour | 2005-11-30 21:23 | 旅する
旅行日記 台湾編:花蓮には美女がいっぱい
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今日の宿泊は、台湾島の東海岸にある花蓮。このあたりは、中国本土から台湾に移民が始まる前からこの地に住んでいた先住民族の人たちが多い地域だ。

原住民は、いくつかの部族に分かれるが、その中でも一番人口の多いアミ族の人たちの文化を紹介する「花蓮阿美文化村」という施設があり、観光旅行の定番目的地となっている。私たちのツアーもそこに寄った。

文化村でアミ族の伝統的音楽と踊りを鑑賞したあと、ホテルに戻る。夕食後は母を誘って花蓮の町を探検した。びっくりしたのは、彫りの深い美人が多いこと。先住民族のいくつかは、その昔にもっと南の島から台湾に渡ってきたポリネシア系だそうだが、エキゾチックな美しさをたたえた女性たちが商店街などを闊歩している様子は、中国系の人が大多数を占める他の町とは一線を画している。

ところで、現地では折りしも地方首長選挙の直前で、候補者たちは商店街に繰り出して、道行く人や商店の人々に握手をして回っている。ぶらぶらと散歩していた私も、候補者の一人から熱い握手を頂戴した。おのぼりさんでなく、地元の人(ただしエキゾチック美人のポリネシア系ではなく、平面顔の中国系ね)だと思われたかしら、とちょっと嬉しい。
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by bonnjour | 2005-11-29 21:21 | 旅する
旅行日記 台湾編: 高雄の六合夜市に興奮
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昨日から台湾を旅行している。

せっかく日本にいるのだから、アジアのどこかに足を伸ばしてみたいと思い、いろいろ考えた末に選んだのが、台湾。美味しい中華料理や美しい風土はもちろんのこと、日本の旧植民地ながら対日感情は良好、というのが選んだポイントだ。日本の近くにあるのに、なぜか今まで行くチャンスがなかった。

日本から台北に飛び、台中、高雄、花蓮、台北と台湾島を一周する、手頃な価格のツアーがあったので、それに参加した。「親子の親睦」をはかろうと、両親を誘ったのだが、秘境の旅マニアの父は「台湾は興味ないなー」の一言で不参加。母と二人で旅立った。

昨夜は台北空港到着後、バスで台中まで行き、そこに泊まった。そして今日は南部の港町、高雄まで来た。

高雄に観光名所は色々あれど、私が今日一番楽しみにしていたのは、「六合二路夜市」という、夜店が並ぶエリアだ。想像通り、軽食や果物、飲み物など、さまざまな屋台が立ち並んでいて、興奮してしまった。
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by bonnjour | 2005-11-28 21:19 | 旅する
思いがけない場所で、なつかしい人にバッタリ
いま身を寄せている実家の近所にカトリックの司祭を養成するための神学院がある。c0163963_2118592.jpg

そこの学園祭は毎年11月23日。学校の性質上、学生数が非常に少ないこともあって(カトリック聖職者を志す人の数は、激減している)、たいへん小規模の催しなのだが、普段は部外者が入れない神学校のオープンハウスということで、ここ10数年、ほぼ毎年遊びに行っていた。今年はたまたま学園祭の時期に里帰りできることになり、帰国前から楽しみにしていた。

司祭を養成する学校にふさわしく、学園祭は朝のミサから始まった。遅れて入った私は後ろのほうで参列していたのだが、ふと見ると、前に勤めていた会社で大変お世話になった派遣社員のMさんが「まあ、久しぶり!」という顔で私にサインを送ってきた。

もう、びっくり。彼女は横浜のほうに住んでいるのだが、ここに来るには2時間弱かかるのではないだろうか。ミサの後で聞いた話では、数年前、旦那様と共にカトリック信者になったとのこと。通っている教会で、この学園祭のことを聞き、遠路はるばる来たそうだ。まったく世間は狭い。

ところでこの学院の建物は、なかなかの名建築で、芝生の中庭を囲む形で低層(2階建て)の聖堂や校舎、学生や教員の宿舎などが配置されている。数年前
に老朽化した旧建物を取り壊して新築されたのだが、建物ウォッチングとしても楽しめる学園祭である。
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by bonnjour | 2005-11-23 21:18 | 暮らす
ま、またドイツ...
フランスの両親の家に帰省している相棒からメールが来た。

相棒がフェローシップを申請していたドイツのフンボルト財団から、許可する旨の返事が来たという。空白だった来年1月からの居住地が、これで決まった。ま、また、ドイツかあ...。

イマイチの食生活とか、日曜日は商店が全て閉まる不便さとか、平日の昼時や日曜日に掃除洗濯などの生活騒音を立てる行為が禁止されている窮屈さとか、1年間ドイツに住んでみてコマッタナーと思うことは多々あった。初めて住んだ外国なので、よけいカルチャーショックを感じたのだろう。でも、秩序と規則を重視する律儀なお国柄は、日本人にとっては住みやすいといえる(しかし、その規則好きは極端で、たとえば街角に設置された、ガラス類を回収するコンテナには「夜 8時~朝7時と日曜日のガラス投入を禁止する。違反した場合は罰金XXXXユーロ」と明記されている)。

今度はボンではなく、もう少し北のオランダ寄り(なので、土地が平たい)の大学町、ミュンスターに行くことになる。30年戦争の時、ウェストファリア条約(って、何でしたっけね?)が結ばれた町だが、今はエコロジーのモデル都市として、交通手段に自転車利用を推進して成功しているそうだ。我々もエコな生活を送ることを求められちゃったりするのだろうか。まだまだ、おっかなびっくりの私である。
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by bonnjour | 2005-11-11 21:17 | 暮らす
運転免許試験場で
府中の運転免許試験場に出向いて、免許の再発行をしてもらう。

フランスで日本の免許を現地の免許証に書き換えた際、日本の免許証は没収されてしまった。「IDカードのない日本では免許証は身分証明書として機能するので、返してもらえないか」と懇願してみたが、規則だそうで、返してくれなかった。

これではビデオショップにも行けない! ということで、再発行を願い出た次第。

再発行手数料は3,200円。窓口に行ったら、「お財布ごと、盗まれちゃったんですう」と不安げな、10代とみられる女の子をはじめ、沢山の「免許証をなくした人」で賑わっていた。係官は、なんだかとっても不機嫌である。そりゃ、大事な物をなくすのはよくないが、手数料の3,200円(暴利だと思う)も入ることだし、もっとやさしくしてくれても罰は当たらないだろう。

盗まれたのでも、すられたのでもなく、私の場合は外国の役所に没収されたんです、と不可抗力をアピールしつつ、新しい免許を作ってもらった。
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by bonnjour | 2005-11-07 21:16 | 暮らす
1年ぶりの日本―どちらが、現実?
成田空港に到着。パスポートに押された昨年12月の「出国」のスタンプの隣に今日付けの「入国」スタンプを押してもらう。約1年間、日本を離れていたという実感が沸く瞬間。

成田空港から京成線、山手線と馴染み深い路線に乗り継ぎ、日本語のアナウンス、日本語の車内吊り広告、日本人が圧倒多数の乗客といった環境に囲まれると、今いる日本の電車の中こそが現実で、昨日まで暮らしていた欧州は長い夢だったのではないかと、妙な錯覚にとらわれる。

ボンの暮らしは初めから1年と決まっていたので、流れ者気分が抜けなかったのも、理由のひとつだろう。その一方、ネットの発達のおかげで日本のニュースはほぼリアルタイムに入手できたため、海外にいることに起因する情報ギャップが少ないことも、この妙な錯覚を生み出しているような気がする。
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by bonnjour | 2005-11-05 21:15 | 暮らす
ミラノは霧の中/機内で見た、ちょっといいイタリア映画
11月というのに妙に暖かいマルセイユからアリタリア便でミラノを経由し、日本に向かう。

マルセイユでは晩秋というのに南仏特有の強い日差しが照りつけていたが、ミラノに降り立つと、そこは暗く沈む霧の中だった。
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須賀敦子が随筆の中で繰り返し語った、秋から冬にかけての「ミラノの霧」の実物を見て、ひとりで勝手に感動する。しかし、ここで生活している人にとっては、車の運転は危険だわ、気持ちは沈みがちになるわで、決して歓迎するべきものではないだろう。

ミラノから成田までの便はかなり空いていて、エコノミー席ではあるが、かなりゆったりと座ることができた。

ところで飲み物のサービスが始まったとき、赤ワインを頼んだところ、「本日はあいにく赤は搭載しておりません」とのことで、白ワインを渡してくれた。赤ワイン大国のイタリアのナショナルキャリアーでそんなこともあるものかと、結構驚いた。まあ、エコノミー席を買っておいて贅沢はいえないのだが。

いつもは飲食物がサービスされるやいなや、赤ワインを「がー」っと飲んで、後はひたすら眠るのが私なりの時差ぼけ解消策だが、今回は調子が狂っていっこうに眠くならない。そこでオンデマンドで見ることができる映画を2本も見てしまった。

1本目は「チャーリーとチョコレート工場」。ちょっと前にボンの映画館にかかっていたものの、ドイツ語吹き替えにつき、見送った1本。機内で見ることができてトクした気分だ。

もう1本は、「Ribelli per caso」(偶然の反乱)というイタリア映画(英語字幕付き)。あまり期待せずに見始めたところ、これがイタリア映画ならではの、人生の悲哀を甘辛く描いた作品で、心に残った。

ストーリーは、人生を諦めているような雰囲気を漂わせた初老の男(主人公)が検査のため、ナポリの公立病院に入院する(イタリアの公立病院は貧乏人の行くところで、高額な私立クリニックに比べて患者への待遇が悪い)。そこは消化器病棟で、同室の患者たちは検査結果が出るのを長々と待たされていることや、主任医師の傲慢さ、病院食のまずさに腹を立て、監視がゆるむ週末に病院内の調理室で好みの食材を使った豪華なディナーを自分たちで作る計画を立てる。厳しい食餌制限を課せられた消化器病棟の患者たちにとって、それは死につながるかもしれない危険行為だが、彼らは病院への復讐の気持ちすら込めて、計画を練り上げる。

ひと波乱あった後に計画は実行され、主人公はパスタ作りの鮮やかな腕を披露する。実は彼は長年、ホテルマンをしていた。問わず語りに彼は、ホテルに勤め始めた10代の頃、お客として現れた世界的映画監督に「俳優になったら成功するだろう」と言われたエピソードを話す。若かった彼はその言葉に狂喜乱舞するが、結局、一歩を踏み出す勇気がなく、周囲に流されるままホテル勤めを続けて初老を迎えた。

さて、ディナーの途中で病院側が感づき調理室に突進、患者たちは立てこもる。警察も出動して大騒ぎとなるが、最後は病院側が患者グループの提示した要求をのんで事態が収拾される。

翌日、主人公は例の傲慢な主任医師から、手術不能の癌に侵されていることを告げられる。動揺する主人公。しかし、彼は医師に向かい、「あなたの指図は受けない。自分の人生をどうするかは、自分で決める」と言って、今度ばかりは自分の人生に正面から向き合おうと決意するのだ。
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by bonnjour | 2005-11-04 21:13 | 旅する