B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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グレン・グールドとラッセル・オバーリンのバッハ カンタータ54番
日本に帰ったついでに、実家に置きっぱなしのCDをいくつかパソコンに取り込んで持ち帰った。その一つがグレン・グールドの50年代~60年代のバッハの録音で、「フランス風序曲BWV 831」「クラヴィア協奏曲BWV1058」そして「カンタータ54番」が収められているもの。グールドは高校生の頃の私の一大アイドルで(なにせ、自分の部屋には彼の若い頃の写真が使われたレコード・ジャケットを飾っていたほどだ)、乏しい小遣いの大部分は彼のレコード購入に充てられた。彼が50歳で亡くなる数年前のことである。

その後、CDがLPレコードを駆逐する時代が来て、私もグールドの同内容のディスクを順次CDで買い直したのだが、上記のCDはそんな経緯で買ったものの一つだと思う。せっかく買ったのに、その当時には現実世界の男子とデートするのに夢中で、もはやグールド熱も冷めてしまったらしく、ほとんど聴いた記憶がない。今回書棚の片隅から「発掘」して、こんなCD持っていたんだと自分でびっくりしているほどだ。

とりわけ、アメリカのカウンターテナーの草分け、ラッセル・オバーリン(Russell Oberlin)と共演したバッハのカンタータ54番「Widerstehe doch der Sünde(罪に手むかうべし)」がすごい。グールドが考案した「ハープシピアノ」(ハープシコードとピアノを掛け合わせたもの?)なる改造ピアノとモダン楽器のオーケストラをバックに、オバーリンがファルセットではない普通のテノールの超高音みたいな声で歌いまくるのである。現在主流になっているカウンターテナーとは明らかに違う歌い方だ。1928年生まれのオバーリンは今も健在だが、30代で演奏活動をやめ、以後は音楽院で後進の指導に専念しているそうだ。彼の流儀を継ぐ歌手がいるのだろうか。興味を引かれる。

実はこの二人の演奏によるカンタータ54番は映像が残っており、YouTubeにアップされている(下記)。


40数年前の演奏ということもあり、現在のアンドレアス・ショルなどの演奏と比べると、大きな違いがある。

話はそれるが、この映像が録画された当時、グールドは30歳。これが、もう、惚れ惚れするほど美男なのである。私はやっぱり才能と美貌を兼ね備えたアーチストに弱いらしい。
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by bonnjour | 2008-11-30 10:10 | 聴く&観る
28時間かけて自宅にたどり着く
楽しい時というのはあっという間に過ぎるわけで、早くもデンマークに帰る日が来る。前日の夕方6時に成田行きのリムジンバスに乗り込み、エールフランスの夜行便でまずパリに。現地時間の明け方に到着した後は3時間ほど待機して(これが結構退屈)コペンハーゲン行きの飛行機に乗り継ぐ。これで終われば楽なのだが、コペンハーゲンからはさらに列車で3時間半ほどかけて、やっと自分の住む町にたどり着く。前日、リムジンバスに乗り込んだ時から計算すると28時間かかっている。いかにも効率の悪い移動法なのだが、コペンハーゲン直行便のあるスカンジナビア航空は割高だし、今回はエールフランスのマイレージの無料券を使った(といっても燃料サーチャージと税金で5万円近く追加料金を払った)という理由がある。流行の「カーボン・フットプリント」的には、もちろんイケナイ行為だけど。

コペンハーゲンの空港駅で列車に乗り込む前に空腹を感じ、コーヒースタンドのホットドッグにちょっと心を動かされたのだが、1個約600円という値段を見て「おっと、物価高の国に戻ってきたんだ」と我に返り、我慢する。お金は有効に使わなくちゃね。それにしても、デンマークのホットドッグは日本並みに小さくて、中のソーセージも増量剤が一杯という感じなのに、値段が日本の2~3倍(日本の「アートコーヒー」や「ドトール」では200円前後だったはず)というのはどういうことだろう。ソーセージ入りパンではなく、そこに上乗せされた人件費や税金を食べているようなものだ。

さて、空腹を抱えて午後2時過ぎに自宅に到着し、冷蔵庫を開けてみると内部はほとんどカラ。相棒が食べ尽くして、何も買い足さなかったらしい。やられた!一人悲しくお土産の「柿ピー」をかじる私だった。
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↑ スーツケースに日本で買った食品や雑貨を重量制限ギリギリまで詰め込むテクをマスターした私の、今回の荷物は3部式。かつぎ屋のおばちゃんもビックリの大荷物だ。
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by bonnjour | 2008-11-26 07:08 | 旅する
カトリック神学院のオープンハウス
実家の近くにある東京カトリック神学院の文化祭(というか、オープンハウス)「ザビエル祭」に行く。ザビエルとはもちろん、初めて日本にキリスト教を伝えた聖フランシスコ・ザビエルのこと。もう20年くらい前から、毎年のように足を運んでおり、海外に出てからも一昨年と今年は一時帰国の日程が合ったので、こうしてやってきた。ふだん入ることのできない全寮制の神学校の内部が見られるというのも興味をひかれる(つまり野次馬根性)。
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ここは司教の下で活動する(特定の修道会に属さない)「教区司祭」を養成する学校で、神学生たちは敷地内の寮で共同生活を送りながら6年間の養成期間を過ごす。楽しいこと、ラクなことが多い現代にあって、終生独身を守って奉仕するカトリック聖職者のなり手が減っていることは全世界的な傾向だが、もともと男性信者の数が極端に少ない日本はそれに輪をかけて志願者が少ない(そのせいもあるのか、フィリピンなどカトリック国からの留学生もいる)。神学院の今の建物は2000年に新築されたものだが、それを機に寮の部屋数を減らしたそうだ。妻や子供に囲まれた平凡で幸せな生活を断念して、あらゆる人のために奉仕する人生を選ぶことに加え、一般の大学を卒業した後に更に6年もかけて神学、哲学や古典語(ギリシャ、ラテン)、ヘブライ語など難解な教科を学ぶのは、並大抵の決心ではないだろう。私の相棒は幼児洗礼を受けたカトリックだが、フランスでも宗教離れは著しいようで、前に「一度でも坊さんになろうと思ったことはない?」と聞いたら「まっさかー」という反応だった。

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さて、近隣の教会や福祉作業所などが出している屋台を見て回っているうちに、私の代母(ゴッドマザー)であるI夫人とバッタリ会う。長いこと近況報告もせずご無沙汰していたので、かなりバツが悪くてうろたえるが、懐かしそうに話しかけてきてくださって救われる思い。私が海外に移住したことは妹から聞いてご存じだったそうで、その私がいるのでびっくりなさったようだ。実は一昨年にこの学院祭に来た時も、かつて同じ職場で働いていたMさんと思いがけず再会した。Mさんは遠方に住んでいるので、こんな地元で会うとは思いもしなかった。何かと嬉しい驚きの起こるイベントである。
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↑ 学院の庭にいるフランシスコ・ザビエルさん。
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↑ 修道士の方が作ったビーズ細工のロザリオをバザーで買った。携帯電話に付けられるようになっている。売り子さんの話によると、手先が器用な方で、スイスイ作れてしまうらしい。こういう乙女っぽいものを修道士の人が製作している風景を思い浮かべると思わず笑いがこみ上げる。
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by bonnjour | 2008-11-22 14:30 | 暮らす
雑踏の中でフェルメール
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東京都美術館で開催されているフェルメール展に行く。フェルメールは今ほど神格化されていなかった(=十分に購入可能な価格だった)20世紀初頭にアメリカの画商が買いあさったので、現存する30数点(真作の数については諸説ある)の作品中、15点が米国にある。ヨーロッパと米国、そして個人コレクションに分散されたフェルメール作品が7点も一度に見られる大変に便利な展覧会なので、空いていそうな時間帯を選んで上野に向かったのだが、これが大変な混雑。11月11日に入場者が60万人突破しているそうだが、その勢いはとどまるところを知らないようだ。

で、行ったはよいが、朝のラッシュアワー並みの雑踏の中で絵を鑑賞するのはなんとも疲れる。いつもは「絵との対話」なんて称して、時間をかけて好きな作品を一点一点、じっくり見るのだが、とてもそんなことが許される状況ではない。それでも一通り(観覧者の頭越しに)見て、最後の部屋にたどり着いた時にはほっとしてしまった。見ることより参加することに意義のある展覧会という印象。

今回は目玉だったウィーン美術史美術館所蔵の「絵画芸術」が、長時間の輸送に耐えられる状態ではないというオーストリア教育文化省の判断で出品取り消しになった。開催直前になっての「ドタキャン」にがっかりした人は多いだろうし、何より主催者やスポンサーは苦境に立たされたのではないかと思うが、絵のためにはこれでよかったのだと思う。私はこの作品が見たい一心で会社の正月休みにウィーンに飛んだ「追っかけ」歴がある(一度ならず、二度も)。その時の感動たるや!冬の、少々薄暗い美術館の中で、来場者もまばらな中、この絵の前で好きなだけ佇み、作品が発するオーラみたいなものを全身で感じるのは快感だった。その時の美術館の空気は今でもありありと思い出す。

さて、疲れるばかりの展覧会だったが、今まで実際の作品を1点(下記参照)しか見たことのなかったカレル・ファブリティウスの作品が4点も出品されていたのはめっけものだった。ファブリティウスはレンブラントの弟子で将来を嘱望されていたが、アトリエのあるデルフトで起きた火薬庫の大爆発に巻き込まれ、30代の若さで非業の死を遂げた。爆発の際に作品も破壊されたため、現存する真筆は10数点という。

↓今回は出品されなかったが、オランダのデン・ハーグにあるマウリッツハイス美術館に所蔵されているファブリティウスの「The goldfinch(ゴシキヒワ)」。33.5 cm × 22.8 cmと小さな絵だが、実際に見た時には画家の悲劇的な最期というストーリーもあいまって、不思議に心を惹きつけられた。
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by bonnjour | 2008-11-21 13:33 | 聴く&観る
顔の筋肉が疲れたが...
いつもは自宅で内職をしている引きこもりの私だが、今まで何度かご用命いただいたクライアントからお声がかかり、商談アテンドの仕事で1日、外で過ごす。たまたま私の一時帰国のタイミングと、この仕事の日程が合ったので声をかけてもらえた。

朝9時に都心のホテルで取引先をピックアップして、車で1時間ほどのクライアントさんのオフィスに。晴天で空気が澄んでいたおかげで、車の中から富士山がきれいに見える。そこでお決まりの「あれが日本で一番高い山、マウント・フジです」という説明をするが、標高を聞かれなかったのはラッキー。富士山の標高、いつも忘れてしまうのだ。

オフィスを2か所ほど回り、ノンストップで喋りまくり、しゃぶしゃぶの接待にも同席し(役得!)、仕事が終わったのは夜の9時。久し振りに人と接する仕事をして、ちょっと顔の筋肉が疲れたが(無理に笑顔を作っていたらしい)、引きこもり在宅仕事では得られない刺激があることは確かだ。
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by bonnjour | 2008-11-20 11:09 | 暮らす
ひとりでカラオケ1時間 
夕方、所用で街に出たついでに、通りすがりのカラオケボックスにひとりで入る。午後7時以前はタイムサービスとのことで料金はひとり30分53円と格安。これに、何か飲み物をオーダーするシステムで、結局1時間の滞在で500円でお釣りがくる安さだった。

デンマークで今いるアパートは1フロアに1世帯が入居する小さなもので、お互いの生活音もよく聞こえる。楽器はおろか、大声で歌など歌えない環境だ(掃除機をかける時、大音響に便乗して歌う程度だ)。そのため、日本に行ったらカラオケボックスで思いっきり大声を出そうと思っていた。

で、ひとりで1時間歌いまくったラインナップは:

●カッチーニ:「アマリリ麗し」
●スカルラッティ:「すみれ」
●モーツアルト:フィガロの結婚「恋とはどんなものかしら」「愛の神よ照覧あれ」「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」<==バスの真似
●シューベルト:「魔王」×3回、「楽に寄す」
●ブラームス:「子守歌」
●プッチーニ:ジャンニ・スキッキ「私のお父さん」、ラ・ボエーム「私の名はミミ」「ムゼッタのワルツ」
●フランソワーズ・アルディ:「さよならを教えて」
●Nena:「99 Luftballons」

なんだか統一感がないが、いずれも「外国語曲」というカタログの後ろのほうに、「その他の言語の曲」としてまとめられていたものだ。曲の数は少ないが、カタログはイタリア古典歌曲にオペラアリア、ドイツ・リートと一応各ジャンルを網羅している。あと、ヘンデルの「ラルゴ」あたりもあるといいかな。でも普通の宴会でこうした曲を歌うなら、よっぽど上手な演出をしないと場が白けそうだ(職場のカラオケ大会で「菩提樹」なんかを熱唱する教養系オヤジって、白い眼で見られがちだし)。

イタリア語、ドイツ語、フランス語の曲をとりまぜて、発音・音程メチャクチャのひどい歌唱だったが、大声で歌ってすっきりした。先日、フィリップ・ジャルスキーのコンサートで聴いて良さを再発見した「魔王」など、3回もリピートしてしまった。

帰るまでに、もう一度来よう。
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by bonnjour | 2008-11-17 01:39 | 暮らす
intimateな空間で聴いたフィリップ・ジャルスキー 【名古屋公演】
先週土曜日の東京オペラシティに続き、昨夜は名古屋の「宗次ホール」にフィリップ・ジャルスキーのリサイタルを聴きにいった。演目は東京と同一。ふだんなら同じ演目のコンサートに2度行くことはしないのだが、会場である宗次ホールが小じんまりとして音響も良く、歌曲のリサイタルには最適の環境であることを知って、さんざん逡巡した挙句にチケットを買った。どうしても、intimateな空間で彼の歌を聴いてみたかったのだ。

結論からいうと、頑張って名古屋まで行って良かった。

まず、東京のリサイタルではかなり不調だったジャルスキー氏のコンディションだが、名古屋では完全に回復していて、いつも通りの実力が発揮された素晴らしい演奏だった。次に、会場の規模(310席)がかもし出す親密な雰囲気が歌曲を中心にした今回のプログラムに最適だった。最後に、会場の規模ともからむのだが、客席がほぼ満席となり、演奏者と聴衆の一体感が素晴らしかった(東京オペラシティの客席のガラガラぶりは悪夢だったとしかいいようがない)。

最初に歌ったヘンデルのオペラ・アリア3曲では、ピアノ伴奏というある種のハンデをものともせず、派手な装飾音に彩られたバロック歌手ジャルスキーの華やかな世界が繰り広げられた。同じリサイタルに来ていた友人のNさんが演奏後にご本人にきいたところ、ダ・カーポ・アリアでの装飾音符はいつも自分で書いているとのこと。歌手としての才能を見出される前、和声学や作曲を学ぶつもりで音楽院に入った彼らしい取り組みだ。

次のドイツ歌曲も東京のリサイタルとは打って変わったコンディションの良さで、よく伸びる高音と、充分に響く中音域を堪能できた。シューベルトの「魔王」は、「魔王に連れ去られる子供」というキャラクターこそジャルスキー本来の声が地で演じられるもので(彼はよく自分の声を「女性の声ではなく子供の声に近い」と表現している)、子供の語り部分に振り分けられた高音域は彼の魅力を最も発揮できる「聴かせどころ」だろうが、私が最も注目したのは長調に転調して歌われる魔王の甘いささやきの、ぞっとするような美しさと、その奥にひそむ冷たさだ。ドイツ語に特有の「ch(ヒ)」の発音が、フランス語風の(シ)になりがち(例:「ich(イッヒ)」が「イッシ」に聞こえる)というような、発音上の問題が気になるといえばなるのだが、それを補って余りある、心を打つ演奏だったと思う。

休憩をはさんで第二部はフランス歌曲。こちらは東京のリサイタルでもなかなか良い出来だったと思うが、この晩はそれに輪をかけた素晴らしい演奏で、やはりその人の根源的なものを形成している母語で歌われる歌曲というのは、ことさらに聴くものの心を打つものだと痛感する。とりわけ、作曲された当時はサロンで演奏されたレイナルド・アーンの甘美な作品群は、今回、往時のサロン同様にintimateな空間で聴くことができて、その味わいをフルに堪能できた。リサイタルの最後の曲目がアーンの「恍惚のとき L’heure exquise」だったのは、偶然ではなさそう。まさに、この曲の最後の1行、「C'est l'heure exquise!(なんて素敵な時なんだ!)」を地でいく夜となった。

アンコールは、この日も3曲(曲目は末尾を参照)。3曲目を歌う前にポツリと「Last one...」といって会場を笑わせてくれたのも、小規模なホールだったからこそ。

リサイタルの後は、またしてもサイン会に並ぶ。実を言うとサインはどっちでもいいのだが、感動を直接、ご本人に伝えたかった。そう意味では「サイン会」というのは、ありがたい場である。さて、殺到するファン一人一人に丁寧にサインを書き、おしゃべりまでしてくれるジャルスキー氏に「先週の東京のコンサートにも行きましたが、今日の演奏は格別に良かったですね」と感想を述べたところ、嬉しそうに「今日のほうがコンディションも良く、会場も小規模で歌いやすかったんだ。先週のリサイタルは時差ボケで大変だった」とのこと。東京では少々残念な結果となったが、ここ名古屋で少人数ながらも会場を満杯にしたファンが見守るなか、いつもの実力が発揮できて彼も嬉しかったのではないか。

なお、次回の来日予定は来年12月で、古楽アンサンブルのL'Arpeggiataと一緒のツアー(ご本人・談)だという。L'Arpeggiataとジャルスキーはしょっちゅう組んでいて、音楽という固い絆で結ばれた歌手とアンサンブルの掛け合いがワクワクさせられる。だから、とても楽しみ。来年の里帰りは12月に決行しよう!

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↑ 笑顔を絶やさずファン・サービスにつとめるジャルスキー氏。圧倒的な音楽の才能もさることながら、彼の謙虚で温かい人柄に魅せられるファンも多いことだろう。

【演奏会データ】

2008年11月12日 名古屋 宗次ホールにて

演奏: フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)
     ジェローム・デュクロ(ピアノ)

第1部                          
■G.F.ヘンデル
歌劇《エジプトのジュリオ・チェーザレ》より 
・チェーザレのアリア〈エジプトの地は今こそ Presti Omai l’egizia terra〉

歌劇《リナルド》より 
・リナルドのアリア〈愛しい許婚よ Cara sposa〉
・リナルドのアリア〈風よ、旋風よ Venti, turbini〉

■W.A.モーツァルト
・(ジェローム・デュクロによる)ピアノソナタ 第12番 K332 より 第2楽章 
・歌曲〈ラウラに寄せる夕べの思い Abendempfindung an Laura〉K523 

■F.シューベルト 
・歌曲〈シルヴィアに An Sylvia〉
・歌曲〈死と乙女 Der Tod und das Mädchen〉D531 
・歌曲〈魔王 Erlkönig〉D328 

第2部
■C.シャミナード: 歌曲〈ミニヨンヌ Mignonne〉
■J.マスネ: 歌曲〈スペインの夜 Nuit d’espagne〉
■E.ショーソン: 歌曲〈はちすずめ Le colibri〉
■C.フランク: 歌曲〈夜想曲 Nocturne〉
■C.シャミナード: 歌曲〈ソンブレロ Sombrero〉
■C.フランク: (ジェローム・デュクロによる)オルガン曲〈前奏曲 Prélude〉 ピアノ独奏用への編曲版

■R.アーン
・歌曲〈クロリスに À Chloris〉 
・歌曲〈彼女の館のとりこになったとき Quand je fus pris au pavillon〉
・歌曲〈捧げもの Offrande〉
・歌曲〈はなやかな宴 Fêtes galantes〉 
・歌曲〈恍惚のとき L’heure exquise〉

■アンコール
・ "Havanaise" by Pauline Viardot
・ "Cancion de cuna" by Xavier Montsalvatge
・ "Mandoline" by Gabriel Dupont
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by bonnjour | 2008-11-13 12:12 | 聴く&観る
フィリップ・ジャルスキー リサイタル@東京
カウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーが初来日した。昨日、東京オペラシティ コンサートホールで開かれた彼のリサイタルに行った。

会場のコンサートホールは1階席から3階席まで入れると計1632席と、かなり大きめ。彼のようなデリケートな声の歌手を聴くにはいかんせん会場が広すぎる。1階席(974席)だけの設定で、お客さんの入りは6割強~7割弱といった感じだったのでは。コンサートの採算性の問題もあるだろうが、もう少し小規模なホール(例えば408席のトッパンホールなど)でやったほうが、彼の持ち味が生かせ、なおかつ会場が満員になってよかったのではないかと思う。

「生ジャルスキー」がとうとう聴けるという日本のファン(たぶん、バロック音楽や古楽、そしてカウンターテナーの愛好者が中心)の期待が高まるなか、ジャルスキー氏とピアノのジェローム・デュクロ氏がステージに登場。プログラムの最初は、彼が名を上げたバロック作品で、ヘンデルのオペラ・アリアを3曲。本当はオーケストラをバックに歌ってほしい曲だが、今回のプログラムは「バロック&ドイツ・リート&フランス歌曲」という、サンプラー盤みたいな編成(私は「幕の内弁当」と命名)なので、仕方ない。

ついで、モーツアルトの「夕べの思い」とシューベルトの有名歌曲を3曲(「シルヴィアに」「死と乙女」「魔王」)。モーツアルトは叙情的な彼の持ち味がよく出ていたと思うが、「シルヴィアに」あたりでは、かなり喉の調子が悪そうで出しにくい音があり、もうこちらの胸がドキドキ。なんとか歌いきってほしいと祈るような気持ちになってしまった。難曲の「魔王」は、チャレンジ精神を評価。それにしても、9月にフランスの古城で彼のコンサートを聴いたときの晴れやかな美声はどこにいったのかと思うようなコンディションの悪さで、これはもう、フランスから日本への長旅がたたっているに違いない。乾燥した機内の空気に12時間もさらされるのは、一般人の私でさえ辛いのだから、とびきりデリケートな楽器を喉に抱えている歌手に悪影響が出ないはずはない。

休憩をはさんで後半は、彼が近頃力を入れているフランス歌曲を歌った。フランス語を母語とする彼にとっては、本領発揮といったところ。ここでも調子はパーフェクトではなかったが、彼が「自分の声に最も合っている」と語るレイナルド・アーンの作品など、鳥肌が立つような美しさだった。そしてアンコールに応えてフランス歌曲を3曲。アンコール1曲目には私の好きな曲、「Havanaise 」(ポーリーヌ・ヴィアルド作)が飛び出して、とても嬉しかった。

ファンへの気さくな対応で評判の良い彼だが、この日もコンサート終了後にサイン会を開き、長蛇の列の一人一人とかなり長い時間をかけて話をしてくれたうえ、殺到するツーショット写真の要請にも笑顔で応えていた。「長蛇」の中にはもちろん私も(笑)。持参したアーンの楽譜にサインをしてもらったところ、嬉しそうに「おお、君も歌手なの?」と聞かれてしまい、「いやいや、私はhorrible singerです」と赤面。この楽譜(写真下)にはピアノのデュクロ氏のサインももらったので、宝物にします。

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【演奏会データ】

2008年11月8日 東京オペラシティ コンサートホールにて

演奏: フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)
     ジェローム・デュクロ(ピアノ)

第1部                          
■G.F.ヘンデル
歌劇《エジプトのジュリオ・チェーザレ》より 
・チェーザレのアリア〈エジプトの地は今こそ Presti Omai l’egizia terra〉

歌劇《リナルド》より 
・リナルドのアリア〈愛しい許婚よ Cara sposa〉
・リナルドのアリア〈風よ、旋風よ Venti, turbini〉

■W.A.モーツァルト
・(ジェローム・デュクロによる)ピアノソナタ 第12番 K332 より 第2楽章 
・歌曲〈ラウラに寄せる夕べの思い Abendempfindung an Laura〉K523 

■F.シューベルト 
・歌曲〈シルヴィアに An Sylvia〉
・歌曲〈死と乙女 Der Tod und das Mädchen〉D531 
・歌曲〈魔王 Erlkönig〉D328 

第2部
■C.シャミナード: 歌曲〈ミニヨンヌ Mignonne〉
■J.マスネ: 歌曲〈スペインの夜 Nuit d’espagne〉
■E.ショーソン: 歌曲〈はちすずめ Le colibri〉
■C.フランク: 歌曲〈夜想曲 Nocturne〉
■C.シャミナード: 歌曲〈ソンブレロ Sombrero〉
■C.フランク: (ジェローム・デュクロによる)オルガン曲〈前奏曲 Prélude〉 ピアノ独奏用への編曲版

■R.アーン
・歌曲〈クロリスに À Chloris〉 
・歌曲〈彼女の館のとりこになったとき Quand je fus pris au pavillon〉
・歌曲〈捧げもの Offrande〉
・歌曲〈はなやかな宴 Fêtes galantes〉 
・歌曲〈恍惚のとき L’heure exquise〉 

■アンコール
・ "Havanaise" by Pauline Viardot
・ "Sur une tombe" by Guillaume Lekeu
・ "Les papillons" by Ernest Chausson
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by bonnjour | 2008-11-09 10:51 | 聴く&観る
オバマさん当選おめでとうございます
昨日は米国大統領選挙の開票速報番組を、固唾を飲んで見ていた。国際社会の中で暴走&迷走が止まらないアメリカの軌道修正ができるのは、「変革」をキーワードに大統領選に躍り出たオバマ氏しかいないと思っていたし、アメリカの同盟国日本は、良くも悪くも常に米国から大きな影響を受けているのだから、彼が次期大統領に選ばれてほっとした。

米国の影響を多分に受けている大学で学び、海外移住するまでは米国東部エスタブリッシュメントの権化みたいな企業で長らく働いてきた身には、アメリカというのは反発しながらも気になる存在で、"Odi et amo"的なセンチメントをかきたてられる。同じような感情を抱いている日本人は多いだろう。最近、どんどん「壊れて」いたアメリカが、これを機に再生してほしいと思う。

それにしてもオバマさんの演説の上手いこと。昨日シカゴで行った勝利演説はとりわけ感動的だった。それはもちろん彼自身が並外れて優秀で、コミュニケーション能力に長けた人だということもあるが、優れたスピーチライターを複数抱えていることも理由の一つだろう。スピーチライターを含む優秀なブレーンを周囲に揃え、彼らを自らの頭脳の延長のように使いながら見事に「チーム・オバマ」を統率するところに彼の成功の秘密があるような気がする(一言でいえば、優秀な人材が寄ってくる人徳やカリスマ性があるってことか)。

今回はオバマ陣営の、インターネットを使った選挙運動の巧みさも賞賛されたが、これもインターネットの特質や、ネットを使う人間の心理を知り尽くしたブレーンがいたからこそだと想像する。それに対してマケイン陣営は、選挙戦においていまひとつインターネットの活用ができなかったようで、そんなIT活用能力の違いも選挙結果に影響を及ぼしているのだろう。

最後に: 同じく昨日行われたマケインさんの敗北宣言は、潔く、かつ前向きなもので、この方をちょっと見直した。アメリカって、何よりも「前向きさ」や「フェアプレイ」が重視される国なのだな。
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by bonnjour | 2008-11-06 23:00 | 思う
相似形
ピアニストのグレン・グールド様(1932-1982)です。高校時代の私のアイドル、憧れの人でした。1960年代に「コンサートは死んだ」と宣言し、以後はコンサート活動からドロップアウトして録音室にこもった彼の生演奏を聴く機会は、もちろんありませんでした。
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カウンターテナーのフィリップ・ジャルスキー様(1978-)です。現在の私のアイドルです。今週、初来日を果たします。今、のりにのっている彼の生演奏を聴けるのはとてもラッキー。
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このお二人には、音楽家という以外に何も共通点はないのですが、写真のポーズや黒ずくめの服装(イェーイ)はなぜかソックリですね。グールド様の手に仮面がないのだけが違いか...(グールドに仮面持たせてどーすんねんっ!)。見えづらいですが、ジャルスキー様の手には「カレスティーニ~あるカストラートの物語」のジャケット写真の小道具である仮面(下の写真ご参照)が...。
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by bonnjour | 2008-11-04 23:38 | 息抜き