B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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ものの数え方
仕事中、「飛行機の機体」は「1機、2機」と数えるのでよかったかな?と自信がなくなり、ネットで調べる。検索したところ、ものの数え方が検索できる、このような便利なサイトがあった。あわせて、ものを数える時に使う「個」「本」「枚」などの語は「助数詞」(numeral classifier)というのだと知った。

飛行機は「1機、2機」でOKと確認が取れたが、日本語にはあまりにも多くの助数詞があるので、面白くなって寄り道をしてしまった。

「船」の「1隻(せき)」(大型船、タンカー、艦船など)、「1艘(そう)」(小型船、はしけなど)、「1艇(てい)」(ボート、ヨットなど)は、よく混同してしまって辞書の世話になる。「いか」や「たこ」が「1杯(はい)」というのや、「たらこ」が「1腹(はら)」というのは、料理のレシピをよく見る人には馴染んだ数え方だろう。「たんす」が「1棹(さお)」とか「1本(ほん)」というのは、昔の箪笥が棹を通して運べる構造になっていたことの名残りらしいが、そんな箪笥を知らない現代人の私たちには想像を絶する数え方だ。

↓ 棹を通して運んだ昔の箪笥。
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「遺骨」を「1柱(はしら)」と数えるのは、戦没者の遺骨収集のニュースなどでよく聞く表現だが、神道の神様も「柱」で数える。死者は神になるという神道の考えに則って遺骨は「柱」なのだろうか?これに対し、事件で発見された遺骨や、考古学的な古い人骨は「体」で数えるのが慣例のようだ。祭る対象としての遺骨は「柱」、そうでない遺骨は「体」で数える、というところだろうか。

こうして寄り道をしていると、無駄な情報ばかりがインプットされ、仕事はますます遅れるのであった。ところで若い方々を中心に、年齢差を「~個上、下」と表現する用法があるが、あれはなんとかならないものか。聞くたびに、虫唾が走る。
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by bonnjour | 2009-04-26 15:30 | 暮らす
このパッケージの良さが分からぬか
ロンドンで買ってきたYorkshire Teaというブランドの紅茶のパッケージがなかなか可愛くて気に入っている。
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淡い色調の水彩画でヨークシャーの田園風景を描いている。ティーバッグ80個入りのお徳用だが、箱の上部が蓋になっていて開け閉めできる。パッケージに似たテイストの絵が使われている「カマルグの塩」(地中海に面した南仏のカマルグ湿原でとれた塩)と並べて悦に入っていたのだが、相棒に「このパッケージ、可愛いよね」と同意を求めたら、クフフと笑って「ぜーんぜん。ただのパッケージにしか見えないけど」と、夢のないことを言う。こういうものを「可愛い」と思ってついつい買ってしまうのは、女性だけなんだろうか。

ジャケ買い(アーティストや曲を知らない状態で、ジャケットのデザインのみに惹かれてCDやレコードを買うこと)ならぬ「パケ買い」した紅茶と塩だが、ともあれ味も良かったので成功だ。
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by bonnjour | 2009-04-21 07:49 | 息抜き
「平凡な主婦」が間男をする映画 2題
私が贔屓にしている某男性アーチスト(特に名を秘す)への一問一答というのが雑誌に載っていて*、「好きな映画は?」という問いに「クリント・イーストウッドの『マディソン郡の橋』」と答えていた。イーストウッドが製作・監督・主演し、相手役には演技派のメリル・ストリープを得て1995年の公開時には観客の紅涙を大いに絞ったヒット作だが、公開後少し経ってからビデオで見たときに、なんだか無性に腹の立つ作品だったので、これを「好きな映画」に挙げている彼に、ちょっとガッカリした。
* Thanks to Ciel-san

なんで腹が立ったのか分析してみると、主人公二人(イーストウッド演じる孤独なカメラマンと、ストリープの平凡な田舎の主婦)の身勝手さが鼻についたのだ。ストーリーは簡単にいうと「1965年、アメリカの田舎町に橋の撮影にやってきたカメラマン(ギャラの高い「ナショナル・ジオグラフィック」の専属だ、イェイ!)と、小さな農場の主婦(芸達者なストリープの演じる中年女性の現実感・存在感は、確かにすごい)が出会って恋に落ちる。狂おしいような4日間を二人だけで過ごした後、二人はそれぞれの生活に戻っていくが、4日間の美しい思い出を一生心に秘めたまま死んでいった」というもの。
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カメラマン(その名をロバート・キンケイドという)は、社会に適さず、いつも心の中に孤独を抱えたアーチスティックな人間として描かれる。一方、ストリープ演じる主婦(フランチェスカ)はイタリア出身で、戦後進駐軍としてやってきたアメリカ兵と結婚して米国に渡った「戦争花嫁」という設定だ。

この「イタリア出身の戦争花嫁」というのがこの作品のキーワードだと私は思っている。美的センスに優れたイタリア人の彼女が、戦後の混乱の中で進駐軍の野暮なアメリカ兵と知り合い結婚する。そこに、敗戦国の貧乏な生活を逃れて豊かな米国に渡るという打算はなかったのか?夫は善良な人間だが、芸術を解さないがさつなタイプで、そんな夫には特に不満もないが、ものすごく愛しているというわけでもない。それに、外国出身の彼女にとって、保守的な田舎町は孤独を感じる場所かもしれない。子供たちを育てながら、平凡な生活を淡々と送る彼女の前に現われたのが、同じような孤独を抱えた芸術家のキンケイドだったというわけ。夫なら乱暴に閉めるドアを、キンケイドがそっと閉めるデリケートさにフランチェスカがうっとりとするところなど、描写が細かいと思う。こういうタイプの人間は、ベッドの中でも同様のデリケートさを発揮する。

しかし、待て。キンケイドが素敵なのは、彼が特定の女性にコミットせず、旅から旅の生活を送る芸術家肌の人間だからだ。地に足をつけて一生懸命に働き、妻と子供を養っている農場主のフランチェスカの夫と比較するのは酷というものだ。スリリングな人生と安定した生活は両立しない。

実はこの映画で私が一番共感を感じるのは、妻に間男をされてしまったフランチェスカの夫だ。彼はしごくまっとうに、そして愚直に「良き夫、良き父」という期待される役割を果たし、自分なりのやり方で妻を大切にしてきたのに、その妻は自分のいない間に流れ者の男と不倫をして、その思い出を一生胸に秘めたまま自分との家庭生活を続けたのだ。なんたる欺瞞。なんたる裏切り。だから、この映画の身勝手さに腹が立ち、どうしても好きになれない。

さて話は変わり、「平凡な主婦が行きずりの男と束の間の情事を持つ」という同様のプロットで、私がとても好きな映画がある。それはイタリアのエットーレ・スコラが監督した「特別な一日(Una giornata particolare)」(1977年)で、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニという往年のイタリア映画ゴールデン・コンビが共演している(なんと共演9作目だとか)。



こちらのストーリーは一行に要約すると「第二次世界大戦前夜のローマ、ヒットラーがムッソリーニを訪問した『特別な一日』に、反ファシストの男と平凡な主婦が体験した一日だけの恋」となる。

ローレン演じるアントニエッタは夫と6人の子供たちとともにローマのアパートに住む、家事と子育てに追われる主婦で、ムッソリーニの信奉者である夫は無学な彼女を馬鹿にして女教師の愛人を作り、あまり家庭を顧みない。そんな父親の影響か、子供たちも母親を尊敬していないようだ。1938年のある日、ドイツで権力を握っていたヒットラーがローマにいるムッソリーニを訪問することになり、市民のほとんどは式典に参加するために広場に出かけていく。家族を送り出し、一人残って家事を片付けていたアントニエッタだが、ペットの九官鳥が逃げ出してしまい、その鳥を追って行きついたのはアパートの隣人、ガブリエレ(マストロヤンニ)の部屋だった。

知的で不思議な雰囲気を持つガブリエレに心のときめきを感じたアントニエッタ。一度はそんな自分を恥じて自室に逃げ帰った彼女だが、紆余曲折あって二人は束の間の情事を持つことになる。しかしガブリエレは反ファシスト主義のゲイで、その性的指向や主義主張が原因で仕事をクビになり、今は官憲にマークされている身。流刑になったゲイの恋人の身を案じる彼だったが、この特別な一日が終わった晩に、彼自身も追放処分となって連行されていく。事情を知らないアントニエッタは、その晩、昼間に起こった信じられないような出来事を夢見心地で反芻している。窓の外には、夜の闇にまぎれて連行されていくガブリエレの姿があった。

誰もが浮かれてヒットラーとムッソリーニの出席する式典に出かけた「特別な一日」に、あえてアパートに残っていた二人には、主流から外れた人間という共通点がある。反ファシスト主義でゲイという、二重のマイノリティであるガブリエレと、男性至上主義の身勝手な夫に軽んじられ誰からも感謝されない主婦のアントニエッタは、置かれた立場は違うといえ、世間からさげすまれた弱者同士だ。その二人が心を通わせて、ついには肉体的に結ばれるというのは説得力がある。しかし、初めて感じた女としての喜びに全身が紅潮しているアントニエッタと、ゲイでありながら女性と関係が持てる自分に驚きつつ複雑な思いのガブリエレの間には、深い断絶が存在する。このあたりが、人間の本質をつきつめようとするイタリア映画ならではの視点だと思う。また、イタリアがファシズムの狂気に巻き込まれていく前夜という歴史的な舞台設定も効果を上げている。

身も蓋もない言い方をしたら「平凡な主婦が間男をする」という共通点を持った、米国およびイタリア産の上記2つの映画だが、どうしてもエットーレ・スコラ作品のほうに軍配を上げたくなるのは、私がイタリア贔屓だからだろうか。
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by bonnjour | 2009-04-17 21:02 | 聴く&観る
Happy Easter!
Happy Easter!

↓ こんな信心深いイースター・エッグや
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↓ こんな豪華なイースター・エッグもいいけれど、
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↓ タマゴ関係では、これが一番可愛い。
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ピヨ、ピヨ、カリメロ~♪
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by bonnjour | 2009-04-12 21:48 | 息抜き
ジェズアルドの「聖土曜日のためのレスポンソリウム」
今週は聖週間にちなんだ宗教曲をあれこれと聴いてきたが、明日の復活祭を前に聖週間も大詰め。トリを飾る作曲家はこの人しかいないでしょう、ということでご登場願うのは、この方である。
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ヴェノーサ公 ドン・カルロ・ジェズアルド (1566 ? - 1613)。イタリアの名門貴族の家に生まれたお殿様だ。彼の作品に特徴的な大胆な半音階進行と不協和音は、はるか後にやってくる後期ロマン派を思わせるところがあり、彼の前にも直後にも、似た作風の作曲家は存在しなかった。音楽史上の突然変異といえるかもしれない。

そのきわめて個性的な作風もさることながら、彼を有名にしたのは「殺人者」という、スキャンダラスなもう一つの顔だ。政略結婚した妻は絶世の美女で浮気者。夫の目を盗んで他の男と情事を重ねていたのがついに露見し、ジェズアルドは浮気の現場に乗り込んで、妻と情夫を惨殺したのである。この殺人自体は、当時のイタリア貴族社会では名誉を守る行為として容認されていたというから驚く。しかし彼の場合、単独でなく助っ人を連れて乗り込んでいったこと、惨殺した二人の遺体をさらしものにしたこと、妻の生んだ子供の父親は浮気相手でないかと疑い、幼いその子まで殺してしまったこと等で、世間の非難を浴びた。とはいえ貴族の彼は罪に問われることもなく、身柄は自由なままだった。

この異常な事件によって彼は後半生を孤独と罪悪感の中で過ごすことになる。それが影を落としているせいか、彼が数多く作曲したマドリガーレでは「愛」「死」「苦痛」「恍惚」といった両極端な言葉が好んで使われ、聴く者を不安にさせるような不協和音や半音階進行が登場する。

さて、前置きはこのくらいにして肝心の「聖土曜日のためのレスポンソリウム」に移ろう。この作品は、彼の死の2年前、1611年に出版された「聖週間の聖務日課のためのレスポンソリウム集」に収められている。「羊の如く屠り場へ曳かれて」~「主は葬られ」という曲名をみればわかるように、イエスの処刑から埋葬までの受難が描かれている。宗教曲という枠組みのせいか、マドリガーレ作品でみられるような極端な感情の動きは影をひそめているものの、不協和音や半音階進行による彼の語法は健在で、それが劇的な効果をもたらしている。

私が聴いたのはGimellレーベルの、タリス・スコラーズによる演奏で、20年近く前、ジェズアルドのマドリガーレにはまっていた頃に購入したもの(下の写真)。当時はマドリガーレ作者であるジェズアルドに夢中で、宗教曲のディスクはおまけみたいな気持ちで買った。しかし今回、あらためてこの曲の本来のセッティングである聖週間に聴くと、この作品の悲劇性がいっそうの迫力で伝わってくるような気がする。

ところでこのディスクのジャケットに、もう一人の「殺人者にして芸術家」であるカラヴァッジオの作品(キリストの埋葬)が起用されているのは意図的なものだろうか?

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Carlo Gesualdo: Tenebrae Responsories for Holy Saturday
The Tallis Scholars
こちらのサイトで試聴が可能。
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by bonnjour | 2009-04-11 01:58 | 聴く&観る
聖金曜日:ゼレンカの「聖週間のための哀歌」
今日はイエス・キリストの受難と死を記念する「聖金曜日」。一年でもっとも厳かとされる日で、カトリック教徒は断食を行なう。といっても肉を食べない「小斎」と、食事量を普段より減らす「大斎」を実行するだけで、胃袋には何かしら入っているのが、日の出から日没まで水さえ飲めないイスラムのラマダンとは違うところだ。こんな日には気の利いた魚料理でも作ればいいのだが、あいにく昨日からの連休で店はすべて閉まっており、買い置きの魚介類といえば毎度おなじみの冷凍の鮭しかない。魚料理はあきらめてサラダ2種と素うどん(鰹節のダシであっさり)という質素なメニューにする。うどんのような伝統的な和食は、そのままで「小斎」になるわけで、日本の本来の食習慣って偉いなあ。

さて、今日も聖週間にちなんだ曲を聴く。ボヘミア生まれでJ.S.バッハと同時代人の作曲家、ヤン・ディスマス・ゼレンカ(Jan Dismas Zelenka、1679 - 1745)が書いた「聖週間のための6つの哀歌」から「聖金曜日第IIの哀歌」。ゼレンカは最近、再評価が著しい作曲家で「ボヘミアのバッハ」などと呼ばれたりするが(でも、こういう呼ばれ方ってお墓の中の本人にしてみたら不本意かも?)、プロテスタント信仰に基づいた作品を残したバッハと違い、ドレスデンのカトリック教会付きの作曲家として仕事をした人だ。音源は昨年の8月21日、フランスのSablé-sur-Sartheで開かれたバロック音楽祭での、ゼレンカ作品を集めた演奏会(マレク・シュトリンツル指揮ムジカ・フロレア&フィリップ・ジャルスキー独唱)より。YouTubeに同じ音源を使ったクリップがあった(下記)。



この曲は昨日聴いたルソン・ド・テネブルと同様、聖週間に使われた実用音楽で、エレミヤの哀歌を歌詞に用いている。ヘブライ語の哀歌の原典では各節がアルファベット順に始まる「ABCの歌」的な作りになっていたが、ラテン語に訳されたときもその名残りで、節の冒頭のヘブライ語アルファベットがそのまま残された。この作品でも、各節の冒頭でAleph(アレフ)、Beth(ベートゥ)、Ghimel(ギメル)等と、ヘブライ語アルファベットがメリスマ型に長く引き伸ばされて歌われるのが独特の効果を出している。

厳かな聖週間に歌われる、痛切な内容の曲ではあるが、妙な明るさ(そもそもヘ長調だし)に満ち満ちているのは、2日後に迎える復活祭を見据えているからだろうか。

【聖金曜日第IIの哀歌 ヘ長調 ZWV 53-6 歌詞】

(ALEPH)
Quomodo obscuratum est aurum,
mutatus est color optimus!
dispersi sunt lapides sanctuarii
in capite omnium platearum!
(なにゆえ、黄金は光を失い
純金はさげすまれているのか。
聖所の石が打ち捨てられているのか。
どの街角にも)

(BETH)
Filii Sion incliti et amicti auro primo:
quomodo reputati sunt in vasa testea,
opus manuum figuli!
(貴いシオンの子ら、金にも比べられた人々が
なにゆえ、土の器とみなされるのか。
陶工の手になるものとみなされるのか)

(GHIMEL)
Sed et lamiae nudaverunt mammam,
lactaverunt catulos suos:
filia populi mei crudelis
quasi strutio in deserto.
(乳を与えて子を養うのは
山犬ですらすること
だのにわが民の娘は残酷になり
荒れ野の喚鳥のようにふるまう)

(DELETH)
Adhaesit lingua lactantis
ad palatum eius in siti;
parvuli petierunt panem,
et non erat qui frangeret eis.
(乳飲み子の舌は渇いて上顎に付き
幼子はパンを求めるが、
分け与える者もいない)

(HE)
Qui vescebantur voluptuose,
interierunt in viis;
qui nutriebantur in croceis
amplexati sunt stercora.
(美食に馴れた者も
街にあえぎ
紫の衣に包まれて育った者も
塵にまみれている)

(VAU)
Et maior effecta est iniquitas filiae populi
mei peccato Sodomorum,
quae subversa est in momento,
et non ceperunt in ea manus.
(わたしの民の娘は重い罪を犯したのだ。
あの罪深いソドムよりも。
ゆえにその町は一瞬にして滅んだのだ。
人の手によらずに)

Ierusalem, Ierusalem,
convetere ad Dominum, Deum toom.
(エルサレムよ、エルサレムよ。
主の道に立ち返れ)
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by bonnjour | 2009-04-10 11:59 | 聴く&観る
洗足木曜日:ド・ラランドとクープランの「ルソン・ド・テネブル」
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今日の「洗足木曜日」からデンマークは復活祭の連休に入った。なぜ「足を洗う木曜日」かというと、今日はイエス・キリストと使徒たちによる「最後の晩餐」を記念する日で、福音書によれば、その席でイエスが最高の謙遜を表す行為として、弟子たちの足を洗ったというエピソードがあるからだ。

宗教がらみの祝日でも、国によってその日が国民の休日になったり、ならなかったりと違いがあって興味深い。前に住んでいたドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州では、明日の「聖金曜日」と、復活祭翌日の月曜日は休日だったが、洗足木曜日は平日だった。相棒の出身地フランスでは復活祭後の月曜日だけが休日だ。

というわけで、現在住んでいる場所はデンマークでも、諸事情からフランスの暦に従って生活している感のある相棒は、いつも通り仕事に出かけ、といっても勤務先のカフェテリアは連休で閉まっているため、昼食用にリンゴとバナナを持参し(もっかダイエット中)、取引先が日本にあるため日本の暦に従って生活している私も通常営業、といういつも通りの生活。

今日のBGMは聖週間にちなんで、ミシェル=リシャール・ド・ラランド(Michel-Richard de Lalande)の「聖週間のためのルソン・ド・テネブル」をナクソス・ミュージック・ライブラリーで聴く。
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ド・ラランド(1657- 1726)はルイ14世に仕えたフランス・バロックの作曲家。リュリやフランソワ・クープランなんかと同時代人だ。

「ルソン・ド・テネブル」(=暗闇の続誦)は、復活祭前の洗足木曜日~聖土曜日の3日間の聖務日課(1日に8回行われる勤行)のうち、最も早い「朝課」で歌われた声楽曲で、旧約聖書の「エレミヤの哀歌」をベースにしている。現実には、夜明け前に行われるのが建前の「朝課」は、前日の晩のうちに翌日分を唱えるという運用に変化していったため、ド・ラランドのルソン・ド・テネブルのタイトルも水曜日で始まり金曜日で終わるという、1日ずつのズレが生じている。

悔い改めがテーマである荘厳な「エレミヤの哀歌」に乗せた曲とはいえ、太陽王が君臨した時代の好みもあったのか、ド・ラランドやクープランが残したルソン・ド・テネブルは、この上なく優雅で軽快だ。この軽さは、重厚で重苦しい宗教音楽が苦手な人にも受け入れられるのではないだろうか。

こちらはクープランのルソン・ド・テネブル*。現存するのは「聖水曜日のための~」だけで、木曜日と金曜日の分は楽譜が出版されず、自筆譜も残っていないという。このディスクではジェラール・レーヌが包み込むような柔らかい声で歌っていて心が癒される。聖週間だけでなく一年中聴いていたくなる。
* Thanks to R-sama.

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François Couperin: Office des Ténèbres du Mercredi Saint
Ensemble Il Seminario musicale
Gérard Lesne (dir & CT)
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by bonnjour | 2009-04-09 08:59 | 暮らす
聖週間の初日に聴くマタイ受難曲
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今日はカトリックの暦で「枝の主日」。イエス・キリストがエルサレムに入城した際、群衆がナツメヤシの枝を手に熱狂的に歓迎したという故事から、祝別された緑の枝(地方によって異なる植物を使う。南方ではナツメヤシやシュロ、北方ではネコヤナギなど)を教会でいただき、1年間自宅に安置するという風習がある。今日から復活祭(今年は4/12)までの1週間は「聖週間」(カトリック)、あるいは「受難週」(プロテスタント)と呼ばれ、イエスのエルサレム入城から逮捕、十字架上の死まで、そして復活をしのぶ特別な期間となる。

デンマークはプロテスタントの福音ルーテル派が国教だが、オーフス中央駅の真ん前にはカトリック教会がある。ポーランド系や南米系、ベトナム系などの住民が主な信者のようで、デンマーク語のほか、そうした言語のミサが恒常的に立てられている(逆にいえば地元の移民コミュニティの核としての役割を果たしている)。とはいえ、需要の少ない英語や仏語のミサはない。そんな「言語の壁」もあって、「教会に枝、もらいに行く?」(<=「もらいに行く」という表現が、すでに不敬)、「うーん、かったるーい」(<=ますます不敬)、「じゃあ、パスしようかねェ」、という恐ろしく罰あたりな会話の挙句、夫婦揃ってパスしてしまった。

かわりにといってはなんだが、バッハの「マタイ受難曲」を聴いて、自分なりにイエス・キリストの受難をしのぶことにする(かなり強引)。フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮でソリストにイアン・ボストリッジやアンドレアス・ショルなど豪華メンバーを揃えた1998年録音の盤*だ。

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J.S. Bach: Matthäus-Passion BWV 244

Evangelista - Ian Bostridge, tenor
Jesus - Franz-Josef Selig, basse
Soprano - Sibylla Rubens
Alto - Andreas Scholl
Tenor - Werner Gura
Basse - Dietrich Henschel

Collegium Vocale Gent
Philippe Herreweghe (Conductor)

Harmonia Mundi, 1998年8月録音 


米国のMinnesota Public Radioという公営放送局のサイトに全曲のテキストと英訳および解説が載っていて参考になった。私は音源を、iTunesを使ってパソコンで再生しているが、トラックごとのメタデータ(「歌詞」の項)に上記サイトからテキストをコピー&ペーストしたら、歌詞を見ながら聴けるのでかなりいい感じになった。

この曲は「バッハの最高傑作」とか「西洋音楽の金字塔」とかいわれて神聖視されている感がある。確かにバッハが音楽で綴った自身のプロテスタント信仰の証しという側面もあろうが、そんなに七面倒くさいことを考えなくても、合唱、レチタティーヴォ、アリアが織りなすオペラを思わせる劇的表現や、有名なアルトのアリア「Erbarme dich(憐れみ給え、わが神よ)」をはじめとする哀切なメロディーなど、音楽そのものにどっぷり浸かって「楽しむ」(「解釈する」のではなく)というのでもいいのではないかと思う。もちろん、キリストの受難ストーリーのあらすじを知っておく必要はあるが、それはオペラのあらすじを事前に読んでおくのと同様だ。

たとえば第2部45曲でローマ総督ピラトが群衆を前に「Welchen wollt ihr unter diesen zweien, den ich euch soll losgeben?:(イエスと盗賊バラバの)2人のうち、どちらを許してもらいたいのか?」と問い、群衆が「Barrabam!:バラバを!」と叫ぶところなど、鳥肌が立つような緊張感がある。そして、数日前にイエスを熱狂的に歓迎したはずの群衆が、ひとたび扇動されると一転してイエスを処刑しろと叫ぶ、人間の心理の恐ろしさと残虐さに身が縮み、不信心者の私でさえ殊勝にも反省モードに入ってしまう。これが、感覚に訴える音楽の効用かもしれない。

* Thanks to R-sama.
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by bonnjour | 2009-04-05 19:52 | 暮らす
4月の魚
今年のエイプリルフール(なぜかフランス語では"poisson d’avril"、つまり「4月の魚」と呼ぶ)も、ネット上では色々なジョーク企画が飛び交った。Googleは検索結果に自動的に川柳が出る「日本に適した」サービスを1日だけ公開した。人工知能「CADIE」(実際には存在しない)によるサービスという触れ込みだったが、本当にコンピューターで川柳の自動生成を行ったそうだ。

またYouTubeは、動画IDに「&flip=1」を加えると動画が逆さまに表示されるという変なサービスを提供した。ドラえもん公式サイト「ドラエもんチャンネル」がスネ夫に乗っ取られて「スネ夫チャンネル」になるという企画は、ちょっとほのぼのした。





......というわけで、当ブログの4月1日のエントリー「ある女性マドリガーレ作家の一生」だが、





......あれはエイプリルフールの捏造記事でした。実在しない人物です。

ご、ゴメンナサイ!
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ちなみにCecilija Lažljivicaという人名もでっちあげだが、音楽家の守護聖人「聖チェチーリア」のクロアチア語綴りと、「嘘つき」(女性形)に該当するクロアチア語の単語Lažljivicaを辞書で調べた。とはいえ当時(17世紀)のダルマチアではもしかして、イタリア語に近い「ダルマチア語」(現在では消滅)が話されていたのかも? うーん、時代考証は素人の手に負えない!

そして記事に添えた肖像画は、実在したイタリアの初期バロックの女性作曲家、バルバラ・ストロッツィ(Barbara Strozzi, 1619-1677)の肖像と伝えられるものだ。この方の作品は現存しているので、ぜひ聴いてみてください。お詫びに、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター様によるストロッツィの作品「L'Eraclito amoroso」の素晴らしい歌唱をご紹介する。


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by bonnjour | 2009-04-02 21:25 | 暮らす
ある女性マドリガーレ作家の一生
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17世紀初頭のダルマチア(現在のクロアチア共和国のアドリア海沿岸地域)で活躍した女性作曲家、Cecilija Lažljivica(生年不詳~1640没)をご存じだろうか。長らく忘れられた存在で、作品を演奏したディスクも皆無だが、圧倒的に男性が優位な作曲家の世界で過小評価されてきた女性作曲家たちを「再発見」ないし「再評価」する動きの中で、リバイバルしつつある一人が彼女だ。

当時、ヴェネチア共和国の支配下にあったダルマチアでは、イタリア発祥のマドリガーレが大変な人気で、Lažljivicaも少数の宗教曲を書いた他は、もっぱらイタリア語のマドリガーレを作った。世代的にはマドリガリズム(歌詞で使われる単語の意味を象徴的に音楽に反映させる、極度に人工的な作曲技法)が頂点に達した後期のマドリガーレ作家、たとえばルカ・マレンツィオやカルロ・ジェズアルドたちと、ほぼ同時代人ということになる。

そして彼女が活躍した17世紀初頭といえば、モンテヴェルディがヴェネツィアのサンマルコ寺院の楽長として大変な影響力を誇った時代。彼女の作品にもモンテヴェルディのマドリガーレの影響が指摘されるが、直接師事した記録は残っていない。そもそも、Lažljivicaがどのような音楽教育を受け、どんな経緯で作曲家になったのかは、あまりよく分かっていない。美しいソプラノの声の持ち主で、はじめ歌手としての訓練を受けたという説もある。もう一つの伝説は、彼女がさる高貴な人の庶子で、その人のバックアップで楽壇に出たというものだ。

ただひとつ確かなのは、彼女の作曲技法は洗練されており、どこからみてもプロフェッショナルの仕事をしたということ。彼女の作品に出てくる大胆な和声進行は新しい時代の到来を感じさせると高く評価されている。

大変に才能ある作曲家だった彼女だが、エキセントリックな人でもあったようで、年老いてから教会で見かけた若い司祭に恋をして、つれなく拒絶されるとアドリア海を見下ろす絶壁から身を投げてその一生を終えた。狂言自殺のつもりが、長いスカートが風にあおられた瞬間、足許が狂って転落してしまったという説もある。

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by bonnjour | 2009-04-01 07:46 | 聴く&観る