B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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アレクサンドル・タローのショパン作品集 <<Journal intime>>


Journal Intime (私的な日記)」というタイトルにひかれて手に取った1枚。フランスのピアニスト、アレクサンドル・タローが「自分の人生のあらゆる局面に寄り添ってきた」(CDブックレットより)ショパンの作品から16曲を選び、個人的なメモワールとして1枚のアルバムにまとめたものだ。

聴いてみて、これはタイトル通りとても私的なアルバムだと思った。極端に熱くなることも、ショパンへの思い入れを顕示することもなく、自分の人生とともに歩んできた作曲家の作品をモノローグ風に演奏している感じ。

レーベルをヴァージン・クラシックスに移籍しての第1作だそうで、上記のようなプロモーション・ビデオも作られて、レコード会社の意気込みを感じる(イントロ部分は、ちょっと「作りすぎ」の感があるけれど)。ノクターン第20番(遺作)を弾く手元のアップ(ビデオクリップの0:36~あたり)を見て、指をほとんど曲げず手の平全体を鍵盤の上に置き、鍵盤を撫でるように押し下げる弾き方に興味をひかれた。ピアノ奏法に関してはまったく無知だが、これってアルフレッド・コルトーなんかの流儀を受け継ぐものなのか。

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Chopin: Journal Intime
Alexandre Tharaud (piano)

1. Mazurka Op.63, n° 3
2. Ballade n° 1, Op.23
3. Mazurka op.17, n° 2
4. Mazurka op.68, n° 2
5. Fantaisie op.49
6. Nocturne posthume
7. Mazurka op.7, n° 2
8. Ballade n° 2, op. 38
9. Mazurka op.17 n° 4
10. Largo Trois Ecossaises Op.72, n° 3
11. I
12. II
13. III
14. Contredanse
15. Fantaisie-impromptu op.66
16. Nocturne op.9, n°2


↓ こちらは同じくアレクサンドル・タローが、フランソワ・クープランのクラブサン曲「Les Baricades Misterieuses(神秘的な障壁)」をピアノで弾いたもの。速度記号はVivement(活発に)とあるものの、いかんせん速すぎてショパンの練習曲みたいだ。 正統的なチェンバロの演奏では4声の旋律ひとつひとつが際立って聞えるが、この演奏ではピアノ特有の残響の中ですべての声部が渾然一体となっている。チェンバロ演奏の焼き直しではない、クープランを素材にした新たな音楽の構築を目指したのだろうか。ピアノでバロック曲を弾くアプローチとしては面白いと思った。楽譜(IMSLPでクラブサン曲集全巻がダウンロード可能)を参照しながら聴くと、各声部の流れとそれをピアノで弾いたときの効果が対比でき、いっそう興味深い。


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by bonnjour | 2010-05-30 07:54 | 聴く&観る
マドリッド旅日記 その5 もういちど「ポッペアの戴冠」へ
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グルメのCさんの提案で、昼食はシーフードが絶品と評判の「El Barril」というレストランに行く。はじめ渡されたメニューがスペイン語で解読に苦労したのだが(持参した自作の単語表はまったく役に立たなかった)、きいたら英語版もあるのでそれをもってきてもらった。
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前菜は、スペイン滞在中に一度は食べておきたいねとCさんと話していたタコの料理を頼む。ウェイターさんがシェアをすすめてくれたのでそうしたが、確かに1皿が大変なボリュームだった。あまり手を加えず唐辛子とオリーブオイルで味付けしたタコは、ボトルで頼んだよく冷えたCavaによく合う。メインは「アンコウのソテー エビとハマグリ添え」を頼んだ。ゼラチン質の白身が美味しい。デザートはパイにこってりしたカスタードをはさんだもの。大満足のランチだった。

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本日のメインイベントはオペラ「ポッペアの戴冠」をもう一度見ること。主役級の急なキャンセルに備えて、日にちを少しあけて2回の公演を確保しておいたのだ。前回(金曜)は138ユーロの席を奮発したが、今日は49ユーロの天井桟敷(Paraiso=”天国”)だ。うきうきした気持ちで最上階に行く。

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天井桟敷のエリアは、劇場のWebサイトで平面図を見たときには舞台からはるかに遠いように感じられたが、実際に座ってみると自分の席が正面に位置することもあって舞台が非常に見やすい。音が届かないのではないかという最初の心配も、前奏が始まってからすぐに払拭された。



舞台装置はシンプルで、回り舞台でネローネの宮殿と、ポッペアの邸宅、ポッペアの讒言で自殺に追い込まれる哲学者セネカの邸宅が切り替わる。セットの色調はモノクロと青みがかかった大理石模様でスタイリッシュな感じ。黒っぽい大理石のどっしりとした寝椅子が舞台前方に置かれ、効果的に使われている。

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今日もメインの配役の調子は絶好調で、天井桟敷にもよく声が届いた。とくに皇后オッタヴィア役のアンナ・ボニタティブスは豊穣な響きのある力強い声の持ち主だ。ポッペアを暗殺しようとしたことが明るみに出てローマを追放される終盤では、アリア「さらばローマよ」の冒頭の「A-a-a-addio, Roma」と、うめくような劇的な「ア」の音が心に残った。ポッペア役のダニエス・ドゥニースは元気でイキイキしているのはいいが、細かい心の動きを表現する繊細さに欠けると感じた。フィナーレのネローネとの愛の二重唱「Pur ti miro, pur ti godo」も、なんだか味気なく終わってしまって残念だった。

ネローネ役のフィリップ・ジャルスキーは高音がよく伸びて美しい。硬質で澄んだ声の持ち主なので、彼が歌うネローネには凶暴な権力者というより、夢見るような少年の面影を見てしまう。ポッペアの夫、将軍オットーネ役のマックス・エマニュエル・チェンチッチはしっとりと落ち着いた声で抜群の安定感があった。ジャルスキーもチェンチッチも、たっぷりの声量で劇場を一杯にするタイプの歌手ではないが、テアトル・レアルの音響は彼らのデリケートな声を味わうのに適していると思った。

ポッペアの侍女アルナルタはテノールのロバート・バートが演じたが、コミカルな味は出ていたものの、声の魅力という点では物足りなかった。とりわけポッペアを寝かしつける子守唄「Oblivion soave」は、昨年出たラルペッジャータのアルバム「Teatro d'Amore」に収録されているジャルスキーの抒情的な歌唱や、フォン・オッターがアルヒーフから出したバロック・アルバムでの透明感ある歌唱に馴染んでいるので違和感があった。もちろん、メゾやカウンターテナー歌手がこの曲を演奏会用作品として歌うのと、テノール(年老いて女性的外見を失った乳母役は伝統的にテノール歌手が担ったときく)がオペラという物語の中で歌うのでは、比較することじたい無理があるのだが。

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↑ フィナーレの二重唱で見つめあうポッペアとネローネ。

今日の席は舞台を上から見下ろす形だったので舞台上の歌手の動きを立体的に把握できたのがよかったし、オペラグラスを使えば細かい演技も見ることができた。このほか劇場内には、舞台が見づらい席のためにモニタースクリーンが用意されていた。その画面を見ていたCさんの話によると、第2幕6場でネローネと悪友ルカーノ(テノールのマチアス・ビダル)が歌う二重唱「Hor che Senca è morto, cantiam(セネカは死んだ。さあ歌おう)」では、ポッペアの美しさを称える歌詞と裏腹に、二人がホモセクシュアルな行為に走り、あろうことかネローネの股間をまさぐるルカーノの手がアップでモニターに映し出され、観客は唖然としたそうだ。ちなみにこの舞台はDVD化予定のようだ。

この場面はよほど印象的だったようで(笑)、さっそく公演の音源(5月18日に地元ラジオ局がライブ放送した)を使ったクリップがYouTubeにアップされているのでご紹介する。



上のクリップの映像は手稿譜なので今ひとつ見にくいが、4:28~4:50あたりは印刷楽譜だと下記のようになっている。2段目のメリスマ音型とそれに続くパートを歌っているのがルカーノで、その上に乗っかる1段目の「Ahi, Ahi, Ahi」というため息のような音符がネローネ。歌詞ではポッペアの美しさと性的魅力を称えるうちに感極まってネローネが失神するのだが、今回の演出では別の理由でイッてしまう。下記楽譜の最後の3小節、「Ahi, Ahi, Ahi, destino(ああ、ああ、ああ、運命だ)」というあたりがそのシーンになるが、音と楽譜をシンクロさせて見ているうちに、登場人物2人の振りつけを思い出して顔が赤らんできた。

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↑ 二重唱のシーンのルカーノ(右:マチアス・ビダル)とネローネ。ネローネの胸に手を入れるわ、変なところをまさぐるわ、唇に接吻するわで、とんでもないお友達どうしだ。

舞台が終わったあと、また楽屋口で前回のフランス人マダム2人組に会ったので自己紹介や世間話をしながらジャルスキーが出てくるのを待った。ほどなく彼が登場したので「ルカーノとの二重唱には驚嘆しましたよ」と感想を言ったら、この晩の出来は今までで一番よかったとのこと。そして舞台でのパフォーマンスは日増しに変化しているとも。論議を呼びそうな男同士のラブシーンについては「ネローネは熱狂しながらも怖がっているんだ。自分がストレートでいられるかどうかの瀬戸際だからね」と説明してくれた。ふむふむ、彼は複雑なネローネのキャラクターを表現したいとインタビューで答えていたが、これも複雑さの要因の一つになっているかも。

徒歩で劇場にほど近い宿舎に帰るジャルスキーを、ホテルが同方向にあるフランス人マダム2人とCさん、そして私とで歩きながら見送った。普段着にかばんを提げた姿は一仕事終えた勤め人といった風情がしなくもなく、街の風景にすんなりと溶け込んでいるのが面白い。

そのあと、マダム2人組とCさんと私は近くのカフェに行った。お嬢さんが音楽院でヴァイオリンを専攻しているというClさんと、ジャルスキーが21歳でデビューしたコンサートに居合わせて以来、彼の活動を見守っているというMさんは、ともにパリ在住で、このオペラを見にマドリッドにやってきた。今夜を入れて3回(!)の公演に接し、明日パリに帰るという。音楽の話をして盛り上がり、連絡先を交換して別れた。こうしてコンサートで知り合いが増えていくのは楽しい。
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by bonnjour | 2010-05-24 12:09 | 旅する
マドリッド旅日記 その4 美男に会いにトレドへ
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エル・グレコ作「トレドの風景」
日曜日。マドリッドから国鉄(renfe)の高速鉄道AVANTに乗ると30分で行ける古都トレドをCさんと一緒に訪ねた。短距離なので切符はすぐに買えるものと油断していたのだが、全席指定のAVANTの切符は窓口のみの販売で、番号札を取ったものの大変な待ち人数だ(客一人あたりに要する処理時間を「みどりの窓口」と比べてはいけない)。結局、目星をつけていた列車は出てしまい、1便後の切符が買えた(計画性のなさを反省)。

AVANTの出発するホームは飛行機の搭乗口のムード。乗車の前にX線の荷物検査がある。
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私は「鉄子」ではないが、一応記録のために列車の写真も撮っておいた。
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あっというまにトレドに着き、まず駅舎の立派なことに感心する。イスラムとキリスト教の建築様式が融合した「ムデハル様式」の建物で、駅舎ホール内部の壁や天井の組み木細工がとりわけみごとだ(写真下)。鉄道駅はもちろん歴史地区の外側に開設された新しい施設だが、味もそっけもない現代建築にせず、歴史的な様式を採用する心意気がよい(似たような例でいえば、善光寺にほど近いJR長野駅の仏閣型駅舎を取り壊してしまったのは暴挙だった)。

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鉄道駅から20分ほど歩いて旧市街に入る。トレドはタホ川の渓谷を利用して築かれた城砦都市なので、中心部に行くにはひたすら坂道を上がっていく。今日はいい運動になりそうだ。

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↑ 12世紀に建てられた城門「太陽の門」。
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旧市街に入ると午後3時前、スペインではちょうどお昼時なのでまずはレストランを探した。「伝統的なパティオ」が売り物のレストランを見つけて入った。前菜、メイン、デザート、飲み物で11ユーロの定食からガスパチョ(本来はアンダルシアの料理だけど今日のように暑い日にはもってこい)、うさぎの煮込み(家庭料理風の素朴な味)、赤ワインを頼んだ。デザートは、しっかりした味のプリンが出てきた。
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食事の後は聖トメ教会にあるエル・グレコ(1541–1614)の「オルガス伯の埋葬」を見にいく。この教会のために多額の遺産を残した篤志家のオルガス伯ルイスが埋葬されるときに、天国から聖ステファノと聖アウグスティヌスが降臨し、埋葬を手伝ったという伝説を描いたものだが、聖ステファノが優美な美男に描かれているので私は前々からこの絵が大好きだ。

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エル・グレコ作「オルガス伯の埋葬」

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↑ 聖ステファノ。ね、美男でしょ?

教会の中にあるオルガス伯の墓所の前から絶対に動かせないという決まりゆえ、この作品を見たければトレドに来なければならず、狭い礼拝堂の中は見学者で一杯だ。しかも下半分にはオルガス伯の埋葬の情景(史実としては14世紀のこと)を、絵が制作された16世紀当時のトレドの名士たちを登場させながらリアルに描き、上半分にはイエス・キリスト、聖母マリア、洗礼者ヨハネなどが揃う幻想的な天界が展開されるという二部構成のため、絵全体を見るのにかなりの時間がかかる。

幸い、団体見学者の波が引いた一瞬があったので絵の真ん前に陣取ってじっくり解読をこころみた。隣に陣取っていた英語圏から来た年配の女性が、この絵の要素を説明したガイド本を見せてくれたのが助かった。二部構成の分け目に位置する天使が腕に抱えるぼんやりした胎児のような物体が亡きオルガス伯の魂で、天使はそれを天上界に押し戻している。魂のぬけたなきがらは地上に埋葬され、魂そのものは天上で永遠の命を得るというわけだ。

しかし、私はそんなことよりオルガス伯のなきがらを抱える美男の聖ステファノが気になっていたことは言うまでもない(笑)。優雅でちょっと寂しげなこの面差しは、一度見たら忘れられないのではないか。

美男詣での後は土産物屋をひやかしたり、見晴らし台から見下ろす風景にエル・グレコの「トレドの風景」の面影を探したりして街歩きを楽しんだ。

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名物のマジパン菓子は見た目が日本の栗饅頭にそっくりだが、味のほうは試していないので不明だ。

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by bonnjour | 2010-05-23 08:27 | 旅する
マドリッド旅日記 その3 ランチのスタートは3時
昨晩のオペラの感激を引きずりつつ、せっかくマドリッドにいるのだから午前中はプラド美術館に突撃する。途中、ソル広場ではチャンピオンズ・リーグ決勝戦を観戦するサポーターたちの総決起集会(笑)に出くわす。朝っぱらからかなりのアルコールをお召しになって出来上がっているサポーターもちらほら。
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プラド美術館には見たい絵が山のようにあるのだが、今日は時間が限られているのでベラスケス、ゴヤ、ボッシュなどの名作をポイント的に見て回る。ボッシュの「悦楽の園」は案の定、大変な混雑で絵がよく見える立ち場所を確保するのに骨が折れた。いつ見ても不思議で現代的な絵だ。この三連祭壇画の右翼は巨大な楽器が人々を拷問する地獄絵図になっているが、その中のひとりの臀部には楽譜(ネウマ譜)が描かれている(昔、グレゴリオ・パニアグワ&アトリウム・ムジケーが、この楽譜を復元して「臀上の音楽」なるアルバムを出したことがあった)。あまりの混みように絵に近付けず、臀上楽譜がよく見えなかったのが心残りである。

↓ 画面左下のリュートの下敷きになっている人物の臀部に注目。
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昼は学生時代の同級生でマドリッド在住のJさんと旦那様、今回の旅の同行者Cさん、そして私の4人で会食。Jさんたちが、パエリャが名物の「La barraca」という有名店を予約してくれた。まず驚いたのはアポの時間。日本なら正午~午後1時ごろにスタートするのが普通だが、今日は午後3時が開始時間。スペインでは食事を取る時間が極端に後ろにずれているのだ。夜型の私にとっては嬉しい習慣の国だ。

パエリャは人数が揃わないと作れないため、4人で2種類のパエリャを注文し、それをシェアする。微発泡性の冷えた白ワインと一緒にいただくパエリャは絶品だった。
↓ イカ墨のパエリャ。
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Jさんは大学の同級生だが卒業以来、コンタクトが途絶えていてつい先月、SNSを介して連絡が復活した。今回のマドリッド旅行で再会できた次第だ。Jさんの旦那様はバルセロナ出身の研究者で、母語のカタルニア語、スペイン語、英語、フランス語など色々な言語に堪能だ。旅の友のCさんは長らくパリを拠点に仕事をしているということで、会食のテーブルには日本語、英語、フランス語、カタルニア語など様々な言葉が飛び交った。家族関係に関するスペインの諺をきいて「そういうのって全世界共通なんだな」と感心したり、Jさんの旦那様の音楽の趣味が結構私と近くて嬉しくなったり、本当に楽しいひと時が過ごせた。そんなつもりではなかったのだが、最終的にJさん夫妻にご馳走になることになってしまい、恐縮の至りだ。
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by bonnjour | 2010-05-22 18:26 | 旅する
マドリッド旅日記 その2 ゲイ・テイストがちりばめられた「ポッペア」
21日(金)の夜、今回の旅のメインイベントであるモンテヴェルディのオペラ「ポッペアの戴冠」(テアトル・レアルにて)に行く。同行者はパリ在住のCさん。詳しい感想は後でゆっくり書くとして(<==またバックログになりそうで、危険)、見てきた印象を記憶が薄れないうちに書き留めておく。

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L’incoronazione di Poppea
by Claudio Monteverdi (1567 - 1643)
Dramma musicale in a prologue and three acts
Libretto by Giovanni Francesco Busenello
New edition based on the Venice Version by Jonathan Cable, 2010
New production of Teatro Real in coproduction with Teatro La Fenice in Venice

【スタッフ】
音楽監督:William Christie
演出: Pier Luigi Pizzi
照明:   Sergio Rossi

【キャスト】
Poppea: Danielle de Niese
Nerone: Philippe Jaroussky
Ottavia: Anna Bonitatibus
Ottone: Max Emanuel Cencic
Seneca: Antonio Abete
Drusilla: Ana Quintans
序曲(クリスティが通奏低音と指揮を兼ねた弾き振りをしている)に続きプロローグ。「幸運」(Fortuna)と「美徳」(Virtù)がどちらが偉大か口論しているところに「愛」(Amore)が割って入り、自分がもっとも偉大であると宣言し、証拠を見せようという。彼らはそれぞれ台車に乗って舞台を移動するが、それを動かしているのは忍者風の黒装束に身を包んだ黒子たちだ。黒子といい、「幸運」がまとうヴェルサーチを思い出させるモダンなゴールドの衣裳といい、出だしからこのプロダクションは特定の時代やスタイルにとらわれない予感。

幸運や美徳をさしおいて皇帝ネロ(ネローネ)と人妻ポッペアの不倫愛が勝つという、現代人から見たら実にけしからんストーリー(あらすじはこちらを参照)をオペラにしたのは、権謀術数が渦巻くヴェネチア共和国という土壌があってのものだったのかもしれない(台本のジョヴァンニ・フランチェスコ・ブセネッロと作曲のモンテヴェルディは、ともにヴェネチアで活躍した)。

タイトルロールのポッペアは、近年他のプロダクションでもこの役を演じているダニエル・ドゥニース。まだ若いのに大変に上手な歌手だと思うし、舞台映えのする派手な容姿と薄物衣裳の似合うダイナマイト・ボディ(笑)の持ち主でポッペア役に似つかわしいのだが、歌唱はちょっと一本調子で陰影に欠ける印象を受けた。

ネローネ役のフィリップ・ジャルスキーは硬質で輝きのある声で、この暴君のエキセントリックさや凶暴さと、その裏にある傷つきやすさや子供っぽさをよく表現していた。この役はソプラノに近い音域までカバーしているので最高音では少々、喉がつまっているような感じがしたが、それより下の音域はいつもながらパーフェクトな歌唱だ。「羽根はたき」を彷彿とさせる黒い羽根に覆われたガウンやら、裳裾をひきずるゆったりとしたローブやら、ラストシーンのゴールドのチュニックやら、皇帝役なので衣裳も大変に豪華で目を楽しませてくれた。

↓「羽根はたき」に身を包むジャルスキー。

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ポッペアに裏切られる夫、オットーネ(駄洒落じゃありません)はマックス・エマニュエル・チェンチッチ。彼のビロードのようなアルト~メゾソプラノの声は、とても表現力が豊かなうえに安定感がある。ポッペアとネローネがローマ風といえなくもない衣裳をまとっているのに対し、彼は現代風のコスチュームに身を包んでいた。

女性歌手で一番の収穫は、ネローネの正妻で最後はローマを追放されるオッタヴィアを演じたアンナ・ボニタティブスだ。よく響く豊穣なメゾソプラノ声で、威厳ある皇后と不幸な女という両方の側面を見事に表現していた。彼女が終盤で有名な慟哭のアリア「さらばローマよ(Addio Roma)」を歌いだすと、劇場中が彼女に釘付けとなった。カーテンコールでタイトルロールに負けず劣らずの喝采を浴びていたのは当然だ。

レザール・フロリサンの17人の奏者を率いたクリスティが紡ぎだした音楽は典雅で、音色も豊かだった。彼が手塩にかけて育ててきた楽器奏者と信頼を置く歌手たちを集めた今回の「チーム」は大成功だったといえるだろう。

演出で特筆したいのは、そこかしこにゲイ・テイストがちりばめられていたこと。ネローネの周囲は黒の半ズボンと身体にぴったりしたラメのシャツを着込んだ親衛隊(Cさんと私は「あれじゃレイザーラモンHGだよ」ということで意見が一致した)が固めているし、ポッペアの策略で自殺に追い込まれた哲学者セネカの死の後、ネローネと悪友ルカーノがポッペアの性的魅力をたたえる二重唱ではみるみるうちに男同士の濡れ場になっちゃって、歌詞ではポッペアを称えながらルカーノの手はネローネの変なところをまさぐっているし(オペラグラスでしっかり確認済み)、口にキスはするし、最後はネローネがエクスタシーに達するしで、腐女子(笑)なら嬉しくて卒倒しそうな光景が展開された。

そうだ、暴君ネロは男色が普通に行われていた古代ローマの人。オッタヴィアやポッペアの他にも、男性との「結婚」歴があったと伝えられるくらいだから史実に基づいた演出なのだ(と無理やり自分を納得させる)。

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いつもながら素晴らしい歌唱を聴かせてくれたジャルスキーに一言かけたくて、終演後にCさんと一緒に楽屋口で「出待ち」をした。楽屋口では私たちの前にフランス人マダム2人組が彼を待ちかまえていたが、顔なじみらしい彼女たちに対応しつつ、後ろに私たちがいるのに気付いてくれて「やあ」といった感じに挨拶してくれたのはファンとして大変に嬉しい。マダム2人組にビズした後、成り行きで私たちにもビズしてくれたのは、もっと嬉しい。5月のそよ風みたいな彼のビズは、あまり現実感がなかったけれど。

ネローネの複雑な人物像を見事に表現して素晴らしい舞台でした、と感想を申し上げたら、ジャルスキーは目を輝かせて「このオペラの登場人物は、みな白と黒の側面を持っているんだ」と答えた。「ポッペア」はオペラ史上最高の作品だと思っていること、テアトル・レアルはとても歌いやすい劇場で、自分の声がよく聴こえること、今回のプロダクションはとてもよいチームが組めたこと、ネローネ役はソプラノの音域に達しているので毎回ハラハラしながら歌っていることなど、彼の話の端々から音楽に対する真摯な思いが伝わってきた。

来週の月曜の公演も聴きにくる予定だと伝えたら「それじゃマドリッドをゆっくり見て回ることもできるね」とにっこり笑った。なんていい人なんだ。
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by bonnjour | 2010-05-21 10:23 | 旅する
マドリッド旅日記 その1 同級生と再会
朝8時半に自宅を出て、コペンハーゲン経由でマドリッドのバラハス空港に到着したのは夕方6時過ぎ。最近空港に乗り入れるようになったという、分かりやすくて便利な地下鉄(最初の路線は1919年に開通)に乗って、目抜き通りグランビアにあるホテルにチェックインした。

実はマドリッドは私が生まれて初めて足を踏み入れたヨーロッパ大陸の都市で、そのときは日本からアラスカ経由でロンドンに入り、1週間ほど過ごしてから飛行機でスペインに入った。80年代初め、学生の海外自由旅行が流行りだした時代である。インターネットはおろかファックスさえ普及していなかったので、日本から手紙や電話で現地の安ホテルを予約するのは結構ハードルが高く(そもそもスペイン語が話せない)、宿は目的地に着いてから飛び込みで探した。マドリッドで泊った安ホテルは、浴室の鍵が壊れていてあやうく一晩閉じ込められそうになるし、トイレの水の流れが悪いとフロントに連絡したらバケツを貸してくれるし(これで水を勢いよく流せという意味)、トホホなエピソードが今では楽しい思い出だ。「Compostela」というホテルの名前を今でも覚えている。

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などと昔を振り返ってしまうのは年をとった証拠だと反省しつつ、大学時代の同級生でマドリッド在住のJさんとホテルのロビーで落ち合い、彼女の案内で地元のおつまみを出す居酒屋(上の写真)に行く。Jさんとは大学卒業後、ずっと音信不通になっていたのだが、今回のマドリッド旅行の手配を終えた後にSNSで彼女が偶然に私を見つけてくれてコンタクトが取れ、今回会うことができた。嬉しい偶然である。

彼女はスペイン人の旦那様の仕事(うちの相棒と似たような「業界」である)でメキシコ、スペイン、フランスと移り住み、昨年からマドリッドに定住するようになったとのこと。我が家と似たような経験をしているので親近感がわいた。それに学生時代の友人というのは不思議なもので、卒業以来会っていなくても、まるで最後に会ったのが先月だったみたいに話がはずむ。思い切り日本語でおしゃべりができて楽しかった。

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↑ しし唐の唐揚げは日本の居酒屋でも出てくるような懐かしい味。こういうメニューのあるスペインは良いところだ。
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by bonnjour | 2010-05-20 07:05 | 旅する
バックログ
前回、旅行先のパリで最後にブログを更新してから2カ月も経ってしまった。旅先では夜にやることがないので(華麗なナイトライフとは無縁)、ホテルでその日撮った写真を整理しつつ、絵日記のつもりでブログ記事を更新したのだが、家に戻ると何やかやでブログが後回しになり、気にしつつも放置プレイしてしまった。2カ月の無更新は新記録なので大いに反省する。

というわけで、おさぼり中にたまったバックログをちょっと解消してみる。

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↑ 3月某日。ホカホカの肉まんが食べたくなったが、近所のセブンイレブン(日本で見るのと同じロゴの店舗を見つけたときは嬉しかった)では売っていないので(あたり前か)自分で作ってみた。中華せいろは今回、パリの中華街で購入したもの。皮を作るのにイーストとベーキングパウダーを併用したら、フカフカになってなかなかいい感じ。こちらのレシピを参考にした。

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↑ 4月某日。春のきざしを感じた。ある日一斉に花が咲きだすようで、季節の変化に驚く。

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↑ 4月某日。近所の、ロータリー状になった小さな緑地に生える大木。「この~木なんの木、気になる木~」というCMソングを思い出すのが困りものである(全然似てないけど)。

そして5月。


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↑ フォンテーヌブロー派 「サビーナ・ポッペア」。

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↑ 東ハトのヒット作「暴君ハバネロ」。

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↑ マドリッドの名所、マヨール広場。

このヘンテコな三題噺のオチは、こちら ↓



"L’incoronazione di Poppea" by Claudio Monteverdi (1567 - 1643)
New production of Teatro Real in coproduction with Teatro La Fenice in Venice

Dirección musical: William Christie
Dirección de escena, escenografía y figurines: Pier Luigi Pizzi
Iluminación: Sergio Rossi

Cast:
Poppea: Danielle de Niese
Nerone: Philippe Jaroussky
Ottavia: Anna Bonitatibus
Ottone: Max Emanuel Cencic
Seneca: Antonio Abete
Drusilla: Ana Quintans


それではちょっくらマドリッドに行ってきます。

【追記】
今回のプロダクションについて、ネローネ役のジャルスキーとオットーネ役のチェンチッチがインタビューに答えている(下記)。拙訳をつけておく。



<<ジャルスキー>>
「このオペラ(ポッペアの戴冠)は自分にとって、とても特別な作品です。というのも、もう10年以上前になりますが、初めて舞台に立ったのが『ポッペア』でした。空き時間には舞台でネローネを歌ってみたものです。当時21歳でしたが、今から思えば大胆なことをしたものです。あの頃は、この作品の難しさをよく分かっていなかったのですね」
「(ポッペアの)リブレットは、オペラ史上もっとも美しいものだと思います。おそらくベスト1でしょう。なぜなら登場人物が皆、複雑な性格付けをされていて、それぞれの人物がダークな側面を持っているからです。ですから歌手にとってだけでなく、演出家にとっても手掛ける甲斐がある作品でしょう」

<<チェンチッチ>>
「この作品では無償の行動をする登場人物がいません。行動の裏には必ず取引があるのです。これは17世紀のヴェネツィアのオペラの特色でもあります。人間を理想化して描くのでなく、もっと...その...『死ぬべき運命』を背負った存在として描いています」

<<ジャルスキー>>
「この役で僕がやりたいことは...もちろん、人々の心を動かさなくてはいけません。ネロは単なる悪人ではなく、夢想家であり詩人でもありました。ですから人の心に触れるようなネロ像を表現できればと思っています。できるかどうか分からないのですが...彼の狂気だけでなく感受性を表現したいですね」

<<チェンチッチ>>
「(「ポッペア」の台本作者の)ブセネッロは、虐げられ、感情的に満たされず、かといって理想に向かって邁進することもできない『負け犬』という人物像を見事に描いています」

<<ジャルスキー>>
「ネローネ役の難しさは、カウンターテナーが歌うところにあります。この役は女性のメゾソプラノもよく歌いますが、カウンターテナーとメゾはまったく異なる質を持っています。女性歌手が歌う場合は、よりドラマチックな表現ができますが、僕の場合は、きかん坊の大きな子供といったネロ像を表現できればと思っています。それほど違いがあるんですね」

<<チェンチッチ>>
「3、400年後の現在でさえ、私たちはこの作品の登場人物に自己を投影できます。なぜなら彼らは古びた時間の中に閉じ込められているのではなく、哲学的な所見の中に位置付けられ、その舞台が古代であるからです」
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by bonnjour | 2010-05-19 09:11 | 暮らす