B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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引き続きお米の話
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海外に住む日本人が食生活で一番苦労するのは、現地で入手可能な材料を使って、いかにして美味しいご飯(ジャポニカ米)を炊くか、ということだろう。そのための色々なテクニックが言い伝えられていて、私も

●炊く前にハチミツを1さじほど混ぜる
●モチ米を1割程度混ぜる
●底の厚い鍋を使う

といった方法を試してきた。また、使うお米も、日本産は高すぎて手が出ないので(そもそも私が住んでいるような地方都市では入手できない)、イタリア産やカリフォルニア産の色々なブランドを食べ比べてきた。イタリア産の「日の出」(なぜかローマ字表記ではShinode。江戸っ子かい?)というブランドが有名だが、これは味がいまひとつ。同じくイタリア産で韓国食品店に多く出回っている「日光」というブランド(ハングルでも表示してあり、韓国系消費者をターゲットにしているようだ)や、定評のあるカリフォルニア米のほうが日本人好みの味だ。

↓ これが噂のシノデ(日の出)米。お侍さんの絵が笑える。でもチョンマゲの形や着付けがしっかりしているので、日本人画家の作品と思われる。
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試行錯誤してみた結論。お米の質や炊くための水が日本とは根本的に違うので、同じ味を期待するのはやめて、とにかく炊きたてで美味しいうちにすぐに食べること。冷えてしまったら雑炊等に使って味の劣化をごまかす。

ジャポニカ米とは別に、タイのジャスミン・ライスやインド/パキスタンでとれるバスマティ米など、香りの高いインディカ米が好きで、実は我が家ではインディカ米を食べることのほうが多い。日本のお米のような浸水時間を取らずに炊け、鍋にねばりつかないので洗うのも楽、とズボラな私には嬉しい性質のお米だ。

ジャスミン・ライスを初めて食べたのは旅行先の香港で、日本がコメの輸入自由化を行う前だった。ポップコーンのような独特の香りが気に入って、現地のスーパーでタイ産の10キロ入りを購入し、かついで帰った。香港に行って、ブランド品でなくお米を買って帰る変な奴、と周囲はあきれたが、外国産のコメの輸入ができなかった当時は、どんなにお金を積んでも手に入らない幻のお米だったので、少しずつ大事に食べた。

その後、1993年の記録的冷夏によるコメ不足で緊急輸入したタイ米が日本の消費者に不評で、タイ産の米=不味い、というイメージが広がったのはタイ米ファンとして悲しかった。あの時輸入されたのは高級品種のジャスミン・ライスではなく普通のインディカ米で、品種に合った適切な調理法(日本のお米の炊き方とは違う)も知らされなかったことが不評の原因のようだ。

ジャスミン・ライスやバスマティはカレーやピラフ、洋風の肉料理の付け合わせのほか、エスニック風味の炒め物を載せて屋台料理風にするのも美味しい。おかずが何もない時には、炊きたてのアツアツにタイの調味料「プリックナンプラー」(魚醤のナンプラーにピッキーヌという激辛の青唐辛子を刻んで入れたもの)をかけて食べるのも好きだ。これは日本の「醤油かけご飯」に相当するものだとか。

さて、日本でタイ料理の人気が高まるにつれ、ジャスミン・ライスの美味しさも知られるようになり、この頃は通販などで盛んに売られているが、昨年の汚染米不正転売事件でミニマムアクセスの外国産米の入札が停止したあおりで品薄となり、日本国内での価格が1キロ700円にまで高騰したときく。物価高のデンマークでさえその半値程度なので、申し訳ないような気持ちだ。

↓ これが激辛の青唐辛子ピッキーヌ。長さ2~3センチの小さな唐辛子だが、涙が出るほど辛い。今住んでいる所では近所のアジア食材店で新鮮なものがいつでも買えるのが嬉しい。
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by bonnjour | 2009-01-29 18:06 | 暮らす
甘いご飯
日本風のご飯を炊くために、いつもはジャポニカ種(短粒米)のカリフォルニア米を買っているのだが、切らしてしまったので試しにライスプディング用の米(Grødris)を買ってみた。プディングに使われる米もジャポニカ種なのだが、用途が用途だけにパッケージには「炊きたてのご飯」でなくライスプディングの写真が使われているのが、日本人の私の食欲を減退させる(笑)。
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せっかくだから、本来の用途であるライスプディングを作ることにした。

【材料】
米   1/2カップ
水   1/2カップ
牛乳 3カップ
砂糖  大さじ2
ヴァニラ 少々(当地でよく使われる製菓用の「ヴァニラ・シュガー」を使用)
レーズン 少々

【作り方】
研いだ米とそれ以外の材料を合わせて鍋に入れ、ドロドロになるまで(40分程度)煮込むだけで出来上がり。本当は最後にラム酒など香り付けに入れるとおいしそうだが、切らしていたので割愛。

ライスプディングは温製または冷製で食べる。冷やしたほうが食べやすいと思い、冷蔵庫で半日ほど冷却する。
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中に入っているのが「ご飯」だと思わなければ、まあまあの味だ。でも、甘いもの好きの相棒が2人分を即座に平らげたのにはビックリ。

日本にも「おはぎ」というご飯(でも、これはうるち米ともち米のミックス)を使ったお菓子があるが、基本的にご飯(うるち米)を甘くして食べることはしない。西洋ではお米をデザートに使うと初めて知った時には軽いカルチャー・ショックを受けた。そういえば昔通っていた英会話学校のイギリス人の女性教師が、わざわざ手作りのライスプディングを教室に持ってきてくれたことがあった。食文化の違い、ひいては日本の「米」と英語の「rice」が連想させるものの違いを体験させる配慮だったのだと思う。
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by bonnjour | 2009-01-27 21:35 | 暮らす
空き部屋が出た!
宿舎事務室のFさんから部屋に電話。なんと、もっと安い部屋にキャンセルが出たそうで、その部屋を見にこないかというお誘いである。
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行ってみると、部屋は改装の真っ最中。この部屋は私たちが今いる建物の隣にある、築20年の建物(写真)にあるのだが、古びてきたので順次、改装しているらしい。床材も、キッチンや浴室の水周りも、家具類も、全て新しいものに取替えているところだ。

間取りは2階(キッチン、ダイニング+仕事机)と3階(寝室、浴室)のメゾネットで、日当たり、広さ、設備とも申し分ない。全てリフォーム済みの上に、部屋代は今いる場所より200ユーロ(約2万8000円)も安くなるといえば、この話に乗らない手はない。

改装工事が終わるのが月末なので、入居は2月1日とのこと。心変わりした誰かさんに感謝しつつ、2月を心待ちにする。
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by bonnjour | 2009-01-25 21:47 | 暮らす
スコットランドの泥炭の香り
1月生まれの私に相棒が誕生日プレゼントをくれた。事前に「何がいい?」ときかれたのだが、デンマークに来てから物価高と商品の選択肢の少なさに物欲が低下しまくりの私には欲しいものが何もなく、「うーん」と答えを保留していたら、私にぴったりの物を選んでくれた。

それが、これ↓
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スコットランドのアイラ島で作られているシングルモルト・ウイスキー「ラフロイグ(Laphroaig)」だ。ウイスキーの製造過程ではピート(泥炭)を燃やして原料の麦芽を乾燥させることで独特の香りを付けているが、ラフロイグはピート香がひときわ高いことで知られている。消毒薬のような、ちょっと「正露丸」を思わせる、強烈なフレイバーなので好き嫌いが分かれる。

日本にいた時、これを愛飲していた(といってもお洒落なバーではなく、近所の酒屋で買ったものを「家飲み」していたのだが)のを覚えていてくれたとは、泣かせるじゃないか。(あ、私、決してアル中ではありません)。しかし、デンマークの物価って高い。酒屋さんでそっと値段を調べたら、日本の小売値の倍の値段がついていた。

製造過程で使われる泥炭は低温地帯の沼地で植物が枯れた後、十分分解されずに堆積して形成されるものだが、ラフロイグが作られるアイラ島の泥炭は海藻が中心で、そこに含まれるヨード分が残って消毒薬のようなヨード香を発しているそうだ。そんな話をきくと、何万年も沼地に眠っていたスコットランドの海藻が目覚めて、ウイスキーの中から立ち昇ってくるような感じがする。

このウイスキーには小冊子が同封されているが、そこに打刻された固有の番号をウェブサイト経由で登録すれば「友の会」に入会できて、アイラ島の土地1平方フィートが「貸与」されるとのこと。いわゆる「町おこし」運動のようだが、ロマンをかきたてるではないか。なお、このウェブサイトは日本語を含む8カ国語に対応している。
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↑これが蒸留所。
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by bonnjour | 2009-01-24 09:36 | 暮らす
フランスの国民食
フランスの国民食ともいえる料理に「クスクス」がある。

これは、モロッコ、アルジェリア、チュニジアといった北アフリカ諸国の料理で、蒸した小麦粒に野菜や肉を煮込んだシチューをかけて食するもの。フランスはこれらの諸国を植民地支配していたので、本国にも伝わったという経緯だ。イギリスでカレーが、オランダでインドネシア料理が、そして日本で焼肉がポピュラーなのと一緒である。フランス人は、週一回はクスクスが食べたくなるそうだ。日本人が週に一回くらいはカレーが食べたくなるのと一緒かもしれない。c0163963_22165437.jpg

植民地支配はいけなかったが、おいしい料理が伝わったのだけは不幸中の幸いである。

そこで、ここドイツでもクスクスを作ってみよう!ということで、材料を買い込んだ。肉はやっぱり羊肉じゃなきゃ!ということで近所のスーパーで探したが、ドイツではあまり羊を食べないらしく(そのかわり豚肉消費量がすごい)、シチューに使えるような羊肉は置いていない。しかたなく、中心部のデパートの食品売り場に行き、冷凍の羊肉ブロックを買った。日本でも有名な「ニュージーランド・ラム」の冷凍が高値で売られていて、びっくりした。羊ならEU内に腐るほどいそうだが(特にアイルランドあたり)、なぜわざわざ遠いNZから?NZ羊肉振興協会(なんてのがあるかな)のマーケット開拓力に脱帽した。

念願のクスクスのできばえだが、シェフ(相棒)の「クスクス食いてえ」という熱意と、エスニック食品店で買い揃えたスパイスのおかげで、なかなか本格的な一皿となった。写真だが、熱々のうちに撮ったので、湯気で画面がかすんでいる。
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by bonnjour | 2009-01-22 22:15 | 暮らす
フランス語は最強?
近所のかかりつけ医に診てもらった相棒が帰宅して言うことには、患者がフランス人だとわかると、その先生はフランス語で話してくれたとのこと。実はドイツにいた時も、彼はフランス語を話すお医者さんにあちこちで遭遇したし、偶然かもしれないが過去にドイツで借りた3軒のアパートの家主さんも皆、フランス語を話した。デンマークの現在の職場の上司も、喜々としてフランス語で話してくれるそうだ(でも、その上司のフランス語はたまに訳が分からなくなるので、相棒は当惑してしまうのだとか)。

それは基本的にフランス語話者に対する好意なのだが、フランス語が話せることを誇らしく思う気持ちも、どこかに入っているようだ。ビジネスの世界ではコミュニケーションのツールとして、英語がますます幅をきかせている半面、フランス語は文化・芸術の言語として独特なステイタスをいまだに維持している。

世界中で英語が通じることを当然と思っているふしのある英米人でさえ、フランス語を前にすると「フランス語が喋れない自分って、教養がないなあ」的な肩身の狭さを感じるようなのだ。普及度はともかく、心情的にはフランス語>英語、という隠れた力関係があるのだろう。そしてドイツ語との対比でも、フランス語の優位は変わらない(ドイツ語にはフランス語から借用された単語が数多くあるが、逆のケースは大変に少ない)。イタリアあたりでも、フランス語を話せるのはインテリの証、ということでもてはやされているようだ。

フランス人、過去の遺産でずいぶん得をしている。

ただし日本では外国語イコール英語みたいな風潮があるうえに、英語>日本語という力関係が強烈すぎて(ところで日本で当然のように英語で話しかけてくるガイジンの皆さん、少しは「日本語ができなくて、すみません」という謙虚な気持ちを持ってほしいものだ)、フランス語は蚊帳の外という感じだけど。

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by bonnjour | 2009-01-22 19:51 | 暮らす
いわゆるサロンについて
前回の記事で取り上げたジャルスキーの新しいディスク、フランス近代歌曲集「Opium」に関連して、これらの曲が生まれる土壌となった、いわゆるサロンについて取り上げてみたい。

このディスクに収録されている歌曲の多くは、貴族やブルジョワ階級が自宅で開いた文化的な集まりである「サロン」のために書かれ、そこで演奏されたものだ。サロンでは主人が文学者や学者を招き、知的な会話を楽しんだり、音楽が演奏された。とりわけ、レイナルド・アーンは少年時代からサロンに出入りし、そこで歌曲の弾き歌いをして絶賛されたという。アーンの生涯にわたる友人(もしくは恋人)が3歳年上のマルセル・プルーストで、プルーストが「失われた時を求めて」でサロンのシーンを描くにあたっては、アーンから得た情報も活用しているときく。

↓ 今でいうシンガーソングライターとしてサロンの寵児だったレイナルド・アーン(1874~1947)さん
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↓ アーンさんのお友達で、不朽の名作「失われた時を求めて」を書いたマルセル・プルースト(1871~1922)さん(お友達どうし、なんだか顔も似ているのだ)
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こうした場で演奏される音楽は、邸宅内という物理的にも心理的にも親密な場を前提としたもので、決して今のようなコンサートホールで大人数の聴衆を相手に演奏するためのものではなかった。音楽と文学の結婚ともいうべき歌曲が放つ「ことば」が届く距離には、おのずと限界があるということもあるだろう。

ジャルスキーの繊細でニュアンスに富む声は、こうしたサロンでの演奏に最も適している。ベルエポックの時代にタイムスリップして、「失われた時を求めて」に描かれたようなサロンで、彼の歌う、あるいは作曲者自らが演奏する歌曲を聴いてみたかったなどと空想する。

ところで一度だけ、サロンの伝統を受けつぐ集まりに居合わせたことがある。北米の大学で比較文学を教えている年長の知人がサバティカル(研究休暇)で半年ほどローマに滞在するというので、イタリアが大好きな私は会社の休暇を取って押し掛けた。そのローマで、知人の研究者仲間の女性が自宅で定期的に開くパーティに同行させてもらったのだ。

シチリア貴族の末裔だという彼女のアパートメントは観光名所「トレヴィの泉」のすぐ近くの歴史的建造物にあった。日本と違って古ければ古いほど価値があるローマ中心部の物件は、研究者の給料ではとても購入できないようなシロモノだから、先代から相続したものなのだろう。そこに10数人のお客が集まっていた。彼女と同業の研究者や文学関係者のほか、有閑婦人という呼び名がぴったりの年配のご婦人もいた。出席者全員で大テーブルを囲んで夕食をいただいた後、ソファのあるサロンに移って、その日のイベントである詩の朗読が始まった。

詩人は30代半ばのハンサムな(<=これ、結構重要)青年で、彼が朗読する自作の詩に皆が聞き入った後、感想を述べ合うのである。イタリア語初級の私には、とてもじゃないがその詩を理解したり味わったりすることはできず、従って感想も言えないから、仕方なく日本の現代詩と伝統的な定型詩の位置付けについて、常識程度のことを(英語で)話して、お茶を濁した覚えがある。

会話を楽しむことが目的のこうした集まりで、言葉ができないのは決定的に肩身が狭い。同行した知人は旧ユーゴスラヴィアの出身だが、戦争中(といっても記憶に新しい例の内戦ではなく、ナチスに攻め込まれた第二次世界大戦)に対岸のイタリアに避難し、そこで子供時代の数年間を過ごした人だったのでイタリア語が流暢だ。そもそも30代で北米に渡るまではヨーロッパで暮らしていた人なので、この日の参加者と文化的にも共通の基盤を持っていた。時折、その知人にイタリア語を英語に訳してもらいながら、私はひたすら冷や汗をかきつづけた。

地理的にも文化的にもヨーロッパからはるかに離れた日本で平凡な会社員をやっている自分が垣間見た、文学サロンの世界。まあ、面白い体験をさせてもらったと思う。知人はその後、北米の大学を退官し、今はイタリアのトスカーナ地方で隠居している。北米で市民権まで取ったのに、終の棲家としてヨーロッパを選んだのは、血のなせるわざだろう。
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by bonnjour | 2009-01-17 10:25 | 聴く&観る
癖になるベルエポックの「阿片」
フィリップ・ジャルスキーが3月に出す、フランス近代歌曲の新しいディスク「Opium」(阿片)のメイキング・ビデオが、発売元のヴァージン・クラシックスによってYouTubeにアップされた。


冒頭で、このディスクでピアノを担当しているジェローム・デュクロが、ギョーム・ルクーの「墓地にて(Sur une tombe)」をジャルスキーのピアノに合わせて歌っているのはご愛敬。

Opium (阿片)というタイトルを付けたのは、収録した曲が、どれも夢見るような作品で、阿片が引き起こす陶酔や現実からの逃避、そして儚さを連想させるからだという。もっとも、サン・サーンスの、そのものずばりの「Tournoiement (Songe d’opium)」(渦巻き「阿片の夢想」)という作品も入っているのだが。

収録曲は、ジャルスキーがフランス歌曲(mélodie française)の作曲家の中でも最も親近感を覚えるというレイナルド・アーンの「クロリスへ」、「いみじき時」や、フォーレの「秋」といった有名曲と、夭折の天才ギョーム・ルクーが作詞作曲した「墓地にて」、女性作曲家セシル・シャミナードの「ミニヨン」「ソンブレロ」など、知られざる名曲を組み合わせている。ビデオで紹介された収録曲のさわりや、昨年の来日公演(プログラムの半分がフランス歌曲)で接した実演を思い出すと、「阿片」というタイトル通り、癖になりそうなディスクだ。彼のデリケートな美声が、母語で歌うメリットである豊かな感情表現を得て、ピアノと共に親密な世界を構築している。

19世紀末から20世紀初頭にかけてのベルエポック期に書かれたこれらの歌曲は、もちろんカウンターテナーを前提にしたものではない。また、ジャルスキーがバロック曲の歌唱で発揮する華やかな(時には曲芸的な)超絶技巧を要するようなレパートリーでもない。それは、フランス語という美しい言語*で書かれた詩が音楽に乗って、微妙な感情の襞を歌いあげるという、内向的な音楽だ。このところ大きな音楽賞を立て続けに受賞してちょっとした社会現象を巻き起こし、若手ながら勲章(フランス芸術文化勲章)までもらうことになったジャルスキーがこの時期に、そうした内面世界に足を踏み入れるのは、彼が音楽家として目指す方向性を示しているようで、大変に興味深い。

*フランス人に言わせるとフランス語は世界一美しい言語だそうだが、それぞれの言語は独自の美を湛えているのだから比較するのは無意味だと私は思う。しかし、フランス語を美しい言語たらしめているものがあるとすれば、それはフランス語を美しいと信じ、その美を守るために大きな努力を払っているフランス人の意識だろう。

このディスクでは、歌曲の演奏でずっと組んでいるジェローム・デュクロのピアノ伴奏のほか、ゲストとしてエマニュエル・パユ(フルート)、ルノー・カピュソン(ヴァイオリン)、ゴーティエ・カピュソン(チェロ)という若手音楽家たちとのセッションもある。これについてジャルスキーは上記のビデオの中で「曲に新しい光を当てるもので、自分の声が、それらの楽器にどのように反応するか、興味深かった。相手の楽器により、自分の声は異なる色彩を帯びた」と語っている。

【オピウム(阿片)~フランス歌曲集 収録曲】

・アーン:クロリスへ、献げ物、離れ家に閉じ込められた時、いみじき時、牢獄より
・ショーソン:リラの花咲くころ、魅惑、蝶々、はちすずめ
・フォーレ:月の光、秋、ネル
・シャミナード:ミニヨン、ソンブレロ
・ルクー:墓地にて
・フランク:ノクターン、リート
・マスネ:悲歌(チェロ演奏)、スペインの夜
・サン=サーンス:ポエム(ヴァイオリン演奏)、オピウム(阿片)
・デュカス:ソネット
・キャプレ:みえないフルート(+フルート演奏)
・ダンディ:海の歌

演奏:
フィリップ・ジャルスキー (カウンターテノール)
ジェローム・デュクロ (ピアノ)
ゲスト演奏家: エマニュエル・パユ(フルート)、ルノー・カピュソン(ヴァイオリン)、ゴーティエ・カピュソン(チェロ)

*余談だが、ジャケット写真でジャルスキーが着ているジャングル探検みたいなカーキのシャツは、ベルエポックの世界とミスマッチだなあ。Opium=黄金の三角地帯=極上のケシを求めてジャングル探検、という連想かとツッコミを入れたくなった。
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by bonnjour | 2009-01-15 10:41 | 聴く&観る
ロングセラーの"Wheelock's Latin"
新年を迎えるたびに「今年こそは」と思い、しかし挫折してしまう抱負の一つに「学生時代に使ったラテン語教本の『Wheelock's Latin』を、もう一度さらってみる」というのがある。Frederic M. Wheelock (1902-1987) というラテン語学者が執筆し1956年に初版が発行されたこの教本は、アメリカの高校や大学で定番のように使われている学習書のロングセラーだ。現在は第6版が出ており、私が学生時代に使った旧版より版形が大型化している。前に神田の洋書店で大型化後のバージョンを見つけ、再学習しようと買ったはいいけれど、それっきり「書棚の肥し」となっているのが情けない。
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じっさい良くできた教本で、全くの初心者でもこれ1冊でラテン語の初級文法を体系的に学べるうえ、ローマ時代の古典から直接引用、あるいは平易に書き直したラテン文の読解や、英文ラ訳の演習ができる。後半には講読用の文章が収められたセクションがある。また、新出のラテン語単語と関連のある英単語を紹介するコーナーもあり、英語ネイティブ話者ならラテン単語を記憶する際の助けになるし、英語が母語でない者にとっては英語力アップというおまけもつく。現在では公式ウェブサイトも開設しており、音声ファイルの無料提供や関連教材の紹介を行っている。

夢多き高校生だった頃、大学に行ったらぜひともラテン語を履修したいと思った。理由は二つあり、一つは森鴎外がヨーロッパ諸語に堪能だったのは、現代語の源流かつ大きな影響を与えたラテン語をきっちり学んだから、というエピソードを聞いたため。脳味噌の差を考慮せず、文豪と同じ学習法を試みようとするところが、いかにも浅はかな子供で、今となっては赤面ものだけど。

もう一つの理由は、その頃はまっていた少女漫画に出てくるドイツの「ギムナジウム」(大学進学を前提とした中等教育機関)やフランスの「リセ」(同)ではラテン語とギリシャ語が必修だと聞いたため。要するに、乙女チックな憧れである(また赤面)。ドイツ帰りの同級生が、父上の転勤で再びドイツに転出し、現地のギムナジウムに編入したという知らせも、この憧れに火をつけた。

* ここで当時の少女漫画に詳しくない方のために解説: 当時は萩尾望都の「11月のギムナジウム」「トーマの心臓」、竹宮恵子の「風と木の詩」といった、ヨーロッパの学園を舞台に多感な年頃の美少年たちが繰り広げる愛と裏切りの人間模様、という漫画が流行っていて、なぜか日本(腐)女子の間に「ギムナジウム萌え」「リセ萌え」ともいうべき、それらの教育機関に対する異様な関心、というか憧れがあった。この「萌え」はいまだ健在のようで、東京にはファンタジー上のギムナジウムを店舗コンセプトにしたカフェ(要はメイドカフェの男子版だ)があり、女性ファンで賑わっているときく。

ともあれ大学で3年生のとき、念願のラテン語を履修したが、「Wheelock's Latin」を使って1年間で初級文法一通りと講読をやるというカリキュラムのため授業のコマ数が妙に多く、その割には登録者が少なくて授業中に「当たる」回数が多いので、なんだか一年中ラテン語の予習ばかりしていた記憶がある。

講読の最後には、「O tempora, o mores!(ああ、何たる時代、何たるモラル)」というフレーズで有名なキケロの「カティリーナ弾劾演説」をやったが、これは西洋ではラテン語学習者が必ずといってよいほど暗唱させられる文章なんだそうである。しかし、この講読が始まった3学期には出席者はごく少数となり、その反面、授業のスピードはどんどん速くなり、予習が追い付かない。和訳しなくてはいけないラテン文はテンコ盛りだ。そこで私がとった対抗策とは...。この作品の英文の注釈本を探し出し、英文和訳で急場をしのいだ。キケロさんが知ったら「ああ、何たる学生、何たるモラル」と嘆いたことだろう。そんなわけで、ちっとも身についていないラテン語を、もう一度学習するのが毎年掲げては挫折する「新年の抱負」だ。
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by bonnjour | 2009-01-14 02:48 | 暮らす
フランス式体温測定法
休暇を終えてデンマークに戻ったはいいが、水曜日に猛烈なくしゃみと鼻水に襲われる。持病のアレルギー性鼻炎かと思っていたら、どうやら飛行機の中で得体の知れない病原菌?に感染したようで、次の日は高熱が出て、この高熱がもう一日続いたらインフルエンザを疑って医者に行かなければと身構える。飛行機、空港と、いかにもやばい場所を通過してきたため、「鳥インフルエンザ」という恐ーい言葉も浮かんできた。とりあえず、高熱は1日で収まったので自宅でぬくぬくと静養することにしたが、全身が倦怠感に包まれ、金曜日は一日中、寝て過ごした。こういう時にお決まりの、変な夢をわんさかとみた。今日も、まだフラフラしてるけど、こうやってブログを書く余裕も出てきた。

さて昨日、口に体温計をくわえて計測していたら、相棒が「フランスでは直腸で体温を測るの、知ってた?」という。そういう計測方法があり、腋の下や舌下より正確な温度が測れるとは聞いたことがあるが、フランスでそれが一般的だとは知らなかった。ちなみに私が口にくわえた体温計は、自分で日本から持ってきたものなので、まだフランス流の「直腸」の試練にはさらされていなかった。よって、清潔。もしも、知らずにフランスで使い古された体温計を口に含んでいたら...想像するだけで恐ろしい。

直腸で測る体温計に、下半身専用の衛生陶器「ビデ」に、座薬の愛用等々、やたらとお尻関係に熱心なフランス人は、だからお上品なアングロサクソンから変態扱いされるのだな。
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by bonnjour | 2009-01-10 11:17 | 暮らす