B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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世にも不思議なコンサート:ジャルスキー、ラルペッジャータ、フジコ・ヘミングが一堂に会して?
カウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーと古楽アンサンブル「ラルペッジャータ」(指揮&テオルボ:クリスティーナ・プルハル)に、「魂のピアニスト」がキャッチフレーズのフジコ・ヘミングを組み合わせるという、世にも不思議なジョイントコンサートに行ってきた。場所は池袋の東京芸術劇場大ホール。

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ジョイントコンサートといっても前半にジャルスキーとラルペッジャータ、そしてイタリア民謡の伝統に根差したオリジナル曲を発表しているヴォーカリストのルチッラ・ガレアッツィがモンテヴェルディ、サンチェス、ストロッツィなどの初期バロック曲とガレアッツィのオリジナル作品を演奏し、後半はフジコ・ヘミングによる古典派およびロマン派を中心としたピアノ独奏という2部形式だ。つまり、前半と後半には、まったく関連性がない。そのギャップを埋めるためか、後半の冒頭でジャルスキーとヘミングによるシューマンの「詩人の恋」(抜粋)が演奏されるのが今回のコンサートの工夫点である。

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酸いも甘いも噛み分けた大人の女という風情のガレアッツィが、パンチのきいたハスキーな声で歌う自作の民謡「ああ、美しき人生」で幕を開けた第1部は、ジャルスキーによるバロック曲独唱、ガレアッツィの民謡、そして名手揃いのラルペッジャータによる即興の器楽演奏をちりばめた変化に富む構成で、あっという間に時間が過ぎた。ジャルスキーの声は高音がよく伸びて輝きがあるし、地声で力強く歌うガレアッツィとのデュエット「ロマネスカによる子守唄」(伝承曲)も、組み合わせの妙というべきか、異質なものが溶け合って思いがけず美しいハーモニーを織りなしていた。

しかし問題は会場だ。演奏は素晴らしいのだが、いかんせん会場が大きすぎて音が十分に届かない。それに、後ろのほうの席では演奏者との一体感というものがまったく感じられないのではないか。古楽器アンサンブルの演奏に、モダン楽器オーケストラを想定して設計されたこのような大ホール(1,999席)を使うというのは、いったいどうしたことだろう。昨年、フランスはピカルディ地方の古城で彼らの演奏を聴いたが、小さな石造りのホールに反響する古楽器の調べとカウンターテナー・ボイスは、聴衆の全身を包み込む親密さがあった。今日の会場とは大変な違いだ。

大ホールは後ろのほうにかなり空席が目立った。一部に熱狂的な崇拝者がいるヘミング氏が出演するせいかSS席13,500円~C席6,000円という超強気の価格設定だったが、昨今の不況には勝てずチケットの売れ行きが悪かったようで、直前になってあるオンライン・チケットサービスで半額チケットが叩き売りされていた。チケット発売開始まもなく定価で購入した私たちこそ、好い面の皮だ。

プログラムが後半に移り、シューマンの「詩人の恋」(抜粋)はジャルスキーが初めて公の場で演奏するレパートリーだ。昨年の初来日でもリサイタル前半に初公開(そして日本以外では永久に?お蔵入り)のドイツ歌曲(シューベルト、モーツアルト)を歌ったが、それに続く試み。ジャルスキーはソプラノに近い音色を使い、叙情的に歌いあげたが、長年歌い込み血肉となっているフランス歌曲に比べると、歌詞、メロディともに借り物感が大いに漂う。

演奏中、ヘミングは楽譜と鍵盤にかじりついており、ジャルスキーには一瞥もくれなかった。このような伴奏者は初めてなので驚く。暴走する(というよりは、テンポが遅れがちな)ピアノになんとか合わせようと、ジャルスキーがしきりにアイコンタクトを試みているのが客席からもありありと分かったが、それは徒労に終わった。それでもなんとか全16曲から抜粋した9曲を歌い終え、聴衆が「やれやれ」と安心するのは、考えてみれば変な話だ。ともあれ、そんな状況の中で最善を尽くして事を丸く収めたジャルスキーは、若いながらたいした器量だと思う。

アンコールは、ジャルスキーお得意のレイナルド・アーンから「捧げ物」。今年リリースしたアルバム「オピウム」にも収録され、長らくコンビを組んでいるピアニスト、ジェローム・デュクロと数えきれないほど演奏してきた曲なので、完全に彼のものとなっている。伴奏が不安定でも余裕をもって歌えたのは何よりだ。

追記: 舞台袖が見通せる席に座った知人の話によると、演奏を終えて舞台袖に引っ込んだジャルスキーは、フジコさんに深々とお辞儀をしていたそうだ。共演者に対する感謝なのか、年長のアーチストに対する尊敬の念なのか、いずれにしても気持ちのよいことである。


フジコ・ヘミングのピアノ独奏は、初めて聴いた。毀誉褒貶が激しいピアニストだが、クラシックの演奏家だと思って聴くと肩透かしを食らうわけで、彼女の数奇な人生や超個性的なキャラクターに引き寄せられて集まる人々(聴衆)に、演奏を通した「癒し」を行う一種のパフォーマンス、と捉えれば強烈な違和感もやわらぐ。パフォーマンスであるから伝統的なクラシック音楽の規範は不要なのだ。

何よりの証拠に、ヘミングが登場する後半になると客席に心もち人が増え(ジャルスキーは前座扱いというわけか)、多くの観客はステージに登場した彼女に色めきたった。そして、十八番の「ラ・カンパネラ」をはじめとする有名曲による「癒し」に満足した聴衆は、前半のジャルスキー&ラルペッジャータに対するより盛大な拍手を彼女に送っていた。コンサートが終わり、舞台袖に下がろうとする彼女に観客が手を振るのも珍しい光景である。

ともあれ、次元の違う2つの世界をジョイントコンサートの枠で無理やり合体させたプロモーターのセンスに大いに疑問が残った企画だった。

【曲目】
第1部(フィリップ・ジャルスキー&ラルペッジャータ)
・ルチッラ・ガレアッツィ:ああ、美しき人生
 Lucilla Galeazzi : A vita bella
・マウリツィオ・カッツァーティ:チャコーナ
 Maurizio Cazzati : Ciaccona
・バルバラ・ストロッツィ:「恋するエラクレイト」
 Barbara Strozzi : L’Eraclito Amoroso
・ジョヴァンニ・フェリーチェ・サンチェス:プレッソ  ロンデ トランクィッロ
 Giovanni Felipe Sances : Presso l’onde tranquillo
・即興演奏:タランテラ・ナポリターナ
 Improvisation : Tarantella Napoletana
・ジローラモ・カプスペルガー:アルペッジャータ
 Girolamo Kapsberger : Arpeggiata
・ルチッラ・ガレアッツィ:私の花の夢
 Lucilla Galeazzi : Sogna fiore mio
・即興演奏:タランテラ・イタリアーナ
 Improvisation : Tarantella Italiana
・即興演奏:ラ・ディア・スパニョーラ
Improvisation : La dia Spagnola
・クラウディオ・モンテヴェルディ:苦しみが甘美なものならば
 Claudio Monteverdi : Si dolce e’l tormento
・ドメニコ・マリア・メッリ:ディスピエガーテ・グアンチェ・アマンテ
 Domenico Maria Melii : Dispiegate, guancie amate
・ルチッラ・ガレアッツィ/即興演奏:家が欲しいな
 Lucilla Galeazzi/improvisation : Voglio una casa
・トラディショナル/即興演奏:ロマネスカによる子守唄
 Traditionelle/Improvisation : Ninna, nanna sopra la Romanesca

(アンコール)ガレアッツィ:家が欲しいな(聴衆参加型)、モンテヴェルディ:苦しみが甘美なものならば (日本語歌詞による)

第2部前半(フィリップ・ジャルスキー、フジコ・ヘミング)
ロベルト・シューマン: 歌曲集「詩人の恋」Op.48より抜粋
- Im wunderschönen Monat Mai (美しい五月には)
- Der Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne (ばらに百合に鳩に太陽)
- Wenn ich in deine Augen seh' (君の瞳に見入る時)
- Ich will meine Seele tauchen (心を潜めよう)
- Ich grolle nicht (恨みはしない)
- Hör' ich das Liedchen klingen (あの歌を聞くと)
- Am leuchtenden Sommermorgen (まばゆい夏の朝に)
- Aus alten Märchen winkt es (昔話の中から)
- Die alten, bösen Lieder (古い忌わしい歌)

(アンコール)レイナルド・アーン:捧げ物

第2部後半(フジコ・ヘミングによるピアノ独奏)
フランツ・シューベルト: 即興曲 D.899 作品90-3 変ト長調
フレデリック・ショパン: 練習曲 Op.10-3 イ長調 <<別れの曲>>
モーリス・ラヴェル: 亡き王女のためのパヴァーヌ
ルードヴィヒ・ベートーヴェン: ピアノソナタ No. 17 ニ短調 Op. 31-2 <<テンペスト>> 第3楽章 
フランツ・リスト: パガニーニによる大練習曲 第3番 嬰ト短調 <<ラ・カンパネラ>>

(アンコール)J.S.バッハ:カンタータ147番「主よ人の望みの喜びよ」、リスト:愛の夢
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by bonnjour | 2009-10-31 00:37 | 聴く&観る
寺山修司の「弟」


昨年、SNSのオフ会で知り合ったインディーズ系漫画家のSさんと一緒に、渋谷のイメージフォーラムで上映中の「へんりっく 寺山修司の弟」(監督:石川淳志、製作・配給:ワイズ出版)という映画を見てきた。寺山が率いる演劇実験室・天井桟敷の団員として音響、演出助手、舞台監督、グラフィックデザインなどを手がけ、いくつかの寺山映画では出演者も兼ねた森崎偏陸(もりさき・へんりっく)氏に密着したドキュメンタリーだ。森崎氏(ちなみに「へんりっく」という外国人のような名前は本名だそう)は寺山の死後、一人息子を亡くした寺山の母に乞われ、彼女と養子縁組して戸籍上は寺山修司の弟となった。寺山の弟子であり、スタッフであり、家族でもあるという立場の人だ。今日は上映に先立ち、森崎氏と監督の石川氏、それに白夜書房の末井昭氏のミニ・トークショーも行われた。

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私は寺山修司の一部の歌集と何本かの映画に接しただけで、熱心な読者ではないし、天井桟敷の活動の最盛期にはまだ子供で、実際の舞台を見る機会がなかった。それで、70年代に作られた彼のいくつかの映画で森崎偏陸という「脱ぎっぷりのいい」美少年俳優(当時、彼は20代半ば)が鮮やかな足跡を残していたことを今まで知らなかった。

映画は、寺山の実験的な短編映画「ローラ」(森崎氏はこの映画のスクリーンに、実演で参加する)を引っ提げてパリに渡る彼の姿や、寺山が83年に亡くなった後に一緒に仕事をするようになった荒木経惟(写真)、松村禎三(作曲)、宇野亜喜良(イラストレーション)、浦岡敬一(映画編集)といった、そうそうたる顔ぶれとの仕事シーンに密着する。松村氏、浦岡氏、そしてフランスにおける日本映画紹介の大功労者、弘子ゴヴァース氏など、物故者が登場するのは、この映画が7年の年月を費やして撮影されたからだ。

ナレーションや字幕など、説明するものが一切ないので、寺山修司とその周辺のアングラ文化について、およその知識がないと分かりづらい映画だ。本筋とはあまり関係ないかもしれないが、ゲイである森崎氏が恋人の「山ちゃん」なるスキンヘッドの大男(へんりっくさんは、デ〇専だったのね)とじゃれ合うシーンが、なかなかにいい味を出していた。あんな風に愛する人と一緒に年を取るって、ちょっといいよねと、帰り道にSさんとしみじみ話したことである。
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by bonnjour | 2009-10-30 03:31 | 聴く&観る
一大レジャーセンターでストレス解消
日本に一時帰国している。食べ物は美味しいし、水は肌にやさしいし(ヨーロッパの硬水でゴワゴワになった髪と肌も急速に回復中)、TVをつければ日本語が出てくるのもうれしい。

日曜日なので、自転車で青梅街道を走ること約30分、荻窪にある大好きなレジャーセンターに行くことにした。

それは ↓ ここ。

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海外に住む日本人のフラストレーションのひとつに、日本語の本の入手難がある。私は書評などで気になった本をAmazonのウィッシュリストにとりあえず放り込んでおき、帰国した際に図書館や書店で一気に探すことにしている。

図書館に入ると、そこは圧倒的な本の山(あたり前か)。活字好きとしては、もうそれだけで胸がワクワクしてしまう。今日は入館が遅かったので閉店していたが、地下の喫茶室(紅茶専門店)のドリンク類がまたおいしくて安い。丁寧に淹れられた紅茶を飲みながら、借りたばかりの本を読むのは至福の時だ(なんて安上がりな至福)。

気になっていた本を検索して、たちまちバスケット(スーパーの買い物カゴ様のものが置いてある)が一杯になる。一度に借りられるのは図書が15冊まで、CDが4冊までと太っ腹だ。それにしてもなんで本ってこんなに重いのだろう。神田の古書店街に行くと、登山用リュックを背負って本を買い込んでいる人がいるものね。

帰りは西荻に寄り道して駅前の回転寿司の暖簾をくぐる。「天下寿司」というこのチェーンは、1皿130円均一と大変リーズナブルな価格ながら、ネタが新鮮で種類も豊富。西荻に住んでいたころから、会社帰りにちょいと寄って数皿つまむという使い方をしてきた。しかし今日は...。1カ月ほど前から「日本に行ったら回転寿司、回転寿司」と念じていたので、みるみるうちにお皿が積み上がってしまった。食べた量が他のお客さんから丸見えなのが、回転寿司の困ったところである。それにしても、欲しいものを取ると「イワシ」とか「たまご」など、原価が安そうなものに片寄ってしまう。お店にとっては有難い客だろう。

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by bonnjour | 2009-10-25 19:01 | 暮らす
ボーイソプラノが歌うディドのラメント


前回は、死を前にしたアーチストが歌った鬼気迫る「ディドのラメント」(ヘンリー・パーセル作曲「ディドとエネアス」より)をご紹介したので、今度は心洗われるボーイソプラノによるバージョンを聴いてみよう。

ゲアハルト・シュミット=ガーデン率いるテルツ少年合唱団による上演で、80年代初めの収録と思われる。世界に名をとどろかせる少年合唱団だけに、音楽的レベルは非常に高いものの、出演者が少年ばかりなので良い意味で学芸会的な雰囲気が出ていて微笑ましい。

切々とラメントを歌うディドは、この合唱団でファースト・ソリストとして活躍したGregor Lütje君(1968年生まれ)で、現在はクラシックのアーチスト・マネジメント事務所を主宰しているという。このクリップのグレゴール君は声も姿も少年そのもので、とてもカルタゴの女王には見えないのだが、少年に女王の貫録を求めるのは筋違いだろう。

私は決して少年合唱団のファンではないのだが(チェンチッチがウィーン少年合唱団にいたことも知らなかったし)、同じテルツ少年合唱団によるオペラで、かなり前にTVで見て感心したのが、モーツアルトが11歳のときに作曲したラテン語の歌劇「アポロンとヒュアキントス」(K. 38)だ。アポロンに愛された美少年ヒュアキントスの神話が土台となっているが、そのままでは同性愛色が強くて(ギリシャ時代は少年愛が奨励されたからね)マズイということで、この歌劇ではお姫様役を新たに追加することで無理やり男女間のラブストーリーにしてしまっている。 



ここでお姫様役をやっているボーイソプラノ、Allan Bergius君(1972年生まれ)は1980年から7年間、テルツ少年合唱団に在籍して天才少年と騒がれた。子供がこんなに上手でいいのかと、あっけにとられるくらい見事な歌いぶりだ。しかもロココ風のドレスや髪型が、妙に似合っている。現在ではバイエルン国立歌劇場のソロ・チェリストとして活躍しているという。近影を見ると、あの女の子みたいな美少年は今いずこといった痩せ型のメガネのお兄さんなのだが、今でも趣味で歌ったりするのだろうか。
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by bonnjour | 2009-10-22 19:07 | 聴く&観る
クラウス・ノミのDeath(Dido's Lament)


2005年にドキュメンタリー映画が公開されてリバイバルした感のあるドイツ出身の歌手、クラウス・ノミ(1944~1983)が歌う、鬼気迫るディドのラメント(ヘンリー・パーセル作曲)。この曲が収められた彼の2枚目のアルバム「Simple Man」がリリースされたのは死の前年の1982年で、これが生前最後のアルバムとなってしまった。彼は、エイズの正体が分からず、同性愛者間に流行る奇病として受け止められていた時期にこの病気で亡くなり、エイズ死した著名人の走りとなった。

もちろん正統的なオペラ歌手の歌唱に慣れた耳には、音程やディクションなど、アレレな点も多々あるかもしれないが、歌手自身が、当時原因も治療法も分かっていなかった病で死を予感しながら録音したこの歌には、魂の叫びのようなものを感じる。とりわけ「Remember me」のリフレインは悲痛だ。

サラ・コノリー様やマレーナ・アーンマン様が歌う正統派のディドも素晴らしいのだが、たまにはこんな変わりダネも如何?
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by bonnjour | 2009-10-17 10:31 | 聴く&観る
週末旅行 Day 3:思い入れのあるリューベック
週末旅行の最終日はハンブルクから車で1時間ほどのリューベックへ。ハンブルクが北海に注ぐエルベ川沿いに築かれた港町であるのに対し、リューベックはバルト海に通じた港がかつて栄えたハンザ都市だ。

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リューベックには特別な思い入れがある。10代の頃から愛読したトーマス・マンが生まれた街である。とりわけ、リューベックを舞台にした自伝的作品「トニオ・クレーゲル」は、あらゆる小説の中でもっとも好きな作品だ。芸術的な独自の内面世界を持つがために、北の町の勤勉で小市民的な社会には溶け込めず、かといって全面的に情熱に身を委ねるには堅実すぎるというどっちつかずの主人公トニオに、快活な優等生グループについていけない根暗ヲタク女子の自分を重ねつつ、何度も読み返した。作品の中で堅実な市民社会の象徴のように扱われている、この北国の港町をいつか訪ねてみたいとずっと思っていた。

実は3年前にも一人で来たのだが、ハンブルク駅でリューベック行きの列車に乗り込むときに足をすべらせて向う脛を深く切ってしまい、少しでも動くと傷口から血があふれ出す始末で、翌朝までリューベックのホテルのベッドでじっとしていた。それで予定していた観光があまりできなかったため、今回はその時の分まで取り返したいと意気込んだ。

町のシンボル、ホルステン門。建物全体が微妙に歪んでいるが、地盤が弱くて建設当初から建物が地面にめりこんでしまったのだという。リューベックの旧市街は川と運河に囲まれた島にあり、ホルステン門はその旧市街地への入り口にそびえている。
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外から来て城門をくぐろうとすると、壁に取り付けられた「CONCORDIA DOMI FORIS PAX」(内部、つまりリューベックには団結、外には平和を)という標語が目に入る。
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前回来たときには改修のため、城門全体に覆いがかかっていたが、今回はリフレッシュした全体像が見られてよかった。改修のせいか、標語の金文字があまりにも新しくて興ざめだというのは贅沢か?

ホルステン門の脇には古い塩の倉庫が残り、まさにピクチャレスクな風景を作り出している。手前の釣り人が、いかにものどかな雰囲気を醸し出しているではないか。

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↓ 壁に風を通すための穴がある、堂々とした市庁舎。釉薬のかかった黒っぽい煉瓦が特徴的。

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↓ 旧市街の北側の玄関口にあるブルク門。観光名所のホルステン門に比べると見学者も少なく、閑散としている。

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↓ トーマス・マンの文学に魅せられた巡礼者が必ず訪ねるのはブッデンブロークハウス(マン兄弟記念館)。ここは作家の生家ではなく、彼が子供の頃よく訪れた祖父母の家で、長編小説「ブッデンブローク家の人々」の舞台となった。1914年までマン家が所有し、その後銀行として使われていたが1993年に記念館として一般公開された。トーマスと、その兄で同じく作家になったハインリッヒのマン兄弟の作品や、彼らを含むマン家の人々の生涯について展示してある。

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マン兄弟はリューベックの豪商である父親と、ドイツとポルトガルの血をひくブラジル生まれの母親の間に生まれた。勤勉な北方の血と情熱的な南国の血のミックスというのは、「トニオ・クレーゲル」の主人公の設定と同じだ。しかし、二人いた妹はともに自殺し、トーマスの息子で作家になったクラウス・マンもナチスの迫害で亡命したあげく睡眠薬のオーバードースで死亡、と、彼らの代には暗い影が射している。トーマス・マン自身も反ナチスの言動によりドイツ国籍を剥奪され、のちに米国の市民権を得ている。堅実な実務家の先祖たちが築き上げた名門商家が、やがて退廃し没落するというマン家の歴史は、そのまま「ブッデンブローク家」のプロットとなっているが、偉大な作家を生み出すことになった豪商の没落は、文学の世界にとっては感謝すべきことだったといえる。

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↓ マン兄弟も通った1531年創立のギムナジウム、Katharineum zu Lübeck。「ブッデンブローク家」の4代目で、現実世界から逃避する虚弱児ハンノ少年が学んだギムナジウムのモデルでもある。兄ハインリッヒはこの学校の大学進学コースに入ったのに、トーマスは実科コースに進んだうえ、成績も不良だったのだという。偉人にありがちなエピソード。

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↓ 13世紀に起源を持つ救貧院の「聖霊養老院」。往時の様子を再現したジオラマが展示されていたが、養老院のすぐ隣には墓地があり、人生のベルトコンベアーのようでちょっとぞっとした。

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↓ こちらが養老院の居室。非常に小さく区切られた部屋の中に小さなベッドと箪笥など、最小限の家具がコンパクトに配置されている。

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↓ 世界最大級といわれるパイプオルガンがあるマリーエン教会(建設:1250~1350年)。ブクステフーデが長らくオルガニストをつとめたことでも有名で、若き日のJSバッハは彼の演奏に釘付けとなり、予定を延長してリューベックにねばったのだとか。残念ながら今回はオルガンの音色を聴くことができなかった。

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昼食は、1535年に建てられた船員組合の館にあるレストラン「Haus der Schiffergesellschaft」に行く。レストランの内部はほの暗く、むき出しになった太い木の梁が燻されたような色で歴史を感じさせる。船員組合の建物らしく、古びた船の模型が至るところに飾ってあるのが面白い。

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↓ 建物入口の上部をよく見ると、建設年の表示と船の絵が。

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↓ ファサードの頂上にも金色の船。

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本日のおすすめ料理「魚のロール」を注文。赤い身のLachs(鮭)と、白い身のSeelachs(スケソウダラ)のフィレで魚のムースを巻いてある。あっさりと上品な味で、甘めのソースがよく合った。

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by bonnjour | 2009-10-11 06:06 | 旅する
週末旅行 Day 2:雨の日に訪れた港町ハンブルク
フレンスブルクのホテルでたっぷりの朝食をとった後、近くの安売りスーパーとドラッグストアで買い出しをする。狙い目は、デンマークより安い酒類とシャンプーや調理器具などの生活雑貨。これが今回の旅の目的の一つだったので、ミッションを遂げて達成感にひたる。

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フレンスブルクから次の目的地ハンブルクまでは車で2時間ほど。途中で雨が降り出し、嫌な予感がする。ハンブルクで予約した宿は自動車修理工場や小規模オフィスの立ち並ぶ、少々寂れた地区にあるアパートメント・ホテルだが、無料駐車場がある上に市内中心部まで地下鉄で数分と便利だったのでここに決めた。客室はキッチン・セットの隣にベッドがあって、なんだか台所に寝泊まりしているみたいだけど、冷蔵庫や湯沸かし、食器などが自由に使えるのは便利だ。フロント係も親切で、市内地図をくれたり観光地への行き方を分かりやすく教えてくれた。

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市内交通の1日乗車券を購入して、雨の中を観光に出かける。まず訪れたのはハンブルクのランドマークで港からもひときわ目立つ高い塔(132m)を持つ聖ミヒャエル教会と、その近くの旧商工組合福祉住宅。1669年に完成したバロック様式の聖ミヒャエル教会は、1906年の火災と1944/45年の爆撃で破壊され、そのたびに再建された。ブラームスが洗礼を受けたり、ここで営まれたハンス・フォン・ビューローの葬儀にマーラーが参列したりと、音楽家にもゆかりの深い教会だ。一番の観光ポイントとあって、近くの駐車場には観光バスが数台停まり、教会内部は見学客であふれかえっていた。

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教会の入り口上部には、悪魔を退治する聖ミカエル(ミヒャエル)の像。

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聖ミヒャエル教会の近くにある旧商工組合福祉住宅(
Krameramtswohnungen)
は、表通りから1本入った狭い路地に向かい合って建つ、商工組合員の未亡人たちのために作られた17世紀の小規模住宅。今のように福祉制度が発達していなかった時代にこうした相互扶助のシステムがあったことは、当時の市民社会の成熟をしのばせる。現在は小さな博物館とカフェ、土産物屋などが入居している。

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次は港町ハンブルクの風情を満喫しに、ザンクト・パウリ桟橋に向かう。遊覧船が発着する観光ポイントだが、時間がないのと雨天のため遊覧船はパス。

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ハンブルクは港町といっても海に面しているわけではなく、北海に注ぐエルベ川沿いに位置し、河口は約100キロ先にある。そのエルベ川を横断する旧エルベ・トンネル(1911年開通)を見にいく。といっても対岸に渡る用事はないので、入口を覗いただけなのだが。100年前の最新技術を駆使して4年がかりで建設されたトンネルは深さ23.5m、全長426.5mという規模で、車や歩行者をエレベーターで地下に下ろしてから通行させるという仕組みになっている。トンネルとは関係ないけれど、入口のユーゲント・シュティール風の美しいモザイクの壁に感心する。

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↓ トンネル入り口の建物の石柱に貼りついていた亀と蛙。こういう枝葉末節が、なぜか気になる。
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ザンクト・パウリ桟橋からは徒歩で今日のメインイベント(?)、レーパーバーンの見学に向かう。ハンブルクといえば必ず引き合いに出される一大歓楽街だ。「悪場所(あくばしょ)」の空気を吸うと「悪」が感染すると信じている節のある相棒を、「昼間だし、表通りを歩くだけだから大丈夫」と説き伏せた。レーパーバーンは港から陸に上がってすぐの場所に控えており、長旅を終えた船乗り相手に発達してきた歓楽街であることが位置関係からもよくわかる。大通りであるレーパーバーンはストリップ劇場やオトナの玩具店などに混ざってバーやファーストフード店が軒を連ねており、新宿の歌舞伎町あたりとちょっと似通った猥雑な雰囲気だが、裏手にある「ヘルベルト通り」は、もっともっとアブナそうな飾り窓地帯。外部の女性と青少年をシャットアウトするためのゲートがあるので、残念ながら内部の様子は不明だ。

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↓ 18歳以下の青少年と女性は立ち入り禁止、とゲートに書かれている。
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内部には潜入できなかったので、Wikipediaからヘルベルト通り内部の写真を拝借。日が暮れるころ、窓の内側に扇情的な装いをしたお姉さんたちが立って道行く人を誘うのだろうか。

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歓楽都市ハンブルクの姿を垣間見た後は、壮麗な市庁舎を見にいく。ハンザ同盟以来の自治の歴史を持つハンブルクは一都市だけで連邦州を構成する特別市であり、この市庁舎は州議会の議事堂を兼ねている。

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ハンブルクの正式名称は「Freie und Hansestadt Hamburg(自由ハンザ都市ハンブルク)」で、車のナンバープレートの先頭に表記される都市コードも、「ハンザ都市ハンブルク」の略である「HH」となっている。初めてドイツに来たとき、都市コードがHというナンバープレートを見て、てっきりハンブルクの略だと思ったが、それはハノーバーの車だった。ハンブルクの車はHHと表記されるのだと知ったとき、ハンザ都市としての誇りのようなものを感じた。

運河をはさんで市庁舎の向かい側には高級ブランド店が並ぶショッピング・アーケードがあり、店の灯りに照らされた白いアーチが夕暮れの水面に映えて美しい。運河に集う白鳥の数多し。すれっからした港町の風情のあるレーパーバーンとは打って変わった、ハンブルクのよそ行きの顔を見た。

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↓ アーケードの天井にはアールヌーボー調の壁画が。
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夕食は、由緒正しいツーリストとして(笑)、聖ミヒャエル教会の向かい側にあるOld Commercial Roomという観光名所のレストランでとることにした。船室をイメージしたインテリアが旅情をそそる店である。

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3年前、ハンブルクに一人で来たときにこの店で名物のラプスカウス(Labskaus)という北ドイツの郷土料理を食べた。ジャガイモのピュレにコーンビーフを混ぜたものにビーツやピクルスと目玉焼きを添えた料理で、もとは漁師があり合わせの材料で作ったものだったとか。日本円で2,000円弱と結構な値段だったのに満足度はいまひとつだったので(こういう家庭料理を観光客向けのレストランで注文するのは割に合わないと実感)、今回は魚料理を注文する。

私の頼んだスズキのペルノーソース添えは、香ばしく焼かれた魚とぺルノー風味の泡立ったソースがよく合っていて、洗練されたフランス料理とはまた違った力強い美味しさ。

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相棒が食べた「カレイのフィンケンヴェルダー(ハンブルク郊外の地名)風」なる料理は、丸ごとのカレイ(とはいっても頭を切り落としてある)がベーコンの角切りとともにソテーされたもの。淡泊な魚にはベーコンで脂分を補いたくなるところが和食との違いかもしれない。

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地元産ビール「Duckstein」のドゥンケル(濃色ビール)とともにいただいたハンブルクの魚料理は格別の味。食後は古い街並みの残るダイヒ通りと19世紀の倉庫街の名残りをとどめるシュパイヒャーシュタットを散歩して、いにしえのハンブルクをしのんだ。

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by bonnjour | 2009-10-10 18:55 | 旅する
宿屋を兼ねたレストラン
フレンスブルクで泊ったのは、宿屋を兼ねたレストラン。駐車場と無線LANが無料なのが選定のポイントだったが、なかなかに快適で掘り出し物のホテルだった。

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到着したのは夜7時をまわっていたが、金曜の夜とあってレストランは地元客とおぼしき人々で満席。予約を入れて30分ほど部屋でくつろいだ後にレストランに入った。

地元産のピルスナーをぐいっとやった後に「魚の盛り合わせ定食」をいただく。スズキやカレイなど数種類の魚のムニエルに小海老がどっさりと載っており、付け合わせはホウレンソウと茹でたジャガイモ。魚が新鮮でプリプリしているのが美味しい。
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相棒は肉のグリルの盛り合わせを頼んだ。味見したら、こちらもなかなかの味だったが、魚定食の充実ぶりを見て、自分も魚にすればよかったと後悔していた。料理もアルコール類も、デンマークに比べれば格安なので嬉しくなる。

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満腹の後は居心地のよい部屋でぐっすりと眠れて極楽。

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by bonnjour | 2009-10-09 20:18 | 旅する
週末旅行 Day 1:デンマークとの国境にあるドイツの街、フレンスブルク
金曜日の夕方にオーフスを発ち、車で2時間ほど。デンマークとの国境にあるドイツの街、フレンスブルクに到着した。ここに1泊して明日はハンブルクを目指す。昨年オーフスに引っ越して以来、車で旅行することはまったくなかったが、これが初めてのドライブ旅行だ。高速道路に入ってすぐ、車のエンジンの調子が悪くなり、異臭がして車を停めたが、点検してもどこも悪そうなところは見つからない。再度エンジンをかけたら調子がよくなった。昨年以来、高速道路を走っていなかったので車がびっくりしたのかも?

↓ フレンスブルクの港。シーフードが美味しい。そして安い(デンマークに比べると)。
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by bonnjour | 2009-10-09 16:33 | 旅する
わたしは蔑ろにされた妻
「Sposa son disprezzata(わたしは蔑ろにされた妻)」-おだやかならぬタイトルだが、ヴィヴァルディのオペラ「バヤゼット(Bajazet)」(1735年初演)にあるアリアだ。

スルタンのバヤゼットが治めていたオスマン帝国を征服して怖いものなしのタタールの皇帝タメルラーノは、許嫁(いいなずけ)のイレーネを捨ててバヤゼットの娘アステーリアと結婚しようともくろむ。コケにされたイレーネは憤慨して「わたしは蔑ろにされた妻」と嘆く。

ヴィヴァルディ作品といってもこのオペラは当時よく行われたパスティーシュ(寄せ集め)で、自身の作品(旧作の流用および新規に作曲したもの)と、同時代の作曲家、ジェミニアーノ・ジャコメッリ(1692~1740)、ヨハン・アドルフ・ハッセ(1699~1783)、リッカルド・ブロスキ(1698~1756)らのアリアを寄せ集めている。ストーリー中の善玉のアリアはヴィヴァルディ自身が書き、敵役の歌は他の作曲家の作品を流用するという具合で、肝心のこのアリアはジャコメッリのオペラ「メローペ(Merope)」から借用したもの。ただしオリジナルではカストラートの大スター、ファリネッリのために書かれた男性役のアリアだったものを、歌詞を一部手直しして女性役の歌にしている。

昔、レーザーディスクで出ていたチェチーリア・バルトリのドキュメンタリーで、彼女がピアノ伴奏で歌ったこの曲があまりに美しく悲痛で、怖れ多くもバルトリごっこ(注:「XX(有名歌手の名前)ごっこ」とは、お気に入りの歌手のレパートリーを、下手でもいいから自分で歌ってみる「ごっこ遊び」のこと。©成田屋さん)がしたくなった私は銀座の山野楽器に走り、リコルディ社版のこの楽譜を大枚はたいて買った。

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表紙にある通り、ヴィヴァルディのソプラノ・アリア集として出版されているが、その後の研究で、このアリアはジャコメッリ原作であることが知られるようになった。

前述のバルトリのドキュメンタリーの断片がYouTubeに投稿されており、このアリアが聴ける(下記クリップの3:27頃~。ピアノ伴奏:ジェルジ・フィッシャー)。冒頭には、彼女に最初に声楽の手ほどきをした実母(プロのオペラ歌手)とのレッスン・シーンも出てきて興味深い。なお、同じ曲は92年に出たバルトリの「Arie Antiche: Se tu m'ami」というイタリア古典歌曲集アルバムにも収録されている。



次はファビオ・ビオンディ指揮エウローパ・ガランテの演奏でヴィヴィカ・ジュノーが歌ったバージョン。「バヤゼット」の初の全曲録音だ(2005年5月リリース)。曲に合わせて楽譜が出てくるので、ヴィヴィカごっこ(?)をしたい方には最適。



【歌詞】
Sposa son disprezzata,
fida son oltraggiata,
cieli che feci mai?
E pur egl'è il mio cor,
il mio sposo, il mio amor,
la mia speranza.

L'amo ma egl'è infedel
spero ma egl'è crudel,
morir mi lascierai?
O Dio, manca il valor,
e la costanza.

【大意】
わたしは蔑ろにされた妻。
天よ、わたしが何をしたというの?
それでも彼はわたしの心、花婿、愛、そして希望。


楽譜だけならこちらでダウンロードが可能。ちなみにこの楽譜を提供しているスペイン語のサイト「el atril」には、珠玉の名作の楽譜が勢ぞろいしている。トップページから「partituras」(楽譜)をクリック。銀座までリコルディ版の楽譜を買いに走った90年代初めには、将来ネットでさまざまな楽譜が自宅に居ながらにして簡単に(しかもタダで!)入手できるようになるとは想像だにしなかった。

さて、今度はオリジナル。アポストロ・ゼノ(1669~1750)の台本に基づくジャコメッリのオペラ「メローペ」(1734年)より、女王メローペの息子で流刑にされていたエピティーデが歌うアリア「Sposa non mi conosci」(妻よ、わたしが分からぬか)。これはファリネッリの当たり役だったという。



Ensemble Artaserse
Philippe Jaroussky: countertenor
2009年6月17日、ヴェルサイユ宮殿「鏡の間」で収録

【歌詞】
Sposa, non mi conosci.
Madre, tu non mascolti.
Cieli, che feci mai?
E pur sono il tuo cor.
Il tuo figlio, il tuo amor.
La tua speranza.

Sposa, Madre,
E pur sono il tuo cor.
Il tuo figlio, il tuo amor.
La tua speranza

Parla! ma sei infedel.
Credi...ma sei crudel.
Morir mi lascerai?
Mi lascerai morir?
Oh Dio! manca il valor
E la costanza.

【大意】
妻よ、わたしが分からぬか。
母よ、あなたはわたしの言葉を聞こうともしない。
天よ、わたしが何をしたというのか。
それでもわたしはあなたの心、息子、愛、そして希望。


冒頭の印象的な「Sposa」(花嫁)という言葉は、エピティーデによる許嫁への呼びかけとなっているが、これを引用したヴィヴァルディは歌い手の性別を逆転させ、「Sposa son disprezzata」ではイレーネが自分を指して(蔑ろにされた)妻、ということにしている。それにしても、内容や曲想がおあつらえ向きのアリアがよく転がっていたものだ。

ところで上のクリップでジャルスキーは「Il tuo figlio」(あなたの息子)の「figlio」の最後の母音「o」を、「o」とも「a」ともつかない微妙な発音で歌っていて(「figlia」なら娘になってしまうが、そうなると前にある男性形の「Il tuo」と性が一致しない)YouTubeのコメント欄で突っ込まれているが、もちろんこれは男役の歌だ。

この曲は、バルトリの新しいアルバム「Sacrificium」にも収録されているので(ただしデラックス盤のボーナスCDとして)、20年近く前に録音された彼女の「Sposa son disprezzata」と比べてみるのも面白い。このアルバムはカストラートのためのアリア集で、タイトルにある「Sacrificium」(生贄/犠牲)とは、美しい音楽の生贄となったカストラートたちと、その栄光の陰で払われた犠牲を表しているのだとか。



↓ 新アルバムのビジュアルで筋骨隆々の彫像になってしまったバルトリ。声変わりを防ぐために去勢されても成長ホルモンは普通に分泌される上、去勢によるテストステロンの欠乏で骨がいつまでも成長を続けるため、カストラートたちはむしろ一般の男性より巨大な体躯の持ち主だったという。見た目はたくましい男性の身体から発せられる女性の声という、カストラートのアンドロギュノス性になぞらえた扮装(というかCGで身体を合成してる?)だと思うが、ちょっとやりすぎかも。
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by bonnjour | 2009-10-05 05:47 | 聴く&観る