B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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年末帰省日記 その4:港町トゥーロンに行く
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地中海に面した都市トゥーロン(Toulon)に行った。ブルボン朝の頃からフランス海軍の拠点として有名なところだ。相棒の実家からは車で約1時間。管轄の県庁所在地でもあるので、役所の手続きで私も今までに何度か訪れたことがある。

曇り空に時折り小雨がぱらつく天気ながら、南国だけあって厚めのジャケット1枚で外を歩けるほど暖かい。マリーナ沿いの遊歩道は、光を遮るものがないので曇天ながら十分に明るい。海っていいなあ。漁師らしいお兄さん二人組が、獲れた魚を直売していて大いに惹かれたが、生鮮食品の買い物は今日の目的ではないので断念した。

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↑ 遊歩道の先には立入禁止のフランス海軍の施設が。建物の正面に2台の大砲が鎮座しているのが勇ましい。

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マリーナに面した庶民的なレストランで昼食をとる。前菜は魚のスープ、メインにタラのレモンソース添えを頼み、デザートはサヴァラン。こんな感じのメニューで義父母と我々の大人4人でワイン1本あけてチップ込み90ユーロ(現在のレートで約9800円)というのは、物価激高のデンマークから来ると「安い!」と感動せずにはいられない(が、ユーロ導入前のフランスの物価水準を知っている人たちからみるとちっとも安くないそうだ。それに円安・ユーロ高が最高潮になった頃のレートに換算すると1万5,000円近くになり、割高感が増す)。

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↑ 魚のスープ。何種類もの魚介類から良いダシが出ている。大きな壺になみなみと出されたので2回もおかわりしてしまった。浮き実はフランスパンの薄切りトーストにルイユというピリ辛のニンニク風味マヨネーズを塗ったもの。好みで刻んだチーズも。

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↑ タラの料理はアニスやレモングラスの風味がきいた甘めのソース添え。付け合わせのパスタの茹で加減はフランス風(=茹で過ぎ)だったけど、それを除けば美味。

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↑ サヴァランのシロップはラム酒が大盤振る舞いで、子供には危険。

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↑ 地元の名ラグビー選手が1964年に開いたレストラン。いい意味で田舎っぽいインテリアには、いまだに60年代の雰囲気が漂っていたりして・・・。

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↑ トゥーロン・オペラ。今シーズンはヴァイルの「ストリート・シーン」、プッチーニの「つばめ」、オッフェンバックの「天国と地獄」、ドニゼッティの「シャモニーのリンダ」、ウェーバーの「魔弾の射手」、パーセルの「ディドとエネアス」(ディド役はアントナッチ)など、有名作品を中心にバラエティ豊かに上演(でも見にいけないのが残念)。椰子の木の並木が南国らしい。

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↑ オペラの前の広場にはカフェがあって、ちょっとした社交の中心地になっている。

年末にわざわざこの町に来た目的は、相棒の偏頭痛の治療にある。ここに専門の良い医者がいるとの情報を得て、帰省中に診察を受けることにしたのだ。15年来の偏頭痛持ちである相棒は、何度か医者を変えてみたものの、頭痛との付き合いが切れないでいる。デンマークでも担当の家庭医に相談したのだが、医師が「うーん」と頭を抱えたまま有効な治療方針は示されず、放置プレイで早や2年。住民の医療費無料を実現しているデンマークでは、高騰する医療費を抑えるため、長年の偏頭痛のような生死にかかわらない病気は優先度が低く放っておかれがちのようだ。

で、今回診察を受けた専門医から今まで使ったことのない治療薬の処方を受け、しばらくそれを服用することになった。週に1回のペースで襲ってくる偏頭痛と、今度こそ縁を切ってほしいものだ。

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↑ なぜか沖縄や東南アジアの都市を思い出させる街並み。建物の後ろはすぐに港だ。

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↑ 港町らしく船具を売る店がある。

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 ↑ クリスマスのイルミネーションが美しい。
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by bonnjour | 2010-12-30 20:14 | 旅する
年末帰省日記 その3:やっぱり今年も胃袋耐久レースのクリスマス
帰省が予定より1日遅れたので、到着翌日はすでにクリスマスイブだ。義父母が引退後の楽しみにやっているプロヴァンス文化保存会のクリスマス・コンサートが夕方に村の広場で開かれ、その後は義父母の家に親戚が集まって例年のように食事会になる。この食事会は翌日も昼食・夕食と続き、胃袋耐久レースの様相を示すので、消化不良やら肥満やらに気をつけないと、後で怖いことになる。

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↑ 村の広場もクリスマスの飾りで華やいでいる。

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↑ コンサートの寸劇で、聖家族と天使に扮した地元の人たち。イベントの様子は翌日の地元紙でも報道された。

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↑ 義父母の愛猫「Zoe」。気まぐれな奴で、他の猫とは一切交流を持とうとしない孤高の猫。アレルギー性鼻炎持ちの私は、この子が寄ってくるとくしゃみと鼻水が止まらなくなるので、なるべく好かれないようにしている(笑)。

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↑ ディナーに出されたイノシシのパテ。グルノーブルに住む親戚が持ってきてくれた。知人の料理人が腕をふるった手作りだけあって絶品だった。

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↑ 牡牛の赤ワイン煮込み。ゼラチン質の多い脛肉が柔らかくなるまで煮込まれていて、美味い。でも、重い。

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↑ 鶏のロースト。chaponと呼ばれる食用に太らせた去勢鶏で、巨大なだけあって、総勢13人の胃袋を満たして余りあった。
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by bonnjour | 2010-12-24 02:02 | 旅する
年末帰省日記 その2:雪のため、ニース行き飛行機はなかなか飛び立たず
コペンハーゲン空港近くのホテルで朝を迎えた。雪が降っている。本当は今頃、相棒の実家で南仏の太陽とともに爽やかに起床したはずなんだが。今日の飛行機が無事に飛んでくれるか、ちょっと不安が胸をよぎる。

昨日の飛行機乗り遅れ事件を反省して、ホテルを早めに出て空港に向かった(といっても空港は、たった700メートル先なんだけど)。新たにチケットをとったNorwegian Air Shuttleは格安航空会社だからか、乗客の数に比べてチェックインカウンターの数が少ない。朝8時前というのにすでに長い列ができている。その列がなかなか進まないのは、荷物預けで重量オーバーのトラブルを起こしている乗客が多いせいなのか、朝はいまひとつやる気が出ない係員が多いせいなのか、不明。

こんな調子じゃチェックインするまでに1時間くらいかかるのではと心配し始めたころに、係員が「オスロ行き、オスロ行きのお客様はおられませんか~~っ。もうすぐ締め切りますので、今すぐカウンターにお越しくださ~~いっ」と叫びだした。オスロ行きは私たちのフライトの約1時間前に出る。出発時間が迫った乗客は、こうやって列を飛ばしてカウンターにたどり着くわけだ。長蛇の列の乗客をさばくテクニックに、ちょっと感心してしまった。

さて、ニース行きのチェックインは無事に済んだのだが、雪のせいで出発時刻が遅らされ、機内に乗り込んだ後もしばらく待機状態が続き、ニースに着いたのは予定時刻の3時間半ほど後だった。相棒の実家は列車の通っていない僻地ゆえ、義父が空港に車で迎えに来てくれたのだが、延々と待たせることになって本当に申し訳ないことをした。それにしてもニースは暖かい。空港に到着したときは小雨が降っていたのだが、寒波に見舞われたコペンハーゲンから来ると、春みたいなものである。

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↑ 雪まみれのコペンハーゲン空港。こんな状態で運航を維持するのは本当に大変だと思う。
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by bonnjour | 2010-12-23 01:05 | 旅する
年末帰省日記 その1:飛行機に乗り遅れた!
年末恒例の相棒実家への里帰り。生まれて初めて飛行機に乗り遅れた! 予約できた航空券は、我が家から列車で4時間弱かかるコペンハーゲン空港からブリュッセル経由でニースに向かうという非効率的なルート。コペンハーゲンに飛行機出発の2時間半前に到着する列車を選んだのだが、それが遅れに遅れ、コペンハーゲン中央駅に着いたときにはすでにチェックイン締め切りの20分前になっていた。空港行きの列車がすぐに来ればギリギリで間に合うはずだったが、停車している列車はいっこうに動き出そうとせず、プラットフォームは旅行客であふれかえっている。なんと火災報知機が作動したので運転を見合わせているところだった。約20分後に正常運転に戻ったものの、これでますます空港到着が遅れてしまった。

ということで空港のチェックインカウンターに行ってみたが、搭乗ゲートを閉めたところなのでもう乗れませんと、つれない返事。仕方なく、チケットカウンターで代替のフライトを手配する。同様に列車の遅延で飛行機に乗り遅れた人たちが列をなしていた。私たちは払い戻し・変更のきかない低グレードのチケットだったので、それをまるまる捨てて新たにコペンハーゲンからニースへの直行便のチケットを購入するはめになった。クリスマスというハイ・シーズンに一人片道225ユーロで済んだのは不幸中の幸いかもしれない(にしても大出費・・・)。

フライトは翌日なのでホテルを探さなければならない。地元なら自宅に帰って出直すところなのだが、名古屋の住民が羽田発の飛行機に乗り遅れたようなものなので、家に戻るわけにもいかず参ってしまった。空港のホテル紹介所(手数料が約1,000円って、高いなあ)で、空港周辺の経済的なホテルを、と頼んで探してもらったのはQuality Airport Hotel Danというチェーン・ホテルで1泊1万円ほど。列車に乗っているときからハラハラ・ドキドキのとんでもない1日だったが、とりあえず快適な部屋でぐっすり眠れたのはよかった。

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↑ 雪が降っていたこともあり、場末感のただようホテル周辺。夕食はホテル近くの中華料理店で中華と寿司(まがい)のビュッフェをやけ食いした。

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↑ ベッドに入って30秒で熟睡してしまったホテル客室。無線LANが無料で使えるのはよかった。
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by bonnjour | 2010-12-22 17:37 | 旅する
クリスマスを控えた街の様子
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↑ 今いるアパートのベランダから見える街並み。正面は港だ。港を行き来する貨物は農作物(輸出)や石炭および鉄(輸入)など。

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↑ 大雪が降ると一夜にして銀世界に。このただっ広いグラウンドは、夏場はスポーツやイベントに使われているが、雪が降るとわんこの格好の遊び場になっている。

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↑ 街の中心部のクリスマス・マーケット(というか、それ風の特設屋台が並んだ歩行者天国)。正面に見える尖塔が大聖堂。こうして写真に撮ると・・・ううむ、週末なのに人が少ない(それでもショッピング街はクリスマスの買い物客で大賑わいだったんですが)。

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↑ いつも甘い香りを歩道にまきちらして誘惑してくれるキャンディ屋さんは、なかなかに可愛いデコレーションでお店を飾っている。

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↑ こちらが本当のクリスマス・マーケット。寒冷地だからか、屋内で開催。工芸品のお店が多い。

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↑ 市庁舎前に登場した巨大クリスマスツリー。日が短いので、その分、イルミネーションが長い時間楽しめる。

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↑ 中央駅の駅ビル(ショッピングセンター)吹き抜けも、このシーズンはデコレーションが楽しい。

水曜日に飛行機で相棒の実家に帰省する予定だが、ヨーロッパ各地で大雪のために航空便が欠航しているのが気がかりだ。直行便が取れず、コペンハーゲン=>ブリュッセル=>ニースという乗り継ぎになったが、南国ニースはまだしも、コペンハーゲンとブリュッセルの天気が・・・気になる。
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by bonnjour | 2010-12-19 00:38 | 暮らす
グリセリンカリ液 別名ベルツ水 
ロンドンで酷寒の中をガシガシと歩いて観光したのがいけなかったのか、両脚に「あかぎれ」ができてしまった。そんな時の特効薬は「グリセリンカリ液」、別名「ベルツ水」だ。日本から取り寄せたものを出してきて塗ってみる。こちらで買うボディ用保湿ローションより、即効性がありそうだ。

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有効成分は水酸化カリウムとグリセリンで、水酸化カリウムが角質の軟化と皮膚の新陳代謝の促進、グリセリンが保水性によって皮膚の乾燥、あれを防止するんだそうだ。ただしアルカリ性が強く、連用すると皮膚が薄くなってしまうので長期使用は禁物だ。

このローションは、明治時代のお雇い外国人でドイツ人医師のエルヴィン・ベルツ(1849 – 1913)が考案したものだが、彼が日本で娶った夫人のハナと箱根の富士屋ホテル(その頃からあったのね)に滞在したとき、そこで働く女中さんたちが冬場にひび・あかぎれに苦しんでいるのを見て、入手が容易な材料だけで作れるローションを調合し、普及を図ったそうだ。肌の手入れに使えるものがヘチマ水と馬油くらいしかない日本では、女たちは水仕事で荒れた手を治すのに難儀している、というハナ夫人の助言もあったようだ。ユーザーの声から生まれたロングセラー。そんな誕生の経緯から、現代の私たちでも自作できそうなローションではあるが(実際、自分で作る人もいる)、グリセリンはまだしも、水酸化カリウムの入手が面倒くさそうなので(危険物だからね)、挑戦したことはない。

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ベルツ(上の写真。着物がよく似合っている。黄八丈だそうだ。西洋の渋いオヤジはベルツにしろ、画家のバルテュスにしろ、なぜか和服がよく似合う)は日本滞在中に日記や手紙を残しており、それを息子の徳之助(トク・ベルツ)が編集したものが邦訳されて「ベルツの日記」として出版されている(岩波文庫:上巻は品切重版未定だそうで・・・)。当時の日本の世相を外国人の視点で捉えた貴重な史料として名高いが、私はまだ読んだことがない。

この日記を解説したものを読むと、ベルツは明治維新後に西洋文明を貪欲に吸収しようとする日本のエネルギーに驚嘆し、そんな日本および日本人に温かい目を向けつつも、自国の歴史や伝統を無視するどころか全否定して西洋から新しいものを無条件に取り入れる姿には批判的で、ヨーロッパの学問を生み出した風土や背景を理解することなしに技術だけを移植する実利主義一辺倒の考え方をいさめている。

彼自身が、最先端のドイツ医学を日本に伝えるために招聘されたわけで、もしかすると医学哲学を語りだした彼に「細けぇ事はいいんだよ、診断テクニックだけ教えてくれれば」なんて日本人の弟子から突っ込みが入ったこともあったのか?(そのあたり、「ベルツの日記」を読んでいないので事実は不明)。ともあれ、彼がみた明治の日本は、技術の応用や改良は得意だが、技術の根底に流れる思想を作り出すのは不得意といわれる現代日本に通じるものがあり、耳が痛い。
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by bonnjour | 2010-12-17 19:02 | 暮らす
ロンドン 音楽(と中華街入り浸り)の旅 まとめ
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12月5日(日)
地元オーフス空港からライアンエアー”空飛ぶ我慢大会”便に乗ってロンドン・スタンステッド空港に。オーフス空港では雪のため出発が遅れるが(写真上)、定刻から40分ほどたって無事に離陸した。ライアンエアーは基本料金を安くして人目をひくかわりに、別料金制の受託荷物や、オンラインチェックインしない場合の高額の手数料など、あの手この手で追加料金を取って収益を上げる商法の格安航空会社だが、空飛ぶ乗り合いバスに徹している姿は、なんだか清々しい。とはいえ、飛行中はひっきりなしに乗務員が物売り(飲食物、新聞、宝くじ、空港と市内を結ぶスタンステッド・エクスプレスの切符、等々)に来るのがちょっとうっとうしいかも。

ロンドン郊外にあるスタンステッド空港からは、これまた格安航空会社イージージェットと同系列のシャトルバス「イージーバス」で市内に向かう。格安航空便同様、便の時間帯や購入時期によって料金が変わるシステムになっているが、私は最低料金の片道2ポンド(265円)で予約でき、ちょっと嬉しい。

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予約した宿はヴィクトリア駅の駅前にある、Comfort Innというチェーンのバジェット・ホテル(写真上)。便利な場所にあるのと無線LANが無料、客室の水周りを最近改装したというところにひかれて予約したが、部屋の狭さは今まで泊まったホテルで一、二を争うかも。これで1泊約80ポンド(ポンド暴落後の今のレートでも1万円少々)取るのだから、ロンドン滞在はお金がかかる。でも、南アジア系のフロント係はフレンドリーだし、ロビーにあるマシンでカフェオレやカプチーノ、ココアなど温かい飲み物が24時間飲み放題なのはうれしい。

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ホテルにチェックイン後はナショナル・ギャラリーに行ってイタリア・ルネサンスとフランドル絵画を中心に見てまわる。「ヴェニス:カナレットとライバルたち」という特別展をやっていたが、常設展を見るだけでもかなりの時間がかかるので割愛する。ギャラリーから程近いところにある中華街で激辛スープに浮かんだ水餃子を食べてホテルに戻った。

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12月6日(月)
工芸品の宝庫、ヴィクトリア&アルバート博物館に長々と滞在。東洋コレクションでは日本の根付にあらためて感心し、ヨーロッパの宝飾の展示では大量の宝石が放つ妖気に圧倒される。改装のため、服飾の展示室が閉鎖され、収蔵品が他の展示室に分散していたのが残念。

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この博物館は工芸品をコレクションしているだけあって、トイレの洗面台のデザイン(写真上)も一筋縄ではいかない。上部の円筒状物体から液体石鹸が出て、下のパイプに手をかざすと水が自動的に噴き出す。噴水のイメージなのだが、水の噴き出し口はリング状になっているので、かなり無駄がありそう。女子トイレで写真を撮る、怪しい東洋人観光客のわたし。いえ、盗撮はしてませんから。

そのあと、またもや中華街に行き、昨日は時間が遅くてできなかった飲茶で点心を色々と注文し、満腹の後は中華街から徒歩圏にあるナショナル・ポートレート・ギャラリーで一日をしめくくる。所蔵品のひとつ、ブロンテ3姉妹の有名な肖像画(写真下)は、一家の唯一の息子で、画家や作家を志すも芽が出ないまま若死にしたブランウェルの手によるもの(これじゃ画家として有名になるのは無理だろうと妙に説得力のある絵)。当初は中央に描かれていた作者の自画像が自身の手で消され、作家として後世に名を残した3人の姉妹の姿だけが残っているのが、一人息子として溺愛されながらも不遇で、酒びたりになって死んだ彼の人生を象徴しているようだ。もちろん、大画家による美術的に価値の高い肖像画も多数展示されていたが、一番気になり心に残ったのは、非凡な姉妹たちのおかげでかろうじて美術館に展示されることになった、ブランウェル・ブロンテの下手糞なこの作品だ。

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12月7日(火)
日本から音楽鑑賞の旅にいらしたブロガーのgalahadさんと一緒にヘンデルの旧居を博物館にしたヘンデル・ハウスを見学。ドイツで生まれイギリスで活躍したヘンデルが1723年から死去する1759年まで、36年の長きにわたって暮らした家で、往時の状態をよく保存してあり、彼の生活ぶりがうかがえる。決して豪華ではないが、ロンドン中心部にこのような居心地のよさそうな邸宅を構えていたヘンデルは、たいした成功者だったのだと思い知らされる。

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↑ 公式写真より。

ヘンデル・ハウスで「今夜はアンドレアス・ショルのコンサートに行くんだ♪♪」と、案内係のおばさまに嬉しそうに話すイギリス青年を発見。続いて、「共演者はジャルスキーって人なんだけど、何をする人かな?ピアニスト?」というので、「そのコンサート、私たちも行くんですよ」と会話に割り込んだ。そしてジャルスキーはフランスを中心に大人気のカウンターテナーであること、今晩のプログラムは人気カウンターテナー二人の話題の共演であることを熱っぽく語ってしまった。ショルはイギリスのクラシック界で大変な人気を誇るが、ジャルスキーの知名度は、まだヨーロッパ大陸から海峡を渡っていない感がある。

夜はショル&ジャルのジョイントコンサートでパーセルの世界を満喫。ヘンデル・ハウスで会った人も、きっとジャルスキーの才能のほどを実感しただろう。

12月8日(水)
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galahadさんとテート・ブリテン美術館で待ち合わせ、美術館内のカフェでランチをともに。頭の回転が早くて話題豊富なgalahadさんと、とても楽しい時間を過ごした。

その後、こりずにまた一人で中華街に赴き、前回と同じ店で飲茶をする。ロンドンまできて中華三昧というのも芸がないが、ヨーロッパで美味しい中華料理が食べられる都市はロンドンとパリくらいしか知らないので、どうしても足が向いてしまう。

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新世界大酒家というこの店は、蒸し物、揚げ物、焼き物など、多種多様の点心を載せたワゴンが店内を巡回し、お客は好きなものを選んで取るという形式。昨年、盟友Nさんと来て気に入った店。プリプリの海老が入ったシュウマイ、蒸し餃子類がとりわけ美味しかった。

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夜はバルトリ&ファジョーリのコンサートに圧倒される。目(美術館)と舌(飲茶)と耳(コンサート)を大満足させる一日であった。

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12月9日(木)
大学時代の同級生でロンドン在住が長いT君が昼食に付き合ってくれた。メイフェア地区にある、T君おすすめのパイの名店であるパブ「Windmill」(写真上)でステーキ&キドニー・パイを食べる。キドニー特有の臭みをあまり感じさせない見事な出来に「イギリスに美味いものあり」と感心する。卒業後に海外に根を下ろした同窓生は少なくないが、T君もそのひとりで、ロンドンで生まれ育ったお子さんたちはもうすっかりイギリス人だ。本人は謙遜するが、大変に優秀で才能のあるお子さんたちのようで、将来は日本のルーツをもったイギリス人としてカズオ・イシグロみたいな活躍をするかもしれない。

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英国料理を堪能したあとは、夜まで市内をぶらぶら観光。テムズ河のほとりやシティ周辺を、あてもなく歩く。日中は晴天だったが、短い日が落ちると、かなり寒い。それでもせっかく来たのだからとロンドン大火記念塔やタワーブリッジ、倉庫地帯を再開発したバトラーズ・ワーフなど、観光名所をコートの襟を立てて根性で見て回る自由は一人旅の醍醐味だ(同行者がいたら、非難ごうごうだからね)。

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↑ 実物を見たかった30 St Mary Axe、通称「ガーキン(ピクルス用キュウリ)」ビル。シティにそびえたつヘンテコな形の超高層ビル(設計:ノーマン・フォスター卿、竣工:2004年)で、私は座薬を連想したが、この流線型はビルが起こす乱気流を和らげるために計算されたものだとか。

翌日早朝のフライトに備えて、夜はスタンステッド空港近くのホテルに移動。可愛らしいインテリアの広々とした部屋が、空港への往復送迎付きで56ポンド(約7,400円)というのはロンドン市内に比べるとかなりお得だが、シャワーが途中で冷水に変わり、ついぞ温水に戻らなかったのは閉口した。ともあれ、頼んでおいた空港への送迎は往復とも正確・確実に運行されたので(国やホテルによっては、それが難しかったりする)、よしとしよう。

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↑ これでシャワーが冷水でなければ言うことないのだが。

12月10日(金)
朝7時10分にロンドン・スタンステッド空港発のライアンエアー便でオーフス空港に到着。コペンハーゲン空港を経由しないと時間と旅費が節約できて便利だ。前日、土産としてイギリス名産のブルーチーズ、スティルトンを買った。家の近くのスーパーで調達したポートワインとともに食すと、これが絶品。

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by bonnjour | 2010-12-10 19:17 | 旅する
バルトリとファジョーリのコンサート@バービカン・ホール
チェチーリア・バルトリが、カウンターテナー界の実力派新人として注目されているアルゼンチン出身のフランコ・ファジョーリを伴って「ヘンデルと彼のライバルたち」と題したコンサートをヨーロッパ各地で行っている。12月8日、ロンドンのバービカン・ホールで行われた回に行った。これはホールが主催するGreat Performersというシリーズの一環となっている。

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実はバルトリを実演で聴くのは今回でやっと2回目で、前回は90年代前半の来日公演だった。モーツアルトやロッシーニを主なレパートリーにする、ものすごい才能をもった若手歌手として盛んにプロモーションされていた頃で、趣味で声楽を習い始めていた私は、彼女のイタリア古典歌曲のアルバムにノックアウトされた。声楽初学者の教材の定番であるイタリア古典歌曲は手垢がついてしまっている感があるが、バルトリのみずみずしい感性で歌われた古典歌曲は、まったく違った芸術世界を構築していたのだ。その時から彼女は私にとって偉大なアイドルだ。もっとも、初めて聴いたときのバルトリはまだ20代の、可愛らしい声をした少女の面影を残す歌手で、お姫様のような裾の広がった古典的なドレスがよく似合った。そんな彼女が20年後には押しも押されぬスーパースターになって、アルバム「Sacrificium」ではアンドロギュノス的なイメージをふりまくまでになるとは思いもしなかった。

共演のバーゼル室内管弦楽団による「リナルド」前奏曲に続き、バルトリが舞台に登場する。アルミーダのアリア「Furie terribili」が今日の1曲目。よく指摘されるように声量はあまりないのだが、役に入りきる感情移入と、多彩な表現を可能にする声楽的テクニックは圧倒的だ。2曲目のアリア「Ah, crudele」に先立ち、レチタティーヴォ・アコンパニャートの「Dunque i lacci d'un volto」が始まると、まるで話している言葉がそのまま音楽になったかのような流麗さ。自分の一部となっている母国語に音楽をのせればいいのだから、イタリア人歌手は有利だけど、まるで名女優のように歌詞に感情と情念を込められる歌手は多くないだろう。この後に披露された様々な技巧的アリアのアクロバット的かつ完璧な歌唱もさることながら、このレチタティーヴォに感銘を受けた私は変わり者かもしれない。

休憩をはさんで後半は、いよいよフランコ・ファジョーリが加わって「ジュリオ・チェーザレ」の抜粋が歌われる。ファジョーリの最初の曲はチェーザレのアリア「Va tacito e nascosto」。狩の喇叭を模したホルン奏者を従えて、堂々の歌唱だ。

生で聴く彼の声はある種の女声アルトに似た印象を受けたが、時折りのぞく男性的な音色がスリリングだ。そして速いパッセージも楽々と歌いあげた2曲目の「Al lampo dell’armi」では、早くもブラボーの声が飛んだ。私が一番注目したのは「Dell’ondoso periglio… Aure, per pieta'」の、アリアの出だし「Aure...」で、永遠に続くと思われるような長く引き伸ばされた1音目の完璧なブレスのコントロールは、ただ者じゃなかった。

そして、バルトリとファジョーリはいつデュエットをやるかというと、最後までじらされて、プログラムの最後に「Caro!... Bella!... Più amabile beltà」が歌われた。バルトリがコンサート・ツアーの相手役に選んだだけあって、彼女がファジョーリに寄せる信頼と、ファジョーリがバルトリに対してもつ尊敬の念が感じられるようなデュエットだった。

バルトリの舞台での存在感は神々しいまでで、なんというか、女神の域に達している。そして80年代生まれ(!)という若いファジョーリは、実年齢のはるか上をいく完成度で、この先どんな歌手になるのだろうかと楽しみというよりは、末恐ろしい感じだ。フランコ、おそろしい子!
(by「ガラスの仮面」の月影先生)。

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↑カーテンコールにこたえる女神とおそろしい子。

なおフランコ・ファジョーリの最新情報は、アルチーナさんのブログに詳しい。

【プログラム】

Handel and his Rivals

Handel Ouverture from Rinaldo
Handel 'Furie terribili' from Rinaldo
Handel ' Dunque i lacci… Ah, crudele' from Rinaldo
Handel ' Scherza in mar' from Lotario
Veracini Ouverture No 6 in G minor - Allegro
Handel ' Ah, mio cor', from Alcina
Porpora Ouvertures from Cantatas Gedeone' and 'Perdono, amata Nice -

Adagio – Spiritoso andante – Allegro
Handel ' Ah, che sol per te, Teseo… M’adora l’idol mio' from Teseo
Handel ' Mi deride… Desterò dall’empia Dite' from Amadigi

Handel Scenes from “Giulio Cesare in Egitto”
Ouverture
' Va tacito e nascosto'
Sinfonia 'Il Parnasso'
'V’adoro pupille'
' Al lampo dell’armi'
Che sento, o dio… Se pietà'
'Dell’ondoso periglio… Aure, per pieta'
Da tempeste
'Caro!... Bella!... Più amabile beltà'

Kammerorchester Basel
Cecilia Bartoli mezzo-soprano
Franco Fagoli Countertenor

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by bonnjour | 2010-12-08 11:44 | 旅する
ショルとジャルスキーがロンドンでパーセルを歌った
日々の雑事に心を奪われているうちに半年あまりブログの更新をさぼってしまった。はじめ9月に予定されていたドイツへの引っ越しは土壇場になってから来年に延期になり、まだデンマークにいる。夏休みにはドイツ・スイス・フランスへの列車の旅、秋には日本への里帰りと台湾食い倒れ一人旅、そして日本からデンマークに戻る途中ではイスタンブールに立ち寄って(日本行きのチケットを探したらトルコ航空が一番安かったのだ)壮大なモスクに圧倒された。今年はなんだかふらふら旅行ばかりしていて、大反省である。でも記憶が薄れないうちに、後付けではあるが空白の半年のサマリーをブログに記録しておかねば、なんて今さらのことを考えている。

で、気を取り直して最新のコンサートの感想など書いてみたい。

今、ロンドンに来ている。アンドレアス・ショルとフィリップ・ジャルスキーが組んだ、ヘンリー・パーセル作品だけを集めたジョイント・コンサートと、チェチーリア・バルトリが新星カウンターテナーのフランコ・ファジョーリを伴って開く「ヘンデルと彼のライバルたち」という面白そうなプログラムを聴くためだ。この二つの公演、嬉しいことに1日違いで、場所も同じバービカン・ホールだ。バルトリの公演はショル&ジャル組に比べてチケットがかなり高いのは、彼女の人気や知名度を考えると仕方ないこと。この機会を逃してなるものかと、今年2月に早々と両方のチケットを買ってしまった。

で、今日はカウンターテナー界の人気者2人が組んだパーセル・プログラムに行ってきた。ドイツ人とフランス人のカウンターテナー歌手が、フランスを主な活動の場とするバロック・アンサンブル(ジャルスキーが音楽院仲間と結成した「アンサンブル・アルタセルセ」を伴って、イギリス音楽史の至宝ともいえるパーセルの曲をロンドンで(!)歌うという、意欲的な企画だ(なお、同じプログラムでヨーロッパ各地をツアーすることになっており、今日が初日)。

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結論からいうと、二人の歌手の互いに大きく異なる音楽的スタイルや声質が、パーセルという英語のレパートリーを得て、非常に面白い化学反応を起こしたと思う。プログラム構成は、器楽曲をところどころにはさみながら、ショルとジャルスキーのソロおよびデュエット曲をつなげていく形。ソロ曲は温かさと深みのあるアルトの声のショルと、澄み切って流麗な声(声域はメゾソプラノに該当する)をもつジャルスキーの個性を生かした選曲で、デュエット曲ではこの二つの声が取り合わせの妙ともいうべき素晴らしいハーモニーを生み出した。カウンターテナーというニッチな世界では超ビッグネームである二人の歌手を組ませたキワモノの企画かと思いきや、二人の音楽に対する真摯な思いが伝わってくる、きわめてまっとうなプログラムだったのだ。アンサンブル・アルタセルセの演奏も好演だった(バロック・ヴァイオリンの超絶技巧プレイヤー、アレッサンドロ・タンピエーリが演奏の合間に合唱に加わった1曲では、彼が素晴らしい声をもっているのに驚いた。多才な人だ)。

この企画に関しては昨日(12/6)のGuardian紙にショルとジャルスキーの興味深いインタビュー記事が載っている。それによると、二人で共演するという話は2年前にショル側から出て、コンサートのテーマにパーセルを提案したのはジャルスキーということだ。プログラムを組んだのもジャルスキーで、最終版ができるまでに10通りの案を考えたとのこと。プログラム全体を通して一つのドラマが表現されるような、巧妙な構造になっているのはさすがだ。

これもGuardianの上記記事からだが、ショルは以前、あるインタビューで「カルメンを歌ってみたいな」と言ったそうだ(じっさい、彼はドミニク・ヴィス、パスカル・ベルタンと組んだオムニバス盤でカルメンの「ハバネラ」を歌っている。とても端正で清潔な感じのするジプシー女だった)。その話をきいてジャルスキーは「なら僕がミカエラを歌うよ」といって爆笑。音楽の可能性は果てしないのだ。

そしてプログラムの一つであるデュエット曲「My dearest, my fairest」に関しても触れている。この曲はラブソングであり、男二人で歌うのはちょっとアブナイ感じがする。しかし、ステージで歌うときに「My fairest」と呼びかける相手は必ずしも共演者でなく、聴衆に対しての呼びかけであってもいいではないか、というのが彼らの解釈だ。それにこの曲を女声の二重唱で歌うケースは多くて、それは何の抵抗もなく受け入れられている。なぜ女声がよくて男声だといけないのか、というのは私たちの中にあるジェンダーの固定観念への疑問になるだろう。

さて、今夜のコンサートで残念だったのは、ショルがどうも風邪をひいているようで、コンディションが最悪だったこと。声に張りがないし、ブレスの際にゼイゼイするような音が聞こえたうえ、思わず咳払いする一瞬もあり、無事に歌い終えてほしいと祈るような気持ちになってしまった。生身の人間だから身体の不調はいつやってくるかわからないが、早く治して次のコンサート地ではベストの体調で歌ってほしいものだ。

ジャルスキーはいつものように非常によく通る声でデリケートな歌唱をきかせてくれた。なかでもNow That The Sun Has Veiled His Light (An Evening Hymn)は、最後のリフレインのHallelujahがとても印象的で、出色の出来だったと思う。プログラムの流れをさえぎって大きな拍手がわいたのもうなずける。

ショルはアンコールのCold song(King Arthurより)がとても迫力があり、ブラボーの嵐になった。私がこの曲を初めて聴いたのはクラウス・ノミの録音で、いうなれば自分の中では独特の色が付いちゃっているのだが、もちろんショルの歌唱はスタイルの面でも声質の面でも(ついでにテクニックも)ノミ版とは異なる。とはいえ、同じドイツ人歌手という点で、ショルがこの曲を取り上げると誰しもがノミに言及したくなるのかもしれない。

↓クラウス・ノミ版のCold Song


アンコールはショルのソロが1曲、ジャルスキーのソロが1曲、最後に二人のデュオが1曲と、バランスを考えた選曲(曲目は下記参照)。デュエット曲の「Hark! How the songsters of the grove」は、ちょっとした歌合戦的な演出がしてあって、笑わせてくれた。ショルがバリトンの声域で歌った一節はなかなかの出来。ジャルスキーも途中で一瞬、バリトン声域に降りてきたが、「カウンターテナーっていう天職が見つかってよかったね」と思わせる声なのはご愛敬だ。

会場ではブログでお付き合いさせていただいているロンドン在住のdognorahさん椿姫さん、そして日本からいらしたgalahadさんなど、沢山の方と直接お目にかかることができたうえ、今年5月にマドリッドのテアトル・リアルで知り合ったフランス人マダムCさんおよびMさんとも偶然会っておしゃべりができて、とても楽しかった。

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追記:パリで12月11日に開かれる同じプログラムのコンサートのライブ録音を、フランスのラジオ局radio franceが1月3日に放送する予定で、局のウェブサイトでも聴ける。ただし通常は可能なオンデマンドの再放送が、この録音に限っては行われないため、ご注意。

日時:2011年1月3日(月) 12:30-14:00 (フランス時間)*日本では1月3日20:30-22:00
放送局:france musique (radio france)
番組名:Concert de midi et demi


【プログラム】

Overture: Bonduca
Hark how the songsters of the grove - Duet
Fairest isle - Philippe Jaroussky
Strike the viol - Andreas Scholl
Hark, hark each tree - Duet

Abdelazer suite (overture + autre pièce + célèbre rondeau )

In vain the am’rous flute - Duet
Now that the sun - Philippe Jaroussky
One charming night - Andreas Scholl
Sound the trumpet - Duet

***** Interval *****

Overture: Fairy queen
Bid the virtues - Philippe Jaroussky
Either this way - Philippe Jaroussky
Sweeter than roses - Andreas Scholl
O solitude - Andreas Scholl

Suite - Fairy Queen

My dearest, my fairest - Duet
Music for a while - Andreas Scholl
O let me weep - Philippe Jaroussky
Now the night - Duet

***** Encore *****

"What Power art thou (Cold song)" from King Arthur - Scholl

"See even night herself is here" - Jaroussky

"Hark! How the songsters of the grove" from semi-opera "Timon of Athens" -

Duet

Ensemble Artaserse
Andreas Scholl countertenor
Philippe Jaroussky countertenor

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by bonnjour | 2010-12-07 13:50 | 旅する