B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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今日から冬時間
今日はデンマークをはじめ、ドイツやフランスなどで採用されている中央ヨーロッパ時間(CET:Central European Time)が、夏時間から冬時間に切り替わる日。夏時間の適用は「3月の最終日曜日午前1時から10月の最終日曜日午前1時まで」となっており、考えてみれば1年の半分以上は「夏時間」が適用されているわけだ。

で、冬時間に変わると時計上の日没時間も急に1時間早くなるので、なんだか物悲しい。我々の住んでいる北部ヨーロッパは、いよいよ日照時間が短くなって、鬱病が発生しやすくなる季節だ。北欧で、家の中のインテリアや小物を鮮やかな色でまとめ、ロウソクを多用したりして「光」にこだわるのは、暗くて寒い冬を少しでも明るい気持ちで乗り切るためだという。
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というわけで、いよいよ冬到来なのだが、なんと私は明日から日本に里帰り。相棒 、許せ!と後ろ髪を引かれながら、「日本で食べたいもの、したいこと」リストの作成に余念がない私である。
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by bonnjour | 2008-10-26 00:19 | 暮らす
ヴィヴァルディのStabat Mater: Part 2 ― 過去を閉じ込めた暗い部屋
さて、前回に引き続いてヴィヴァルディのStabat Materの話題。

マット・デイモンが主演した映画「リプリー」(アンソニー・ミンゲラ監督、1999年、米国) で、この曲が印象的に使われている。



PETER:
Can you imagine, if Dickie did kill Freddie, what must that be like? To wake up every morning, how can you? Just wake up and be a person, drink a coffee...?

RIPLEY:
Whatever you do, however terrible, however hurtful - it all makes sense, doesn't it? inside your head. You never meet anybody who thinks they're a bad person or that they're cruel.

PETER:
But you're still tormented, you must be, you've killed somebody...

RIPLEY:
Don't you put the past in a room, in the cellar, and lock the door and just never go in there? Because that's what I do.

PETER:
Probably. In my case it's probably a whole building.

RIPLEY:
Then you meet someone special and all you want to do is toss them the key, say open up, step inside, but you can't because it's dark and there are demons and if anybody saw how ugly it was...


この映画はアラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」の原作と同じ「The Talented Mr. Ripley」(パトリシア・ハイスミス作)を下敷きに、「太陽が~」より原作に忠実に映画化したもので、マット・デイモンはドロンと同じ「トム・リプリー」役を演じている。ためいきが出そうに美しくも野卑な若い頃のドロンと、冴えないオタク風のデイモンを同じ役に起用していることからも、2つの映画のコンセプトが全く違うことがわかる。

息をのむばかりの、ドロンのお下品な美しさと......c0163963_21242366.jpg


いじめられっ子キャラの、冴えないマット・デイモン版トム・リプリー
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金持ち放蕩息子ディッキー(ジュード・ロウが神々しいまでに美しい...)をイタリアからアメリカに連れ帰るよう富豪に頼まれた貧乏青年のトムが、現地で奔放なディッキーの魅力に参ってしまい(「太陽が~」と違い、こちらの作品ではトムがディッキーに対して抱く同性愛の感情が明示的に描かれている)一緒に遊びまわるも、ディッキーから疎ましがられるようになると可愛さ余って憎さ百倍、諍いから偶発的にディッキーを殺してしまう。その後、ディッキー殺しを隠匿するために、トムの行動を不審に思った金持ち坊ちゃん「フレディー」も手にかけ、最後にはトムの良き理解者だった同性愛の新しい恋人「ピーター」(上流階級出身のイギリス人という設定)まで、自分の嘘を隠すために殺してしまう、という「殺人スパイラル」の、なんとも後味の悪い映画だ。

で、上記のシーンは、トムがすでにディッキーとフレディーを殺し、ディッキーにフレディ殺しの罪を着せて潜伏しているところ。ディッキーにフレディ殺しの嫌疑がかかっているという前提で会話が進む。

ピアノでヴィヴァルディのStabat Materを弾いているトムに、ピーターは「人を殺した罪を背負って生きていくのは、どんな気持ちだろう」と問いかける。トムは「過去を地下室に閉じ込めて、そこに二度と入らなければいいんだ。僕はそうしている」と答える。「そうだね。僕の場合は建物まるごとになるけれど」と応じるピーター(この映画の時代設定である1950年代の同性愛者というのは、「クローゼット」どころか「建物全体」に身を隠して生きていかなくてはならない存在だったのだろう)。

次のシーンはヴィヴァルディゆかりのS.Maria della Pieta教会。音楽家であるピーターが指揮をして、ボーイソプラノの歌うStabat Materのリハーサルが行われている。

この映画で使われたStabat Mater、そしてインテリのゲイであるピーター役を演じたイギリスの俳優ジャック・ダベンポートに萌える人もいるようで(実は私も、こういうアクセントの英語を喋るイギリス男には滅法弱い)、次のようなトリビュート・ビデオがYouTubeに投稿されている。ここで使われているStabat Materは映画のオリジナル・サウンドトラックで、ボーイソプラノが歌ったもの。この曲をボーイソプラノに歌わせるのは、私には疑問だが。

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by bonnjour | 2008-10-24 21:52 | 聴く&観る
ヴィヴァルディのStabat Mater
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ヴィヴァルディのStabat Materが好きだ。仕事中も、作業用パソコンのiTunesで毎日のように聴いている。アルト独唱のための曲なので、スコアを見ながら自分で口ずさんだりもする。とりわけ週末の気分の良い朝には、コーヒーを淹れながら「すたーばと まーてる どーろろーさ~~」と歌いたくなる。「十字架にかけられたイエスの傍らで嘆き悲しむ聖母マリアが立ちつくす」というシーンから始まる受難の歌なのだから、朝のコーヒーを作りながら歌うのは大変に不謹慎ではある。

で、iTunesに入っている演奏は、カウンターテナーのアンドレアス・ショルがキアラ・バンキーニ指揮の「アンサンブル415」の演奏で歌ったものと、アルトのマリー・ニコル・ルミューがジャン=クリストフ・スピノジ指揮の「アンサンブル・マテウス」の演奏で歌ったもの。ショルのバージョンは端正な歌いぶりで、感情に流されないクールな感じがする。一方、ルミューの方は慈母を思わせる包容力のある歌い方が印象に残る。仕事中に聴くにはショルのクールな演奏のほうが都合がいいので、再生回数も自然と多くなる。

また、最近加入したナクソス・ミュージック・ライブラリーでよく聴いているのが、ポーランド出身のカウンターテナー、ヤクブ・ブジンスキが自らの古楽アンサンブル「ラ・テンペスタ」を指揮して歌ったもの。これは打楽器を入れた楽器編成と独特な装飾音、早めのテンポで、かなり度肝を抜かれる演奏だ。プロフィールを見ると1976年生まれという若い演奏家だが、「才気走った」という形容詞が思わず浮かんでくる。

そして、このお方を忘れてはならない。初音ミク様である。

私の初音ミク初体験は、実はこの曲。ほんとによくやるものだと、感心するやら、あきれるやら。

さて、この歌の「オチ」というか趣旨だが、御子を失った聖母マリアの悲しみに思いを馳せ、それを追体験することで神の恩寵を求める、というもの。初音ミク様とは、どうにもミスマッチなのだけど。
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by bonnjour | 2008-10-23 11:56 | 聴く&観る
ジャルスキー@Echoクラシック賞授賞式
またまたカウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーの話題。

彼は昨年末に出したディスクの「Carestini - The Story of a Castrato」が評価され、ドイツのグラミー賞といわれる「Echoクラシック賞」で「2008年の男性歌手」に選ばれたが、その授賞式が昨日(10/19)、ドイツのミュンヘンで開かれた。その際のインタビューが早速YouTubeに掲載されている(下記)。



なーんと、ジャルスキーは英語とドイツ語でインタビューに答えている。彼がフランス語以外の言語を話すのを初めて聞いた。どちらも時折「ハ行」が抜ける、いかにもフランス人らしい発音だけど、ご当地の言語でインタビューに答えるサービス精神は素晴らしい!YouTubeのコメント書き込みを見たら、彼がドイツ語を話していたことを、現地のファンが喜んでいた。いつもより挙動不審気味(笑)なのは、慣れない外国語でインタビューに答えているからだろう。

ということでインタビューの要約。ただし、ドイツ語の部分は、かなりいい加減です。

【インタビュー要約】

P.J.:(英語)賞をいただいて、とても感動しています。カウンターテナーという声にとって、今ちょうど革命が起きていると思います。このような賞をいただけたのは、カウンターテナーの声がノーマルな「オペラの声」として認められたということだと受けとめています。これはカウンターテナーの将来にとって喜ばしいことでしょう。オペラハウスではバロック・オペラが沢山上演されるようになってきましたが、それは自然なことだと思います。

インタビュアー:(英語)ドイツ語はお分かりになりますか?

P.J.: (ドイツ語)はい、少しなら。あまり上手くありませんがちょっと話せます。

インタビュアー:(ドイツ語)あら、お上手ですよ。ドイツ語で話しましょうか、それとも英語で?

P.J.:(ドイツ語)じゃあドイツ語でいきましょう。

インタビュアー: 時には聴衆は、この声は男性が歌っているのか、女性が歌っているのかと迷うと思うのですが。

P.J.:女性の声に聞こえるというよりは、子供の声に近いと思います。たぶん、それはカストラートの芸術に近いものでしょう。彼らは子供の声をそのまま保持していました。僕の場合は、女性の声というよりも...(口ごもる)

インタビュアー:(回答をさえぎって)声楽を始めたのは18歳の時ですね。

P.J.:はい、18歳というのは、非常に早いスタートとはいえません。子供の声だった時には歌を勉強したことはなく、ヴァイオリンとピアノをやっていました。ただし男性にとって、それ以前に声楽を始めるのは危険です。ですから18歳というのは、カウンターテナーの勉強を始めるには十分に若かったと思います。

インタビュアー:今後の夢を教えてください。

P.J.:夢はたくさんあります。たとえばチェチーリア・バルトリに会うこと。今日、実際にお会いすることができましたが(注:彼女も今回の受賞者の一人)、彼女は僕のアイドル、ロールモデルです。僕は幸運に恵まれていて、たくさんのディスクを録音することができました。今後はもっとヘンデルのオペラを舞台で歌いたいと思います。それが夢です。
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by bonnjour | 2008-10-20 20:09 | 聴く&観る
後悔先に立たず
あるエージェンシーから厄介な案件を引き受けてしまって後悔。計量経済学の英文論文で、部分的に日本語で加筆された部分を英訳するというものだが、原稿を見たとたんに「むむむ」と思って一度は断った。でも、「そこをなんとか」とかなんとか言われて、変にチャレンジ精神を発揮してしまったのが間違いだった。

難しい。

1行進むたびに調べ物をしている感じで、効率が悪いことこの上ない。原稿に数式が頻出するので(分野が分野なんだからあたり前だ)、相棒(数学屋)に「なんじゃこの数式は!」と愚痴ったら、目を輝かせて「どれどれ」と寄ってきた。萌えポイントというのは、ほんとに人それぞれである。

ともあれ納期が迫りつつあるので、パソコンにかじりついて作業を進めている。BGMはヴェルディのレクイエム。この手の音楽を聴くと、なぜか作業効率が良くなるのだ(脳の中にアルファ波ってやつが出るのだろうか)。先日入会した、定額で24,500枚のCD(渋いマイナーレーベルが揃ってる)が聴き放題という音楽配信サービス、ナクソス・ミュージック・ライブラリーを使って聴いている。本当は、アバドが指揮をしてバスをルッジェーロ・ライモンディ(はい、大ファンです)が歌っているディスクを持っているのだが、あいにく相棒の実家の倉庫に眠っている。

バージョンは違うが、同じくアバドとライモンディの組み合わせで、こんなビデオを見つけたので貼り付けておく。うーん、素晴らしい。でも古い映像なので、アバドもライモンディも、若いこと!ステージではフレーニ(S)、オブラスツォワ(MS)、パヴァロッティ(T)、ライモンディ(Bs)という大スターの独唱者が左から順に並んでいるが(クリップの02:00前後に注目)、これが声の高さ順というか、小柄なフレーニから飛びぬけて長身のライモンディまで、背の高さ順に並んだみたいで面白い。声帯の長さと身長が比例するという見本かしらん。


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by bonnjour | 2008-10-19 08:28 | 暮らす
不思議だ--- インターネット接続障害
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火曜日の朝に家のインターネット接続が、突然使えなくなってしまった。これがないと仕事がストップしてしまうので、大いにあせる。バックアップとして確保しているアパートの隣人Kさんのワイヤレス接続をお借りして急場をしのぎつつ、障害の回復を試みることにする。

Windowsの診断プログラムではプロバイダー側の障害が示唆されたので、サポートデスクに電話し係員の指示に従って色々な操作をすること1時間弱。でも、回復しない。結論としては、センターからなぜか我が家の接続が確認できないので、技術員を自宅まで派遣するとのこと。これが明後日の木曜というのは日本の感覚からいうと遅いのだが、なにごともゆっくりのヨーロッパでは、かなりましな方だろう。ただ、技術員の訪問が朝7:30から午後16:00までのいずれかの時間で、訪問の直前に電話を入れます、というのは外で働いている人だったらずいぶん不便だろう。

で、本日念願の技術員さんが2人組でやってきて、我が家のモデムをチェック。たった5分で問題は解決してしまった。

さて、肝心の接続障害の理由だが、なんと今まで使っていた接続は、我々が7月から契約していたサービスではなく、もともと家主のLさんが契約していた古いサービスだったとのこと。そのサービスの期限が切れたので不通になったそうだ。......そんなバカな!Lさんのサービス契約は6月末で切れたので、その後に私たちは別途、高額な初期費用を払って自分たちの名前で新たなサービスを契約したのだ。そのサービスが10月になるまで使われていなかったとは!それに、6月末で切れたはずのLさんのサービスが、なぜか10月まで物理的に使用可能な状態にあったとは!

不思議だ、不思議だあ。
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by bonnjour | 2008-10-16 20:51 | 暮らす
フランス歌曲の世界
ブログでお付き合いさせていただいている音楽好きの皆さん数名の間で、フランス歌曲がちょっとしたブームになっている。というのも、11月に初来日するカウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーが、リサイタルでフランス歌曲を歌うからである。

目でも楽しめるオペラと違い、外国語で歌われる歌曲は歌詞を前もって調べておかないと楽しみが半減してしまう。ということで、私も色々な声楽家が歌ったフランス歌曲のディスクを聴いたり、歌詞対訳を読んだり、楽譜を入手して自分で口ずさんでみたり、という予習をしている。ドイツ・リートがゲーテやハイネをはじめとしたドイツ文学と密接なつながりを持っているのと同様、フランス歌曲もボードレールやヴェルレーヌ、アポリネールといった近代フランス文学の大詩人たちの作品がたびたび登場するので、「音楽と文学の幸福な出会い」ってやつを堪能できるのが魅力の一つだ。

予習教材その1。アメリカのメゾソプラノ、スーザン・グレアムが歌ったレイナルド・アーンの作品集
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しっとりとしたメゾソプラノの声で歌われる、夢のように美しい歌の世界。ディスクのタイトルが「ベルエポック」(19世紀末から第一次世界大戦勃発までの古き良き時代)というのが、全てを語っている。マルセル・プルーストのお稚児さん(?)だったアーンの作品はどこまでも甘美で、これを聴きながらプルーストの「失われた時を求めて」なんぞを読むと、気分はもうベルエポックのパリにひとっ飛び。

予習教材その2。フランスのソプラノ、ヴェロニク・ジャンスが歌う、フォーレ、ドビュッシー、プーランクの歌曲
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ジャンスはバロック作品の演奏で評価が高い人だが、母語であるフランス語の歌曲も素晴らしい。ソプラノ歌手ではあるが、少々メゾソプラノっぽい音色を帯びた彼女の声で歌われるフランス語の美しいこと! 私はiPodに歌詞対訳を入れ、それを見ながら聴いている。なお、歌曲の歌詞および英訳は、Webで公開されているこちらのデータベースが非常に充実している(海外のサイトなので、日本語訳がないのは残念)。

予習教材その3。今回のリサイタルの当事者であるフィリップ・ジャルスキーが案内する、フランス歌曲の世界。



ヨーロッパのクラシック/ジャズ専門TV局、Mezzoで放映された番組を、ヨーロッパ在住の親切なファンがYouTubeにアップしてくれたもの。上記のPart1からPart6まであって、ジャルスキーの歌うアーン、フォーレ、ドビュッシーの作品が聴けるほか、師匠のニコール・ファリアン女史との練習風景も垣間見せてくれる。カウンターテナー独特の音色で歌われる歌曲は、通常の男声または女声による演奏とは一味違う、個性的な世界を形作っている(ヨッヘン・コヴァルスキーが歌ったシューマンの「詩人の恋」でも、同じことを感じた)。特に高音部は震えがくるほど美しい。

これを実演で聴いたら、ますます震えてしまうだろう。

最後に、ジャルスキーがチェコの「ラジオ・プラハ」によるフランス語インタビュー(2008/8/30掲載)で語ったフランス歌曲についてのコメント(拙訳)を紹介したい。

<< あと少しでフランス歌曲の録音が完了するところです。これはきっと多くの人を驚かせることになると思います。なぜなら「ドビュッシー、フォーレ、ショーソン、マスネ、サン=サーンス…。彼らの曲はカウンターテナーのために書かれたものではない」と言われるに決まっているからです。ドイツ・リートと同様に、フランス歌曲は「声の曲芸」の世界とは無縁なところにあります。誰だったか、歌曲を「音楽にのせた詩」と表現した人もいました。自分をカウンターテナーという狭い括りでなく、歌手であると考えれば、僕にも歌曲を歌う権利があると思ったのです。バロック作品と同様に偉大な作品が揃い、知られざる名曲も多数あるフランス歌曲という特色あるレパートリーを盛りたてていきたいと考えています。ですから、今回フランス歌曲を手掛けるにあたっては、少々「バロック的」なステップを踏みました。そして歌曲はとても親密な世界です。歌曲におけるピアノと声の関係が、僕はとても好きなのです。来年は歌曲のコンサートを多数開く予定です。>>

<< なぜアーンなのか?アーンは僕にとって、フランス歌曲におけるヴィヴァルディのような存在なのです。
彼の作品では、ピアノからほんのいくつかの音符がこぼれ出て、歌手がいくつかの音符を発しただけで聴衆はうっとりとなります。僕はエルネスト・ショーソンやガブリエル・フォーレの大ファンでもあるのですが、フランス歌曲のコンサートを開くとお客さんは断然、「クロリスへ」や「恍惚のとき」といったアーンの作品の魅力と、無からきわめてシンプルで明快な作品世界を作り出す彼の才能に心を奪われるのです。僕はプーランクやデュパルクは歌いませんが、そうした作曲家に比べると、レイナルド・アーンの作品が自分の声に非常に合っていることは、すぐ分かりました。アーンという作曲家は、自身が比較的軽い声の持ち主でした。彼が自らピアノを弾きながら歌った録音が残っていますが、とても興味深いものです。その魅力は20世紀初頭に特徴的なものです。>>
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by bonnjour | 2008-10-16 07:12 | 聴く&観る
ちょっとだけスウェーデンに行ってみた
前夜、遅くまでオペラを堪能したので午前中はゆっくりと身支度。11時にホテルをチェックアウトした後はコペンハーゲンから列車で35分の距離にあるスウェーデンのマルメ(Malmö)に渡った。ここに、学生時代の友人S子が地元出身のパートナーと暮らしているので、会いにいったというわけ。お二人には、数年前、フランスの相棒の故郷(南の端のほう)で挙げた我々の結婚式にお越しいただいた。ちなみに相棒も私も、初めてのスウェーデン訪問でワクワクする。

マルメはエーレスンド海峡(最も狭い部分は7キロ)をはさんでコペンハーゲンの対岸にある、スウェーデン南部の主要都市。2000年に完成したエーレスンド橋のおかげでコペンハーゲンとの間の交通の便が飛躍的によくなったので、国境を越えて通勤する人も多いらしい。現地通貨の強弱関係もあり、デンマークの方が給与水準が高く、スウェーデンの方が物価が安いのだ。

海をはさんで隣同士にありながら、スウェーデンがデンマークと大きく違うのは移民政策だ。デンマークが2001年の政権交代後、ヨーロッパの中でもとりわけ厳しい移民政策を取るようになったのに比べ、スウェーデンは非常に寛大で開放的な政策を掲げている。そのせいか、マルメもとても移民が多くて、今日はそうした移民向けのエスニックなレストランや食品店が密集しているエリアでS子夫妻とランチに「ファラフェル」(中東が起源の豆のコロッケ)を食べるという趣向。エスニックな食品を食べたりエキゾチックな商店を見て回るのが好きな私にはとても嬉しい。
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↑これがS子おすすめのファラフェルのお店で食べた、ファラフェルとケバブの盛り合わせ(50スウェーデン・クローナ)。揚げたてのファラフェルとスパイシーなケバブがとても美味しかった。おまけにスープと飲み放題の紅茶が無料サービスされる。50クローナは、デンマークの通貨に換算すると約38クローネとなるが、デンマークでこれだけのものを注文すると2~3割は高くなると思う。物価の格差を実感。

ランチの後はエスニック地帯の商店をちょっと冷やかしてから、日曜日もオープンしているドイツ系安売りスーパー「Lidl」に立ち寄る。ここで「シャワージェル1リットル入り」とか「ひげそりクリーム」とか、生活感あふれるものをいくつか購入。なんといってもデンマークで買うよりだいぶ安いのだ。スウェーデンまで来て安売りの生活雑貨を買い込むとは、かなり情けない旅ではある。

その後、これまたS子おすすめのイタリアン・ジェラートの店で繊細な味のアイスクリームを堪能する。「ドルチェ・シシリア」という名前のお店で、イタリアンな顔立ちのお兄さんが盛ってくれたジェラートはイタリアの美味しめの店(本場イタリアでも、大量生産風の普通のアイスに遭遇してしまったりするのだ)で食べたものに匹敵する味で感激。この店があるのはリッチ層向けの高層マンションが建つベイエリアだが、そのマンションというのが、ねじれたタワーの形をしていて、造形的には面白いかもしれないが、私は美しいと感じなかった。だが幾何学が専門の相棒は、異様に興奮して写真を撮っていた。あの「ねじれ」に、心の琴線に触れるものがあったのだろうか(笑)。
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マンションの先はもう海で、対岸のデンマークが見える。海と空の狭間に見える構造物が、エーレスンド橋。
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オーフスに帰る時間が迫っているので長居はできなかったが、久し振りにS子夫妻に会え、スウェーデンの土も踏み、充実の訪問だった。
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by bonnjour | 2008-10-12 07:54 | 旅する
コペンハーゲンでヘンデルのPartenopeを見る
オーフスから3時間半かけてコペンハーゲンまで、ヘンデルのオペラ「Partenope(パルテノーペ)」を見るためにやってきた。コペンハーゲンには数年前にできた新しいオペラハウスがあるが、今回の公演は古いほうの劇場で上演されている。
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中に入るとクラシカルかつ豪華な内装で、さすが首都にあるメインの劇場という感じがするが、観客の服装が思いのほかカジュアルなのは、何事も気取らない北欧という土地柄かもしれない。有人のクロークがなくて、回廊の隅のコート掛けにセルフサービスでコートを掛ける形式なのは、気取らないというか、平和というか(紛失事件などないのだろうか)、余計なチップがかからなくてよいというか、新鮮な驚きだ。
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オペラのストーリーは10月8日のエントリーにある通りだが、今日はなんと「男装の麗人」Rosmira役のメゾソプラノ、Tuva Semmingsenが急病ということで(先週風邪をひいていたアンドレアス・ショルの恋人役で、なにかと接近するシーンが多いので、彼から風邪を移されたのでは?)、彼女は演技だけして、歌唱は代役がオーケストラピットでこなすという変則的な扱い。実力のある歌手と聞いて実演を聞くのを楽しみにしていたので、ちょっと残念。でも今日の公演は地元のラジオ局で生放送されたので、代役のメゾソプラノ、Trine Bastrup Mollerは、ひときわやりがいがあったに違いない。堂々とした歌唱で健闘していた。

【配役】
Partenope: Inger Dam-Jensen(ソプラノ)
Arsace: Andreas Scholl (カウンターテナー)
Armindo: Christophe Dumaux (カウンターテナー)
Rosmira: Tuva Semmingsen (メゾソプラノ、歌唱代役: Trine Bastrup Moller)
Emilio: Bo Kristian Jensen (テノール)
Ormonte: Palle Knudsen(バリトン)

【演奏】
Lars Ulrik Mortensen 指揮 Concerto Copenhagen

YouTubeに、地元のTV局、DR2で放映された公演の様子がアップされている。これは私たちが見た公演より前に収録されたもので、Tuva Semmingsenもちゃんと歌っている。ご覧の通り、スタイリッシュな舞台美術で歌手たちも歌はもちろんのこと、演技が達者なので、視覚的にも大変に楽しめる。


プレイボーイでちょっとなさけないアルサーチェを歌ったショルは、安定感ある歌唱とステージ上での抜群の存在感でさすが、カウンターテナー界の第一人者という印象を与えたが、先週の風邪ひきから完全に回復していないのか、全体的にsotto voceっぽい感じがした。でも、彼が出てくるととたんにステージが華やぐのはさすが。一時より痩せて精悍になってとにかく「カッコイイ」。第3幕のアリア「Ch'io Parta」は聞き惚れました。

内気で誠実なアルミンド役のカウンターテナー、フランスの若手クリストフ・デュモー(下記のYouTubeでちょっとだけ歌が聴ける)は温かみのあるまろやかな声で、技術もしっかりしている。大御所ショルと互角に渡り合っていたと思う。コミカルな演技も上手で「体操のお兄さん?」と思わせるほど身のこなしが軽い。まだギリギリ20代の歌手だが、将来がとても楽しみ。


タイトルロールのパルテノーペを歌ったソプラノのインガ・ダム=イェンセンも、よく通る美声で情けない男どもを仕切る女王様を貫禄たっぷりに歌った。往年のハリウッド女優みたいな金髪の肉感的美人で視覚的にもこの手の役がよく似合う人。

Lars Ulrik Mortensenが指揮したConcerto Copenhagenのバロック演奏も素晴らしかった。次は彼らの演奏する器楽曲を聴いてみたいものだ。

休憩時間を入れて3時間40分の長丁場だったけど、時間があっという間に過ぎた。同行した相棒の感想は「どうして男があんなに高い声を出すの?(カウンターテナーを実演で聴いたのは初めて)。敵役やった人(テノールのBo Kristian Jensen)の声のほうが自然で好き」という、素朴なものだったけど(トホホ)。
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by bonnjour | 2008-10-11 07:42 | 聴く&観る
ヘンデルのPartenopeの予習でも
今週末に、コペンハーゲンの王立歌劇場で上演中のヘンデルのオペラ「パルテノーペ(Partenope)」を見にいくことにした。フランシスコ・ネグリンの演出による新プロダクションで、カウンターテナー(CT)によって歌われる2つの役は、おなじみのアンドレアス・ショルと、フランスの若手クリストフ・デュモーがゲスト出演するという、CT好きの私の食指をそそるキャスティングだ。先週の土曜日(10/4)に初日を迎えたが、肝心のショルがなんと風邪をひいて声の調子がいまいちだったそうで、早く回復していつもの美声を聞かせてほしいものだ。舞台写真が王立歌劇場のWebサイトで公開されているが、この頃恰幅がよすぎる感のあったショルが痩せて顔の輪郭がシャープになっている(下の写真)のにビックリ。でも、急激なダイエットで抵抗力がなくなって風邪をひいたのだろうかと余計な心配をしてしまった。
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この作品、今回ショルが演じるアルサーチェのとても美しいアリア「Ch'io Parta」くらいしか聴いたことがなかったので、付け焼刃ながら先日から全曲のCD(下のジャケット写真:Christian Curnyn指揮、CTのLawrence ZazzoとStephen Wallaceを起用、演奏はEarly Opera Company )を聴いたり、あらすじを読んだりしている。
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ストーリーはナポリの初代女王、パルテノーペ(ソプラノ)をめぐる恋と戦いの大騒動だ。パルテノーペの婚約者のアルサーチェ(カウンターテナー)、密かにパルテノーペを愛するアルミンド(カウンターテナー)、パルテノーペに求婚したものの拒否されると態度を豹変させて戦いを仕掛けてくるエミーリオ(テノール)という3人の男に、かつてアルサーチェに捨てられた女、ロズミーラ(メゾソプラノ)が、身分と性を偽り、エウリメーネという王子としてからんでくる。最後はお約束通り、女王様パルテノーペと誠実なアルミンド、プレイボーイのアルサーチェと男装がばれて女性に戻ったロズミーラの2組のカップルが誕生するというもの。今回の上演は休憩時間を入れて3時間40分と予告されているので、楽しみでもあり、体力が要りそうな気もする。一緒に行く相棒が居眠りしないかが、最大の懸念。

我々が見る10月11日(土)の上演はデンマークのインターネット・ラジオで生中継される。また、このオペラのライブDVDの発売も決まっている。

下のYouTubeは、この上なく美しいアルサーチェのアリア「Ch'io Parta」(このクリップで歌っているのは、今回アルサーチェを演じるアンドレアス・ショルではなく、フィリップ・ジャルスキー)。プレイボーイのアルサーチェが、一度は捨てたロズミーラへの真実の愛に目覚め、「私の前から消えて頂戴」と言うロズミーラに向かって「僕は去らなければならないのか?残酷な乙女よ」と歌うもの(浮気しておいて自分勝手な奴だ、とツッコミを入れたくなる)。でも、こんなふうに切々と歌われたら、自分を捨てた憎い相手ではあるけれど、思わず心が動いてしまうかもしれない(そしてオペラではその通り、二人は元のさやにおさまる)。クリアで繊細なジャルスキーの声に対し、ショルの温かみのあるアルト声は全く異質だけど、どちらも好きだ。ショルがこのアリアをどう歌うか、楽しみ。

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by bonnjour | 2008-10-08 07:32 | 聴く&観る