B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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間違い探し? ヒンツの「珍品奇物の棚」
先週パリのジャックマール・アンドレ美術館で見たヨハン・ゲオルク・ヒンツ作、「キュリオシテ(珍品奇物)の棚」(ルーマニア、ブルケンタール国立博物館所蔵)という静物画について、メラノさん(ハンドルネーム)から興味深い情報をいただいた。兵庫県立美術館で開催中(8/26~11/3)の「だまし絵」展に、同じ画家によるそっくりの作品が出展されていたとのこと。下の写真の2番目にある、チェコのリフノフ城にあるコレクションが兵庫の展覧会に出品された作品だ。

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ヨハン・ゲオルク・ヒンツ作、キュリオシテ(珍品奇物)の棚(1666年)
シビウ(ルーマニア)、ブルケンタール国立博物館所蔵


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ヨハン・ゲオルク・ヒンツ作、キュリオシテ(珍品奇物)の棚(1666年)
リフノフ城(チェコ)、コロヴラット・コレクション


たしかに「間違い探しゲームか?」と思うほど似ている。まったく同じ構図で複数の作品が制作されたのだろう。この絵画が描かれた17世紀における騙し絵の人気と、珊瑚や真珠、貝殻といったエキゾチックで珍奇なものに対する人々の興味・関心をしのばせる。絵に描かれた珊瑚や真珠などの宝飾品類や宝石箱は「虚栄」の象徴だが、さらに目をこらせば、この棚にはミニチュアの頭蓋骨や時計といった「人生のはかなさと死」を象徴する図像も描き込まれ、全体で「Vanitas(現世の虚しさ)」の寓意画になっている。

Vanitasは16~17世紀にオランダを中心とした地域で非常に好まれた絵画のテーマだが、肉筆の絵画が購入できる豪奢な生活を送りながら、敢えて現世の虚しさを戒める絵画を飾っていた倒錯が面白い。

さらにバリエーションを、この画家が活躍したハンブルクの美術館に発見!

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ヨハン・ゲオルク・ヒンツ作、キュリオシテ(珍品奇物)の棚(1666年)
ドイツ、ハンブルク美術館所蔵


ブルケンタール国立博物館のサイトに掲載された所蔵品の解説を見てみたら、この絵のバリエーションはほかにもベルリンとポツダムに所蔵されているそうだ。
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by bonnjour | 2009-09-29 20:31 | 聴く&観る
フランス土産
今回のフランス旅行(9/17~22)で買ったお土産の全ラインナップ。といっても品数は、ごくわずか。

1.中華街で買った景徳鎮の食器あれこれ(総額約9ユーロ)。日本に入ってくる上等な品(輸出向け商品)と違い、国内消費用とおぼしき焼きムラや塗りムラのあるB級品なのが妙に新鮮(笑)。いくらB級品でも、まさか塗料や釉薬の重金属が溶けだすことはないだろうと、フランス当局による規制や検査を信じたいが(食器類の安全性に関する規制はもちろん存在するが、どこまでマジメに検査しているのかは不明)、もしかして100円ショップの陶磁器なみに危ない?
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2.同じく中華街で買った中華腸詰と、ココナツ餡のお饅頭。
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3.アラブ世界研究所のミュージアムショップで買った、手のひらに載るほどの小鉢。おつまみのオリーブやピーナツを出すときに使う予定。
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気が付いたら非フランス的なものばかり。どこがフランス土産だと独りでツッコミを入れてみる。
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by bonnjour | 2009-09-25 02:15 | 息抜き
秋の大型連休便乗の旅日記 その6:あっという間に時は過ぎ最終日
5泊6日の旅も最終日。今日は12時過ぎにパリ中心部を出て空港に向かえばよいので、ホテルの部屋でゆっくりと荷造りしてチェックアウトし、荷物をホテルに預けたまま、徒歩で行ける範囲の観光に出る。

行った先はバスティーユやリヨン駅からほど近い、アリーグル広場の市場。広場と、そこから伸びる通りに露店が出るほか、屋内の常設市場(Marché couvert Beauvau)がある。広場では食品のほか、小規模な蚤の市が開かれていて、有名なクリニャンクールに行かなくても、フランスの蚤の市の雰囲気がちょっとだけ味わえる。古びた陶器やガラス製品など、ガラクタを買いたい気持ちをじっとこらえて「見学」に徹した。
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常設市場の建物は由緒あるもので、中には高級食材を扱う店が入っている。オーベルニュ地方のチーズとか、サラミの専門店といったふうに細分化されたグルメの店は、さすが食の大国であるフランスだ。
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いくつもの露店にジロール茸(アンズタケ)が出ていて、あまりにも美味しそうなので買いたくなったが、飛行機と列車を乗り継いで自宅に持って帰るとボロボロになりそうなのであきらめた。

↓ アンズに似た香りがあるので日本ではアンズタケと呼ばれるジロール。
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市場の見学を終えてから、ホテルのすぐ近く、リヨン駅前のブラッセリーで早目の昼食をとる。フランス最後の食事なのでちょっと奮発して海の幸の盛り合わせを注文する。主要駅の駅前にある飲食店というと、一度きりの客を相手にしたやる気のない店なのではと誤解するが、この店はサービス係の感じも良いし、美味しい料理を食べさせる。
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↓ ブラッセリーの外観。
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↓ 歩道から見えるように牡蠣剥き職人のブースがあり、食欲をそそる。
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今回の旅行はこれでおしまい。しかしパリを発った飛行機がコペンハーゲンに到着してから、陸路で自宅にたどり着くまでが長いこと。パリ発が午後3時半だったのに、自宅に到着したときには夜11時を回っていた。
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by bonnjour | 2009-09-22 22:55 | 旅する
秋の大型連休便乗の旅日記 その5:パリで出会ったフランドルの巨匠たち。夜はオペラ・バスティーユに
チケットを事前に買ったコンサート以外は特にスケジュールを決めず、その日の気分で行く場所を選んだ今回の旅。本日月曜日は5区にあるモスク(Grande Mosquée de Paris)付属のハマム(蒸し風呂)に行って垢すりでもやってもらおうかと思っていたが、旅行者ゆえ入浴中の貴重品の管理など考えると面倒くさくなって行くのをやめた。

かわりに訪れたのが、前夜お会いしたAさんに勧められたジャックマール・アンドレ美術館で開催中のブリューゲル、メムリンク、ヤン・ファン・エイク等の特別展。18世紀、女帝マリア・テレジアの顧問だったザムエル・フォン・ブルケンタール男爵(1721-1803)が収集した質の高いコレクションを公開しているという。好きなフランドル絵画の名品がまとめて見られるとあって、行くことにした。

しかし美術館に到着するまでに道に迷い、かなりの時間を無駄にした。この美術館は、パリ市大改造で有名なオスマン男爵を記念したオスマン大通りにあるが、最寄りの地下鉄駅から地図を見ながらたどり着いたのは、なぜかシャンゼリゼ通り。方向音痴もここまでくると手が付けられない。気を取り直して正しい方角に向けて歩き出し、やっと到着した美術館はチケット売り場の待ち行列が歩道にまではみだしている大盛況ぶりで驚く。
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30分以上待ってやっとチケットが買え、内部に入る。入場料(10ユーロ)にはオーディオガイドが含まれている。何語がいいかと訊かれたので英語版を頼んだが、後で調べたら日本語を含む8カ国語に対応しているという。たいしたものだ。

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19世紀の裕福な銀行家エドゥアルド・アンドレと、その妻で画家のネリー・ジャックマールが収集した15世紀イタリア絵画および18世紀フランス絵画のコレクションを、彼らの住まいだった壮麗な邸宅に展示しているのがこの美術館で、建物それ自体も当時のブルジョワの生活ぶりをしのばせる、贅を尽くした空間だ。ネリーは一般家庭の生まれだが知り合いの貴族夫人に娘のように可愛がられ、上流社会に出入りするうちに肖像画の仕事で知り合った富豪のエドゥアルドといわゆる「アラフォー」で結婚、夫婦で精力的に絵画の収集を行った。夫妻の死後は、コレクションの散逸を恐れたエドゥアルドの遺志で邸宅と収集品がフランス学士院に寄贈され、今に至る。

さっそく特別展の会場に入る。展覧会のポスターにも使われているファン・エイクの「青い頭巾の男」(写真下)は、サイズは小さいながらモデルの内面を映し出すようなフランドル絵画の名品だ。この肖像画は長いことアルブレヒト・デューラーに帰せられてきて、ブルケンタールもデューラー作品と思って購入したという。
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また、ブリューゲルの「ベツレヘムの幼児虐殺」(写真下)は舞台を雪景色のフランドル地方に置き換え、大虐殺シーンが不思議に静かな雰囲気の中で繰り広げられる。見れば見るほど怖ろしい絵だ。
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静物画のセクションもあったが、一番気に入ったのはヨハン・ゲオルク・ヒンツのこの作品。キュリオシテ(珍奇な品々)を収めたキャビネットは、それが実物の棚であるかのような騙し絵になっている。
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こうした名作を収集したブルケンタール男爵は、マリア・テレジア女帝の顧問を務めた後、ハプスブルク家の支配下にあったトランシルヴァニアの知事に転じた人で、女帝の援助も受けて美術品の収集に力を入れた。そのコレクションは現在、ルーマニアのブルケンタール国立博物館に収められており、今回はそこから貸与された作品が展示されている。

特別展以外の常設展示も、優れた審美眼を持つ夫妻が集めた作品だけに大変見応えがあった。通常の美術館と違い、それらの作品を個人の邸宅の各部屋に考え抜かれた配置で展示しているのもポイントだ。↓ 美術館の公式写真より。
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時間をかけて展示を見ていたら昼食の時間帯をはるかに過ぎていた。夜はオペラ・バスティーユのチケットを購入済みなので、それまでのつなぎに食事ができる適当な店を探すことにした。界隈の散策も兼ねてサンジェルマン・デ・プレで地下鉄を降りてみたが、目につくのは有名な「ドゥ・マゴ」をはじめとする洒落たカフェばかりで、半端な時間にしっかりした食事ができそうな場所が見つからない。フォーラム・デ・アールの周辺にゴチャゴチャと飲食店が密集しているエリアがあるのを思い出し、地下鉄に乗って移動。前に来たときに飛び込みで入って気に入り、滞在中に3回も行ったレバノン料理の軽食堂を目指したが、別の店に変わっていた(ガッカリ)。かわりに北アフリカ料理のクスクスを出す軽食堂に入った。

頼んだのは「クスクス・ロワイヤル」。蒸したデュラム小麦に肉や野菜を煮込んだスープをかけて食べるクスクスは、この料理の発祥地を植民地化したフランスの家庭料理の定番だ。レストランで供される場合、具によってバリエーションがあるが、「ロワイヤル」は数種類の肉のミックスグリルを添えたもの。材料が豪華なのでレストランでは結構な値段をつけているが、この軽食堂のロワイヤルは10ユーロ50という安さなので、あまり期待せずにオーダーする。

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値段なりの味だったが、午後4時という半端な時間に温かい料理がすぐ出てくるこの種の軽食堂は、時間が限られた旅行者にはありがたい。後で相棒にクスクス・ロワイヤルを10ユーロ50で食べたと話したら、いったいどんな店に入ったのかと笑われた。食後は、店内のショーケースに魅力的なアラブ菓子が陳列されていたので、そのうちの一つを選んでミントティーとともに食べた。
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食事の後、ホテルに戻るにはまだ少し時間があるのでパリで最古といわれる常設市場の「マルシェ・デザンファン・ルージュ(Marché des Enfants Rouges)」を見学しようと思い立ち、地図を片手に徒歩で北マレ地区に向かう。今度はすんなりと現地に着いたが、月曜が定休日で閉まっていた。思い付きで行動すると、このように無駄足を踏むことになると反省。
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直訳すると「赤い子供たちの市場」というこの施設名から、てっきり共産主義に共鳴する若者たちが関わった事件か何かを記念しているのかと思ったら、16世紀、ここに孤児院があり、子供たちはキリストの慈愛を象徴する赤い服を着せられていたのでこのような名前になったそうだ。だいたい、パリ最古の市場なんだから共産主義とは時代的に合わないと、想像力の暴走を反省する。市場が閉まっていたので最寄駅のFilles du Calvaireからホテルのあるリヨン駅に戻る。それにしても「カルワリオ(=ゴルゴタの丘)の娘たち」という、駅名としては奇妙でおどろおどろしいネーミングが気になる。だが後で調べると、なんのことはない、Filles du Calvaireというベネディクト派の女子修道会から取った地名だった。

その後はホテルに戻り、大急ぎで入浴と着替えを済ませ、徒歩10分ほどのオペラ・バスティーユに向かう。豪華絢爛なオペラ・ガルニエと違い、1989年落成のモダンなオペラハウスで、観客の服装も比較的カジュアルだ。開幕前に携帯電話の電源を切るようアナウンスがあったが、仏、英、独の各国語の後に日本語が流れてきたのには驚いた。確かに在住または旅行で訪れた日本人客が多そうな場所である。
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演目の「セビリアの理髪師」は、2002年に初演されたコリーヌ・セローの演出によるプロダクションで、エキゾチックなアラブ風の舞台設定となっている。セビリアは長いことイスラム勢力下にあったので突飛な着想ではないが、舞台装置の砂漠や椰子の木、登場人物の服装などはスペイン・アンダルシア地方というよりは完全に「アラビアンナイト」風だ。後見人の医師バルトロによって家に閉じ込められているロジーナの「囚われの美女」という境遇を強調するには分かりやすい(ただし少々ステレオタイプ化された)状況設定で、パティオを取り囲むイスラム建築の優美な家屋はロジーナにとってさしずめ鳥籠だ。とはいえ、難しいことを考えずに美しい舞台装置とカラフルな衣装、そしてもちろん軽快なロッシーニの音楽を楽しむ絢爛豪華な舞台に仕上がっていた。とりわけ、最新設備のバスティーユのメリットを生かした回り舞台による舞台転換は目を見張った。


【スタッフ&配役】
Bruno Campanella: Conductor
Coline Serreau: Stage Director

Antonino Siragusa: Il Conte d’Almaviva
Alberto Rinaldi: Bartolo
Karine Deshayes: Rosina
George Petean: Figaro
Paata Burchuladze: Basilio
Aimery Lefèvre: Fiorello
Jeannette Fischer: Berta


出演者ではアルマヴィーヴァ伯爵のアントニーノ・シラグーザが、明るく輝きのある声でロッシーニ・テノールの真髄を発揮して一番の喝采を受けていた。ふだんテノールをあまり聴かない私だが、ロッシーニのテノールのアリアはある種、スポーツを見るような爽快感があると思った。ロジーナ役のカリーヌ・デエイェは丁寧な歌唱に好感を持った。ハーレムパンツに身を包んだ舞台姿もチャーミングだ。フィガロはジョルジュ・ペテアンで、響きの美しい軽快な歌唱が頭の回転の速いフィガロの人物像によく合っている。

しかし私が一番楽しみにしていたのは、ドン・バジリオを演じるグルジア人バスのパータ・ブルシュラーゼ(はい、低音フェチですから)。よく通る凄みのある低音で歌われるアリア「中傷はそよ風のように」は、異彩を放っていた。

オペラが終わったのは夜10時半過ぎ。この時間から外食すると帰りが遅くなってよろしくないので、ホテル近くのDaily Monop(大手スーパーのモノプリが始めたコンビニ的業態のスーパーだが24時間営業ではない)でお惣菜を買ってホテルで食べる。昼間に逃してしまったレバノン料理の雪辱を晴らそうと、レバノン風前菜のセットを買う。5ユーロ50。入っていたのは左側の白っぽい物体から時計回りにフムス(ひよこ豆のペースト)、ナスのペースト、オリーブ、野菜のスパイス煮。味はコンビニの持ち帰り弁当のレベルだけど、買い置きの赤ワインと一緒に食べたら結構満足した。
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by bonnjour | 2009-09-21 18:19 | 旅する
秋の大型連休便乗の旅日記 その4:アラブ文化=>中華街=>ユダヤ人地区とエスニックな日曜日
今日は日曜日。朝一番でセーヌ河沿いのサンルイ島の対岸に位置するアラブ世界研究所に見学に行く。この施設はアラブ世界との文化交流促進のために設立されたもので、アラブの音楽やダンス、映画の公開やアラビア語コース、そして図書館や博物館がある。私は博物館の常設展を見たが、地中海に面したフランスやスペイン、イタリアなどヨーロッパ各国にアラブ文化が伝わった様子が分かる、大変に興味深いものだった。中世の暗黒時代、ヨーロッパが後進地域だったころにアラブ世界では高度な文化が花開き、イスラムに征服されたイベリア半島からヨーロッパ全土に天文、医学、数学などのアラブ文化が伝わり、それがルネサンスにつながるのだから、アラブ文化とヨーロッパとの付き合いは長く、その影響は奥深い。そうした事実を再確認することのできる施設がパリのようなヨーロッパの主要都市にあるのは意義深いことだ。

この研究所のもう一つの見ものはフランスの建築家ジャン・ヌーベルによるユニークな建物(1987年竣工)で、壁面がすべてアラブ独特の幾何学模様のモチーフで覆われている。このモチーフが曲者で、カメラの絞りと同じ原理により外光の強弱で開閉し、建物内部の明るさを調節するという。素晴らしい着想だが、この絞りはよく故障するそうだ。着想を支えるメカを維持するのも大変だ。

↓ アラブ世界研究所の外観。
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↓ 壁面のモチーフを建物内部からみたところ。
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↓ これがカメラの絞りと同じ原理のメカ。
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この建物の最上階から見るセーヌ河の眺めは最高だ。しかも入場無料ときているので、隠れた観光スポットになっているようだ。
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さてアラブ文化を堪能した後は中国文化の結晶である「中華料理」に敬意を表すため(<==こじつけ)、地下鉄で数駅の場所にある中華街に行く。

パリには新旧二つの中華街があるが、私が向かったのは新しいほうで、70年代にパリにやってきた華僑系インドシナ難民が形成した街だ。そのため、純粋な中華料理でなくベトナムやカンボジア系の料理を出す店が軒を連ねている。その中から、牛肉麺の「フォー」が名物のこの↓ レストランを選び、昼の定食を注文する。
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プレフィックスの定食から、前菜は生春巻、メインはフォーを選んだ。生春巻はもっちりした皮とシャキシャキの具の対比が美味しい。名物のフォーは生肉に熱いスープをかけてレアにした薄切りの牛肉がたっぷり入っており、そこに別皿で供される生野菜をトッピングする。香りの高いミントと歯ごたえのよい生モヤシがちょっと甘めのスープとツルツルした米麺によく合う。

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デザートは冷やしたライチ。10ユーロ弱でお腹いっぱいになる充実のメニューだった。

その後は70年代にパリに流れ着いたラオス系華僑の兄弟が開業して大成功した中華スーパーマーケットの「陳氏百貨商場(Tang Frères)」に行って、デンマークでは買えない中華食材を買い込む。日曜日とあって店は大賑わいだ。また、食器売り場にラーメンとご飯にちょうどいい大小の丼があったのでそれも買う。今のアパートには丼がなくて不便だったのだ。パリくんだりまで来てラーメン丼を買うとは、我ながら情けない。
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↓ 行列のできる「Banh Mi」(ベトナム式サンドイッチ)の店。これは香ばしい焼きたてのフランスパンに、焼き豚などの肉類と、魚醤の入った甘辛いタレをからめた生野菜をはさんだもの。元フランス植民地のベトナムでは本国並みに美味しいフランスパンが焼かれているが、そうしたフランスの食文化とベトナム独特の肉料理や調味料を融合させたのがこのサンドイッチだ。実は私はこれが大好物で、昼食の後だというのに買ってしまった。1個2ユーロ30からというのは大変に良心的な値段。デンマークに同じ店が同じ値段で出ていたら(そもそも材料費だけで赤字になるが)、毎日でも通うことだろう。
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↓ 本場ベトナムではこんな風に生のコリアンダーを沢山入れているようだが、上の写真の店ではクセのあるコリアンダーはごく控えめに入っていた。
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中華街に長居をしてしまったが、次なる目的地に急ぐ。地下鉄に揺られること30分弱。パリ北東部にある複合施設ラ・ヴィレット(ミッテランの肝入りで開設)内の音楽博物館に入館したのは閉館の1時間ほど前。ここでは17世紀から現代までの楽器の歴史を、実物の展示とオーディオガイドによる解説・演奏で分かりやすく見せてくれる。ヨーロッパ音楽は時系列、世界の民俗楽器は地域別の展示となっており、ヨーロッパ音楽の展示のトップに登場するのはモンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」だ。時代が下るとリュリとラモーという自国が誇る大作曲家が登場するのもフランスらしい。大量生産される現代楽器と違い、古楽器にはさまざまな意匠がほどこされ、美術工芸品としての魅力も高いので、いつまでも眺めていたかった。時間配分を誤って1時間しか滞在できなかったのが、いかにも心残りだ。

↓ 音楽博物館の入っている「Cité de la musique」の外観。
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↓ 内部はこんな感じで(博物館のWebサイトから写真を拝借)、ヘッドフォンを付けた見学者が行きかう。
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音楽博物館が閉館したのが夕方6時。ホテルに戻って大急ぎでシャワーを浴びてから、ブログとSNSでお付き合いのあるAさんと夕食を取るため、彼女が宿泊しているマレ地区のホテルに向かう。

マレ地区はもともとブルジョワの邸宅がある地区だったが、迫害を逃れてパリにやってきた東欧系ユダヤ人が19世紀末から住み着くようになり、ユダヤ系コミュニティが形成された。キリスト教と違って日曜日が安息日でないので、マレ地区には日曜にオープンしている店が多い(同様の理由で中華街も日曜日に買い物ができる)。日曜に外食するには最適な場所だ。黒装束に帽子をかぶり、髭を伸ばした超正統派ユダヤ教徒の男性が行きかうこの地区をAさんと一緒に一回りし、「Le Coude Fou」という良さそうなワインバーを見つけたのでそこに入った。あとで調べたら、有名店のようだ。
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Aさんはアラカルトで、私は26ユーロの定食を頼む。グラス単位でオーダーできるワインの種類が多いので助かった。

前菜の鴨ロースト入りサラダ。量もたっぷりあって充実の一品。
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メインのアントルコット(牛のリブロース肉)のブルーチーズ・ソース添えは赤ワインが進む味。それにしても盛りが気前良いのにびっくり。

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デザートのフォンダン・オ・ショコラは味がリッチすぎて鼻血が出そう(笑)。

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全体的に、しっかりした味付けのビストロ風料理だった。ロマネスク美術に魅せられ、ヨーロッパの田舎町を訪ね歩いている行動派のAさんと、旅行やオペラ、美術の話をしながら頂くフランス料理は何よりの旅の思い出になった。

素敵なブログをやってらっしゃるAさんのこの日のブログ記事は、こちら
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by bonnjour | 2009-09-20 08:09 | 旅する
秋の大型連休便乗の旅日記 その3:ダフ屋が吹っかけるので「ミレイユ」は断念
ヴィシーのコンサートの翌日はパリに舞い戻り、市内をぶらぶらと観光したあと、夕方になってオペラ・ガルニエの前に行く。取れなかったチケットの敗者復活戦を狙ったのだ。演目はグノーの「ミレイユ」で、ミンコフスキーが指揮する話題の新プロダクションだ。

実はSNSとブログで交流のある札幌在住のAさんが旅行でパリに来ており、私同様、この晩のチケットが入手できなかったのだが、オペラ座の前でチケットを売ってくれそうな人を探すというので、そうした交渉をしたことのない私は便乗させてもらったのだ。

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オペラ・ガルニエの前で初対面のAさんと無事に落ち合うことはできたものの、同伴者が来られなくなった等の理由でチケットを良心的価格で譲ってくれそうな人は現れず、Aさんが見つけたダフ屋が提示した値段は21ユーロのあまり条件の良くない席を50ユーロと知り、私はあきらめた。どうしてもこの作品が見たかったAさんは暴利にびっくりしながらもダフ屋のチケットを買い、オペラ座の中に入っていった。日本からせっかくここまで来たのだから、30ユーロ余分に払っても見る価値はあるだろう。

空振りに終わったチケット敗者復活戦だが、ともあれAさんにお目にかかることができ、翌日に夕食をご一緒する約束をした。美術や音楽に造詣が深いAさんとおしゃべりできるのが楽しみだ。

本日見たもの、食べたものをとりとめもなくアップしておく。

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↑ ヴィシーで泊まった家族経営の小さなホテル。フロント業務をご夫婦だけでやっているので夜9時半を過ぎるとフロントは閉まり、宿泊者はホテル入口の暗証コードを自分で入力して扉を開けるのだが、その暗証コードは客室の鍵のホルダーに印刷されている。セキュリティ上、大丈夫なんだろうか。フランスは治安がいいのか悪いのか、たまにわからなくなる(地方によって治安状態に大きな差があるようだ。ヴィシーはどうやら平和な町である模様)。

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↑ ヴィシーにて。温泉施設のある公園には屋根付きの回廊があり、雨の日でも散歩できるようになっている。温泉水を飲んだり温泉に浸かったりする合間に「散歩」をするよう、処方箋に指定されるのだろう。

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↑ ヴィシーの町のいたるところにベル・エポックの残り香が漂っている。

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↑ ノートルダム大聖堂近くの公園にて。無料の無線LANがこのあたりを飛んでいます、という表示。フランスでは無線LANを通称Wifiと呼んでいる。

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↑ ユニクロがもうすぐパリに上陸。

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↑ オペラ・ガルニエの前で配っていた無料の音楽情報誌。ジャルスキーは新譜(JCバッハのアリア集)がもうすぐ出るので、所属レーベルはプロモーションに余念がないようだ。

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↑ ヴィシーで買った昼ご飯。メルゲーズ(モロッコ風のピリ辛い羊肉ソーセージ)のサンドイッチはフレンチフライが付いて4ユーロ。メルゲーズはフランスのお祭りの屋台で定番だそうで、相棒はたまに「あー、メルゲーズが食べたい」とつぶやく。日本のお祭りの焼きそばみたいなものか。

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↑ パリはバスチーユ広場近くの中華総菜店で夕食に食べたベトナムのビーフン料理。5ユーロ。揚げ春巻と甘辛く煮付けた豚肉がトッピングされていて、シャキシャキの生のモヤシや薬味に使われたミントとの相性が良い。フランスの中華料理は、旧植民地ベトナムの影響が強く、揚げ春巻(チャーゾー)や生春巻(ゴイクォン)が定番メニューだ。

せっかくおフランスに来たのに、旧植民地系のエスニック料理に走ってしまう私(だって早い、うまい、安いなんだもの)。
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by bonnjour | 2009-09-19 06:54 | 旅する
秋の大型連休便乗の旅日記 その2:湯治場のオペラハウスにジャルスキーがやってきた
朝9時にパリ・リヨン駅を出発して正午にヴィシーに着いた。コンサートを聴くためにオーフス==(列車で3時間半)==>コペンハーゲン==(飛行機で2時間)==>パリ==(列車で3時間)==>ヴィシーと大旅行をして、御苦労なこったと自分でも思うが、今回はヨーロッパの湯治場の雰囲気を楽しむのも目的のひとつだ。

ホテルに荷物を置いた後はさっそくツーリスト・インフォメーションに行って市内の地図をもらった。観光地だけに、地図や案内パンフレットの類が充実している。今回は1泊なので温泉につかるのは割愛したが、次回は長く滞在して湯治をしてみたいものだ。

ヨーロッパでは温泉水を飲んで身体の内側から治す飲泉療法が盛んだが、そのための水飲み場を見学する。硫黄泉ではないので箱根や草津のような独特の匂いはしないが、果たしてどんな味がするのだろう。湯治客は処方箋をもらい、指定された種類の温泉を既定の量、飲用することになっている。
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水飲み場のある公園の並木道の終点には、今日のコンサート会場であるオペラハウスが優雅な姿を見せている。湯治客に必要な温泉施設と、長期滞在の無聊を慰めるためのカジノ、オペラハウスが緑あふれる公園の中にコンパクトに配置されている街だ。
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オペラハウスの場所をチェックしたり、市内をぶらついたりした後、ホテルに戻り小休止する。スーパーで仕入れてきたボルドーを部屋で飲みつつ、いつしかお昼寝モードに。しっかり休息した後、うきうきしながらオペラハウスに向かった。
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ヴィシーのオペラハウス(1,450席)はアールヌーボー様式の素晴らしい建築で、着工は1901年。そして1995年に大々的な改修が行われ、完成当初の姿が復元された。建築好きの私には、内部に入るだけでワクワクする空間だが、その中でジャルスキーの声が聴けるというのは二重の喜びだ。
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会場をざっと見渡したところ、聴衆は年配の方が多い感じ。クラシック音楽はファンの高齢化が進んでいるのか、温泉町という土地柄なのか。ともあれ客席は満員で、いつもながら彼のヨーロッパでの大人気を感じさせる。

本日のプログラムはJSバッハの末息子、ヨハン・クリスチャン・バッハ(1735 – 1782)が当時の名カストラート、ガエターノ・グァダーニのために作曲したオペラのアリアを、ジェレミー・ロレール指揮のル・セルクル・ドゥラルモニーをバックに歌うというもの。秋にリリースされる新しいディスク「La Dolce Fiamma(甘い炎)」と同じレパートリー、共演者で、新譜のプロモーションを兼ねたコンサートといったところだ。

ヨハン・クリスチャン・バッハは故国ドイツを離れロンドンで活躍した作曲家で、少年時代のモーツアルトはロンドンで彼に出会い、影響を受けている。バロックと古典派を結ぶ過渡期の作曲家として重要な役割を果たしているが、生前に名声を得たにもかかわらず、19世紀に父バッハが再評価されるのと入れ違いのように忘れられてしまった。メンデルスゾーンが仕掛けた「マタイ受難曲」の再上演(1829年)に端を発するJSバッハの再評価では、そのドイツ的な精神性が高く評価されたが、末息子ヨハン・クリスチャンはイタリア音楽に魅せられてドイツ国外で活躍した作曲家だから、父バッハの信者の目には「不肖の息子」として映ったのかもしれない。その彼の作品の魅力と音楽史上の意義に注目し、忘れ去られたアリアを今回発掘したのがジャルスキーだ。

ロレールが率いる躍動感あふれるオーケストラの海を縦横自在にジャルスキーが泳ぐといった感じの、大変にエキサイティングなコンサートだった。低音部も充分に響いていたし、彼の十八番である華やかな高音は麻薬的な喜びをもたらした。またレチタティーヴォ付きのアリアでは、情感のこもった表現で声による演技を楽しめた。出色は新譜のタイトルともなっている「Cara la dolce fiamma」(オペラ「シリアのアドリアーノ」より)だろう。これは彼のために書かれたアリアなのではと思うほど、現在の彼の声質やスタイルに合っている。ジャルスキーは、自分の魅力を100%引き出せるレパートリーを開拓できるインテリジェンスを持った歌い手なのだと思う。

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一昨日のパリでのコンサートと違い、サイン会は行われなかったが、沢山のファン(主に中高年の男女)が楽屋口でジャルスキーが出てくるのを待っているので、私も便乗した。10分ほどして本人が登場。ファン一人一人と言葉を交わし、気軽にサインしてくれる気さくな性格は、いつもながらだ。私の番がやってきて、「素晴らしい演奏でした」と言ったら「前にもお会いしましたよね。どこでしたっけ」とファンを狂喜させる嬉しいお言葉。すかさず「ロンドンです!」と答え、ヨハン・クリスチャン・バッハという「忘れられた宝石」を紹介してくれたことに心からのお礼を申し上げた。すると彼は目を輝かせ「忘れ去られた名曲を発掘するのが好きなんです」。また、11月の彼の来日公演に行く予定だと言ったところ、「クリスティーナ(プルアー)と共演するのは、いつも楽しみなんです」と嬉しそうだった。プルアー率いる古楽アンサンブルのラルペッジャータと共演する11月の日本公演(モンテヴェルディを中心としたプログラム)は熱くなりそうだ。

なお、「東京で『詩人の恋』を歌う予定というのは本当ですか?」としらばっくれて聞いてみたら「フジコ(ヘミング)さんと一緒にやります。全曲でなく抜粋なんですが、コンサートの1部と2部をつなぐ箇所で演奏します」とのことだった。これはラルペッジャータとやる公演とは別に東京で2回行われる、フジコ・ヘミングさんとのジョイント・コンサートのこと。詩人の恋とモンテヴェルディ(byジャルスキー&ラルペッジャータ)とリストのラ・カンパネラ(byフジコ・ヘミング)が同居する、日本でなければ絶対に聴けない(笑)コンサート(チケット発売中。詳細はこちら)の行方はいかに?

↓ 「楽屋口」と書かれたオペラハウスのドア。建物の様式にあわせ、書体もアールヌーボー風なのがいい。
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by bonnjour | 2009-09-18 07:07 | 旅する
秋の大型連休便乗の旅日記 その1:到着したパリは妙に暑かった
早朝にオーフスを出発し、コペンハーゲン経由でパリにやってきた。フランス中部の温泉町ヴィシーで開かれるフィリップ・ジャルスキーのコンサートを聴くのが今回の旅のメインイベントだ。オーフスからコペンハーゲンに移動する3時間半の列車の旅はけっこう疲れるが、コペンハーゲンからは飛行機であっという間にパリに着く。こういう時、便利な首都に住んでいる人がうらやましくなる。

到着したパリは妙に暑い。行きかう人々は秋の装いをしていて、下手すると厚手のコートを着込んだ人さえいるのだが、私はジャケットを手に持ち汗だくになってホテルに到着した。天気予報では明日以降、もっと気温が上がるようだ。

ホテルで着替えてから、SNSで知り合ったパリ在住の会社員Cさん(彼女もジャルスキーの大ファン)とオベルカンフ界隈にあるLe Villaretというレストランで会食。50ユーロのデギュスタシオンのコースと、ワインに詳しいCさんが選んでくれた赤のフルボトルを注文した。さまざまに工夫された料理と美味しいワインを堪能。
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レストランのあるオベルカンフ地区は、仕立て屋等の職人が住む下町だったものが最新流行のカフェやレストランの集まる地区に変貌したそうで、確かに下町らしい古びた雑貨屋や総菜屋とお洒落なレストランが同居する面白い場所だ。なぜこのレストランを選んだかというと、フランスのフィガロ・マガジンに載ったジャルスキーのインタビュー記事で、この店がお気に入りのレストランとして紹介されていたから。記事を見つけて翻訳してくれたのは、もちろんCさんだ。ジャルスキー本人がふらりと立ち寄るかも、というファンならではの淡い期待もあったが、それは妄想に終わってしまった(笑)。

昨年知り合ったCさんとはずっとメールのやり取りだけで、直接お目にかかるのは今回が初めてだったが、同じアーティストのファンというだけでなく、異国に住む同世代の日本人女性という共通点もあるので、大変に話が弾んだ。私が明日ヴィシーで聴くのと同じ演目のコンサートを、彼女は昨夜パリで聴いていて、素晴らしかったとのこと。期待がふくらむ。

というわけで明日の朝、パリを発ちヴィシーに向かう。
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by bonnjour | 2009-09-17 08:43 | 旅する
ホットケーキ
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おやつにホットケーキを作る。日本を出るまでホットケーキはミックス粉を使わないと作れないと思い込んでいたが、ある時むしょうに食べたくなってレシピを調べたら、家にある材料で簡単かつ安価に作れることがわかって、なーんだと思った。それ以後利用している配合は次の通り。

【材料】
薄力粉           200グラム
ベーキングパウダー  8グラム
塩              少々
卵              2個
牛乳            150グラム
サラダ油         20グラム
砂糖            40グラム
バニラエッセンス    少々
(バニラシュガー利用の場合はその分だけ砂糖の量を減らす)

【作り方】
1.薄力粉、ベーキングパウダー、塩を合わせてふるっておく。
2. 卵、牛乳、サラダ油、砂糖、バニラを混ぜる。
3.上記に1をさっくりと混ぜて生地の出来上がり。
4.フライパンを熱してサラダ油(分量外)をなじませ、4等分した生地を両面焼く。

焼くのを相棒に任せたら、裏面を焼くときに生地を上からヘラでグイグイと押さえだしたので、あわてて止める。ふかふかになるようベーキングパウダーを入れた意味がないじゃないか。日本で同僚から伝授された「お好み焼きの焼き方」と混同しているようだ(私はお好み焼きも「上から押さえない派」だけど)。

本当はメープルシロップがほしいところだが、スーパーで探したら小瓶が1,000円くらいするので購入意欲が失せ、かわりに安価なサトウキビのシロップを買った。あんみつにかける黒蜜の味で、これはこれで美味しい。

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ホットケーキといえば、この絵本。トラが溶けてできたバターをたっぷり使ったホットケーキは子供時代の憧れだった(もうひとつの憧れの食品は、TVの「ロンパールーム」でおやつの時間に出てくる謎の飲み物)。しかし!フランスで「ちびくろサンボ」はまったく無名のようで、トラのバターの話を相棒にしても、ポカンとされてしまった。c0163963_22502071.jpg

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by bonnjour | 2009-09-12 23:28 | 暮らす
新しい部屋に移ったらなぜかケーブルTVから日本語と仏語の放送が消えていた
金曜日に新しい部屋に移った。フロアは同じだが、今までのキッチン無しシングルルームの4倍ほどの広さで、寝室、リビングルーム、書斎、キッチンにバスルームと一通り揃っているので、やれやれと思ったが、部屋についているケーブルTVのチャンネル構成が微妙に違うことに気がついた。

チャンネル数が前の部屋より少ない上に、今まで受信できた日本語放送JSTVと海外向け仏語放送のTV5が入らない。イタリアのRAIUNOやハンガリーのDunaという局、それにルーマニア語らしき放送は入るのに、なぜなんだ!どうやら部屋ごとに契約しているケーブルTVのパッケージが違うようだ。

というわけで、1カ月という短命に終わった日本のTV三昧の日々。

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by bonnjour | 2009-09-06 23:13 | 暮らす