B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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頭のリハビリも必要?
連日の猛暑。といっても最高気温が27度くらいなので本当は猛暑と呼ぶべきではないのだが、建物の作りが寒冷地仕様なので、冬の乏しい光を取り入れるための大きな窓から一杯に夏の日差しが差し込むのと、夜になっても部屋の中の気温が外気温並みに下がらないのが暑いと感じる原因だ。

相棒は今日からエジンバラに1カ月の出張。手術後の療養期間と称して今まで上げ膳据え膳を満喫してきた身にはちょっと残念だが、実は驚異的な回復力で体調はほぼ元通りになっている。相棒は私の回復の様子を見ながらギリギリまでエジンバラ行きの航空券手配を保留していたので、結果的に割高になってしまったのは申し訳ない。

自分の取引先にはかねてから4週間の休業をお知らせしてあるのだが、家でのんびりと休養していると心身ともになまっていく感じで、仕事再開に向けて頭のリハビリも始めないと危なさそうだ。といいつつ、体調がいいのに気をよくして「仕事復帰前に私もちょいとエジンバラに命の洗濯♪」と昨日、往復航空券を衝動買いしてしまった。諸経費込みで往復2万円弱。来週、相棒の滞在しているアパートに数日間転がり込む予定だ。スコットランドに行くのは初めてなので楽しみ。そこで散財すれば(名物料理のハギスを食べるとか、スコッチウィスキーを極めるとか)、少しはその後の労働意欲が出るかもしれない。

↓ 我が街の、運河のほとりの洒落たカフェは夏になるとテラス席が大人気。
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by bonnjour | 2009-06-30 18:22 | 暮らす
実は王室ネタが好き
実はヨーロッパの王室ネタが好きだ。昔、ベルギーを旅行中に当時のボードワン国王が逝去し(1993年のこと)、地元のマスコミは当然ながら国王崩御の報道一色となり、その熱気につられて地元の雑誌の国王追悼号を買ったのが王室ウォッチングの始まり。日本で圧倒的に有名な英国王室は有名すぎてウォッチのし甲斐がないので、ベネルクスや北欧諸国の王室が狙い目だ(笑)。

そのひとつであるデンマークでも、ご多分にもれずゴシップ誌の表紙にはデンマーク王室のメンバーが度々登場し、その動向がこと細かに報道される。

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ということで、表紙の常連さんである王室メンバーの方々を順不同でご紹介。

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上の写真の二人は同一人物みたいに見えるが別人で、ともに外国からデンマーク王室に嫁いだ民間女性だ。右がオーストラリア出身で、シドニー・オリンピックの際にフレデリック皇太子と知り合い、妃となった旧姓メアリー・ドナルドソンさん。左がフレデリック皇太子の弟であるヨアキム王子の二度目の妃となった(昨年成婚)フランス人の旧姓マリー・カバリエさん。顔が似ているだけでなく名前まで同じなので話題になった。若くて美しい二人の妃のファッション対決が地元雑誌をたびたび彩る。ちなみに皇太子妃メアリーのお父さんはオーストラリアの大学で教鞭をとる数学者で、少し前に相棒の勤務先に客員教授として赴任していたが、我々がデンマークに来る前に離任された。宿舎が一緒だった方の話によると「娘が王室メンバーになったことなど感じさせない、気さくなオジサンという感じだった」とのこと。

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フレデリック皇太子(右)およびヨアキム王子(左)の結婚式の写真↑ も、お妃のソックリぶりがわかって面白い。フレデリック皇太子夫妻には一男一女があり、ヨアキム王子にも前回の結婚でもうけた二人の王子に加え新妻マリー妃が今年5月に男児を出産と、後継ぎに恵まれてめでたいことである。

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↑ こちらはヨアキム王子の初めの妃で、二児をもうけた後に離婚した旧姓アレクサンドラ・マンリーさん。香港の英国系コミュニティで生まれ育った人で、英中混血の父親と東欧系の母親を持つ中国系クォーターだ。1995年の成婚時にはヨーロッパ王室に入った初の東洋系女性として話題になったが、わずか1年で難解なデンマーク語を完璧にマスターし、その聡明さと美貌、公務への熱心な取り組みで国民の圧倒的な人気を得た。遊び人のヨアキム王子と2005年に離婚した後、2年後に14歳年下の王室カメラマンと再婚して世間をあっといわせたが、民間人に戻った今もその人気は衰えず、セレブとしてゴシップ誌がウォッチを続けている。ちなみに一番上の写真はゴシップ誌の表紙例だが、ヨアキム王子と婚約者(当時)のマリー・カバリエ嬢が、前妻アレクサンドラ妃が生んだ二人の王子と仲むつまじくスキーをする様子を中央に据え、左にはアレクサンドラと再婚相手のカメラマンの写真が並んでいる。

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↑ デンマークの元首であるマルグレーテ2世女王と、王配のヘンリック殿下。美人で気さくな性格といわれる女王は、まさに「国母」の風格がある。フランス貴族出身のヘンリック殿下は幼少時を仏領インドシナで過ごした元外交官で、東洋研究の拠点として名高いフランス国立東洋言語文化研究所(INALCO)でベトナム語と中国語を学んだが、いまだに仏語訛りが抜けないデンマーク語は国民の格好のジョークのネタらしい。国家元首の夫という立場は、出しゃばりすぎてはいけないし、かといって存在感がないのも困るから、身の処し方が大変だと思う。外交官というやり甲斐のある仕事を辞めて外国の王室に飛び込んだ勇気は相当なものだろう。
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by bonnjour | 2009-06-25 17:52 | 暮らす
相似形 (Jaroussky, Maja & Odalisque)
ちょっと「作り過ぎ」ではないかと一部の婦女ファンの間では評判に...。名画へのオマージュか?

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Philippe Jaroussky (1978-)
フランスのセレブ・ゴシップ雑誌Point de Vue 2007年11月14日号より。こちらで該当号バックナンバーの電子版(2ユーロ20セント、約300円)の購入が可能。

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Francisco Goya (1746–1828), The Clothed Maja, ca. 1803

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Dominique Ingres (1780–1867), Odalisque with a Slave, 1842

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Auguste Renoir (1841-1919), Odalisque, 1870
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by bonnjour | 2009-06-22 00:55 | 息抜き
デンマークで患者になる 番外編 阿片の夢想
手術翌日、かなり傷口が痛むのでモルヒネの錠剤を処方された。モルヒネは依存性が非常に強い麻薬なので、各国ともその使用には法律で厳しい制限が設けられているが、疼痛の緩和には大きな効果がある。とはいえ、こんなに簡単に投与されちゃっていいのだろうかと拍子抜けした。

モルヒネはいわずと知れた阿片に由来する物質なので、錠剤を飲んだ後はベッドにもぐり込み、持ち込んだiPodでこの曲↓を聴く。一度、やってみたかったんだよねー。



カミーユ・サン=サーンス作、Tournoiement - 'Songe d'opium' (渦巻き「阿片の夢想」)
Op.26-6 「ペルシャの歌」(1870)より

演奏: フィリップ・ジャルスキー (カウンターテナー)
     ジェローム・デュクロ (ピアノ)


ガイドラインに従って適切な量を処方してもらったおかげで、痛みが消えただけでトリップ状態にはならず、「阿片の夢想」を実体験できなかったのは残念、いえ、幸運でした。
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by bonnjour | 2009-06-17 23:04 | 暮らす
デンマークで患者になる その3 またたく間に病院滞在は終わり
またたく間に2泊3日の病院滞在が終わり、水曜日に退院となる。実は前日、看護師さんから「経過が良いので希望するなら今日退院できますけど、どうします?」ときかれ、さすがにそれは怖いので予定通りの水曜日退院を選んだ。

退院前に看護師さんから今後の生活に関する注意とフォローアップについて説明を受ける。傷口にはまだホチキス状の物体がはめられたままだが、これは1週間後に家庭医(住民登録時に特定の医師を指定して登録する)のところで抜鉤する予定。このように、デンマークでは専門的な処置を行う病院と、患者の生活に密着した家庭医の分業体制ができている。また今回の入院手術の総まとめのフィードバックも4週間後に家庭医から行われることになっている。こうして家庭医のところに患者の病歴情報が集中管理されるシステムは大変に優れていると思う。日本では複数の医療機関に記録が分散しているので、日本からヨーロッパに引っ越してくるときは今までかかった医療機関を回って過去の記録を集めるのに苦労した。

今回の入院で感じたこと。患者の質問には医師が時間をかけて丁寧に答えてくれるなど、コミュニケーションと情報公開がしっかりしている。医師・看護師をはじめとする病院スタッフがみなフレンドリーでよく気が付く(全員が上手な英語を話すのも外国人の患者にとってはありがたかった)。患者を必要以上に甘やかさず早期のリハビリを奨励している。院内の至る所に手指消毒用のアルコール・スプレーが備え付けてあり、院内感染を防いでいる(潔癖症の相棒は、これがすっかり気に入ってしまった)。

↓ ナース・ステーションの前に置かれた飲み物とスナックのワゴン。飲み物は温かいコーヒー、紅茶と水、ジュース数種類。スナックは果物と数種類のドライフルーツ&ナッツ類。入院患者はセルフサービスで好きなときに好きなものを頂ける。1日に最低でも1リットル半以上の水を飲むようにいわれたので、このワゴンをたびたび襲撃して色々と頂いてしまった。

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by bonnjour | 2009-06-17 20:39 | 暮らす
デンマークで患者になる その2 大いに食べて歩く
手術翌日の火曜日。午前中、担当医の先生が病室に様子を見にきてくださった。手術は大変にスムースにいって何も心配することはないとフィードバックを受ける。午前中に点滴の管も外されて自由になったのがうれしい。

朝食は焼き立てのパンとチーズ、ヨーグルトにココアドリンクと紅茶。毎回の食事は廊下に回ってくるワゴンで好きなものを選べる。

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手術の24時間後にはシャワーも許された。さすがに今日は髪の毛は洗わないようにと指導される。病室に付属のシャワールームには椅子が備え付けられていて、それに座ってゆるゆると湯を流す。早々にシャワーが使えると、病人気分が一掃されて助かる。

さて、昼食はこんな感じ↓。蛋白質と水分をふんだんに取るのが早期回復のコツと心得て、色々もらってしまった。担当の看護師さんからは、この旺盛な食欲を大いに褒められる。大食いを褒められた経験など、大人になってからは皆無だったので(普通そうでしょう)、調子に乗って完食する。

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回復には栄養を取ってどんどん身体を動かすことが大切なので、定期的にベッドから這い出して病室の廊下をガシガシと歩いた。傷口の痛みは、ふんだんに投与される鎮痛剤でかなりましになっている。どうやら徹底的に痛みを封じ込めて、廊下を歩くなど活動的な状態に置くことで患者のリハビリを促進しているようだ。

こちらが夕食のメニュー↓。メキシコ料理風のトルティーヤ(中には野菜のクリーム煮が入っている)、ハンバーグ、サラダにデザートはイチゴのコンポートと洋ナシ。飲み物は蛋白質補給を考えて牛乳。

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by bonnjour | 2009-06-17 18:52 | 暮らす
デンマークで患者になる その1 2泊3日のアドベンチャー開始
日本にいた頃から抱えていた持病の治療のため、地元デンマークの病院で手術を受けることになった。命にかかわるようなものではないのでずっと経過観察していたが、不快な症状が出るようになったのでここが潮時と観念した次第。生まれてから今まで入院経験は皆無なので、勝手の分かっている日本に戻って治療を受けることも考えたが、難しい手術ではないのと、福祉先進国といわれるデンマークの医療を実体験してみるのも面白いかも、という好奇心で地元での治療を決めた。

入院したのは大学病院で、デンマークではコペンハーゲンの大学病院に次ぐ規模とのこと。当地では家庭医制度が徹底していて、まずは住民登録時に指定した近所の家庭医の診察を受け、必要に応じて専門医を紹介してもらう。私の場合も家庭医の紹介で大学病院に回されたのが昨年のこと。何回か通院、検査を経て6月15日に手術を行うというアポを取った。

前の週の木曜日に担当医と麻酔科の医師、そして看護婦さんと3時間ほどの面接があり、治療の概要や手術の準備について説明を受けた。デンマークの病院では無料で医療通訳の手配もしてくれるそうだが、幸いスタッフ全員が上手な英語を話すので通訳の必要がなかったのは助かった。事前に渡された資料一式はデンマーク語だったが、辞書とネットの自動翻訳でなんとか解読。その日は家に帰り、手術当日の月曜日に病院に出向く。

麻酔をかける前に住民登録番号(この番号で健康保険を含む住民サービスの一切を管理している)と、これから受ける手術の内容を自分の言葉で説明するよう求められ面食らったが、患者の取り違え事故を防ぐための措置ときいて、納得。麻酔をかける間も、進行中の出来事について医師が英語で逐一説明してくれるのはありがたい。全身麻酔のおかげで何も感じないままに手術が終わり、近年まれにみる爽やかな目覚めを迎えた(麻酔科の先生は凄腕かも)。目が覚めるなり、一番気になっていた緊急輸血の有無をたずね、輸血不要だったことを知って一安心。2時間ほどで昼食の時間になったのでしっかりと食事を頂く。パンとチーズとイタリア風スープ。旺盛な食欲に自分でもビックリ。

こうして病院に2泊3日のアドベンチャーが始まった。ちなみに同様の手術を日本で受けた場合、平均的な入院期間は1週間~2週間らしい。医療費をすべて税金でまかない自己負担ゼロを実現しているデンマークだけに、入院期間は必要最小限にとどめ、後は自宅療養と家庭医によるフォローにまかせて徹底的な合理化を図っている。医療費の高騰が問題になっている日本でも見習うことは多いだろうが、その前に患者の意識を変える必要があるだろう。開腹手術の3日後に自宅に帰されることに不安や不満を感じる患者さんも多いだろうから。

↓ なかなか快適な病室。2人部屋で専用のバス・トイレ付き。1泊目は一人だったのでますます寛げた。
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by bonnjour | 2009-06-17 15:00 | 暮らす
真夜中のドンチャン騒ぎ
休日の前になると近隣でパーティというか、ドンチャン騒ぎがよく起こる。夜中の2時過ぎまで音楽が鳴って談笑が聞こえてくるのであきれてしまう。私は地震が起きても気がつかないほど熟睡するタイプなのでまだいいとしても、眠りが浅い人はさぞかし迷惑だろう。

昨夜は隣の建物で夜中の1時頃にパーティが最高潮に達したのか、ロック・ミュージックを流しながら歌いだす声が聞こえ、うるさいなと思ったら別のアパートからその騒音に抗議してドンドンドンと壁を叩く音が聞こえてきた。こちらはパーティの騒音と抗議の壁叩き音のダブルパンチだ。

生活音に対して非常に厳しいドイツから、何事ものんびりしたデンマークに引っ越してきて、当初はほっとしたのだが、真夜中のパーティの騒音はやりすぎだ。騒がしそうなフランスでさえ、夜10時を過ぎたら騒音は禁止という社会ルールがある。ましてやドイツで真夜中にこの音楽が鳴ったら、怒った隣人が確実に警察を呼ぶだろう。こんな夜中にあんな音出していいの?と、なんだかこちらがハラハラしてしまう。


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by bonnjour | 2009-06-14 05:49 | 暮らす
クライバーン国際ピアノコンクールの「から騒ぎ」
米国のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人の辻井伸行さん(20)が優勝、というニュースが日本のマスコミで大きく報じられている。彼が全盲であることがことのほか強調されてしまうのは、ニュース・バリューの点からは仕方ないかもしれないが、この快挙がどのニュースを見ても「涙の感動物語」風に取り上げられることに違和感を覚える。

全盲であるハンデを抱えながらピアニストになる教育を受け、国際コンクールに優勝するまでには想像を絶する努力と苦労があったに違いないが、彼がコンクールで優勝したのは障害の有無に関係なく、純粋に才能と音楽性が評価された結果のはずなのだから、報道で全盲であることばかりに注目するのは失礼だろう。

さて、今回の選考結果に関して、米国の批評家ベンジャミン・イヴリーがウォールストリート・ジャーナルに寄せた記事「What Was the Jury Thinking? 」は、日本のお祭り騒ぎに水を差すような内容だ。彼は「迷宮のような音楽コンクールの世界では、その透明性に疑問が残る事態が起こる。6月7日に発表された第13回クライバーン国際ピアノコンクールの結果が、いい例だ」と書きだす。

そして「音楽的にもっとも成熟し感性が豊かな中国出身のDi Wuが優勝を逃した一方、一筋縄ではいかない作品を弾いて深みのなさを露呈した学生レベルの演奏者ノブユキ・ツジイと、才能があることは明らかだが19歳になったばかりで音楽家としては未完成のHaochen Zhangが優勝したのは、きわめてショッキングな出来事である」と言い切る。さらに「多くの報道が、ツジイが全盲で音楽を耳で覚えたことにスポットを当てているが、純粋に音楽に関していえば」と断ったうえで「コンクールで弾いたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は惨憺たる結果だった。指揮者の合図が見えないソリストは聴衆の前で協奏曲を弾くべきではない。それが作曲家に対する尊敬というものだろう」と切って捨てる。

厳しい意見というしかないが、ファイナリストたちの現時点での完成度について率直な見解を述べたこのレビューは、健全な音楽ジャーナリズムのあり方を示していると思う。マスコミが障害のある人を取り上げるとき、決して悪いことは言わず手放しで褒めまくる、というのは「障害者は弱く、保護されるべき存在」という偏見に基づいたある種の差別だ。同じく全盲の音楽家であるヴァイオリニストの和波孝禧氏の「『全盲の』という肩書きなしでも通用する演奏をしているはずなのに、なぜ『一人の音楽家』として理解してくれないのだろう」という言葉が胸に突き刺さる。

ともあれ辻井さんが今後、本物の芸術家として活躍していくためには、このような辛口の批評を跳ね返すだけの実力と実績を示さなければならない。レパートリーの構築にしても、目が見えないハンデを強みに転じるような、彼ならではの豊かな想像力と内的世界を活かせる作品を選んでいかねばなるまい。彼を特別扱いするマスコミや儲け主義に走る音楽ビジネス関係者が、その才能をスポイルしなければよいのだが。

このコンクールの優勝者には今後3年間のコンサート・ツアー契約が与えられるというのも不安材料だ。まだ20歳の彼にとって、音楽家として成長する大事な時期にコンサート・ツアーに引き回され、勉強がおろそかになるのは、長い目でみて決して好ましいことではないだろう。

クライバーン・コンクールの優勝者で唯一大成したピアニストといえるラドゥ・ルプーは、優勝後のコンサート契約をすべてキャンセルしてさらなる研鑽を積んだそうだ。コンクールは登竜門であってゴールではない。全世界の人から喝采を浴びる舞台の魅力は抗いがたいものがあるだろうが、その誘惑を断ち切って自らの芸術をさらなる高みにもっていくことのできる者が真の勝者になるだろう。

↓ 辻井さんの演奏の動画は色々なところで取り上げられているので、あえて同じコンテストの優勝者の大先輩、ラドゥ・ルプーのモーツアルトを貼り付けておく。


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by bonnjour | 2009-06-10 01:01 | 聴く&観る
「スイスの孤独な夜鳥」からのお便り
ときどきYouTubeに好きな音楽と絵を組み合わせたスライドショーを投稿している。純粋に個人的な楽しみなのだが、コメント欄に寄せられる「同好の士」からの反応がうれしいし、たまにはパーソナル・メッセージ機能で見知らぬ人からメッセージが入ることもある。それをきっかけに趣味のメル友ができるのが楽しい。

昨日はモンテヴェルディ作品のスライドショーに対して、スイス在住のユーザーからパーソナル・メッセージが送られてきた。フランス語で、「長いこと、こんな音楽を探し求めていました。投稿してくれて、ありがとう」とある。そこまではいいのだが、文末に「スイスの孤独な夜鳥より」と、ちょっと思わせぶりな署名。面白がって相棒に見せたら、血の気の多い南国男の彼は「ネットで見知らぬ女を誘惑しようとしている不逞の輩だ!」と不快感をあらわにする。そして「返信するときは妙な期待を持たれないように、素っ気なくするんだよ」という。まったく何を心配しているんだか(笑)。もちろん私のYouTubeのプロフィールには、本人が特定されそうな情報は一切出していない。

さて、10分ほどして戻ってきた相棒がいうには「さっきのメッセージだけど、もしかしたら本当に孤独感にさいなまれている人かもしれないから、拒絶するような返信をしちゃだめだよ」。孤独なスイス人が、意地悪な返信を読んでますます落ち込むシーンを想像したそうだ。国民皆兵制で銃の所有率が高いスイスのこと、落ち込んだら簡単に自殺ができるし、と想像力がたくましすぎる。

ともあれ、「本当に孤独な夜鳥」よりは、「見知らぬ女を誘惑したい」系のほうが、ずっと気は楽なのだが、そんな気障な署名をしてしまったのも、ソプラノのヌリア・リアルとカウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーによる、世にも美しいモンテヴェルディのデュエット「Zefiro Torna(西風が戻り)」のマジックだと思いたい。


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by bonnjour | 2009-06-07 19:56 | 暮らす