B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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美しいものや変わったもの、美味しいものを追いかけるのが好きです。日々の生活で接した、そうしたものへの感想を綴っていきます。過去の記事であってもコメントは大歓迎です。メールはこちらにどうぞ。
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進化する「アルタセルセ」-演奏会形式の公演をネットラジオで聴く
誰もが忙しい大晦日に、こんなエントリーでもないと思うのだが、忘れないうちに書いておく。

日本時間の本日未明にスイス・ロマンド放送のクラシック専門局Espace2で、レオナルド・ヴィンチ作曲のオペラ「アルタセルセ」の、演奏会形式の公演(11月25日、ローザンヌ歌劇場にて収録)がオンエアされた。それに先立つ11月6日と8日に、私はナンシー歌劇場でこのプロダクションのフル・ステージ版を見ているのだが、演奏会形式はまた違った意味で面白いぞという話を、各地の公演(ウィーン、ローザンヌ、パリ、ケルンを巡回している)に行った人々から聞いていたので、大きな興味をもってリアルタイムで聴いてみた。
キャスト
Artaserse: Philippe Jaroussky
Mandane: Max Emanuel Cencic
Artabano: Daniel Behle
Arbace: Franco Fagioli
Semira: Valer Barna-Sabadus
Megabise: Yuriy Mynenko

Concerto Köln
Direction musicale: Diego Fasolis

まず、フル・ステージ版に比べて全体的にスピードがますます速くなっているのに驚いた。バロック式の重い衣裳や鬘を脱ぎ捨てたら、身軽になったというわけでもあるまいが。演奏会形式にするにあたり、出演者ひとりにつきアリア1曲を割愛し、レチタティーヴォも大胆にカットしていることもあり、コマ落としのようにストーリーが進んでいく。この作品はもともと、カストラートの大スターたちを勢揃いさせて独唱を競わせるような作りになっており、アルバーチェ(ファジョーリ)とマンダーネ(チェンチッチ)による3幕目の感動的な二重唱を除き、すべてが独唱曲なのだが、レチタティーヴォをかっ飛ばしてアリアが次から次へと出てくるさまは、ケルンで演奏会版を見たレイネさんが「白白歌合戦」と形容した通りである。

この様子は、ウィーンでの演奏会形式上演を報じた「ル・モンド」紙2012年12月10日付記事でも触れられているので、ご紹介しよう。

「ウィーンで上演された(後日、パリでも上演される)演奏会形式のバージョンは、大幅にカットされている。カウンターテナーたちは各自が一曲ずつアリアを削られ、レチタティーヴォも短縮された。とはいえ心配は無用だ。情熱的で流麗かつこまやかなディエゴ・ファゾリスの指揮のもと、熟練の音楽家集団であるコンチェルト・ケルンが奏でる音楽に乗って、すべては稲妻のように駆け抜ける。高音で歌う我らが歌手たちは、名人芸を互いに競い合う。」(以上、拙訳)

そして装飾音とカデンツァが、先行発売されたディスクやフル・ステージの演奏から進化している。こういう実演は生もので、どんどん変化していくというが、まさにその通りだ。中にはとても面白い装飾音やカデンツァを付ける人もいたので(ジャルスキーとかファジョーリとか)、あとでスコアを見ながら(手稿譜を写真に撮ったものなので、ウルトラ見にくいが)じっくり聴き返してみたいと思う。

個々の歌手の声そのものについては、あまり断言ができない。それというのもネットラジオの音質が非常に悪くて、音がくぐもるうえに高音部に変な歪みがあった。このネット放送はビットレートが128kbp(mp3, rm)ということなので、音質はそれほど劣悪ではないはずなのだが、受信者つまり私の問題なのかもしれない。ケーブルテレビ経由のブロードバンド接続を、家庭用の無線LANルーターで階下から2階に飛ばしているのだが。

しかし音質がいまひとつの中でも、歌手どうしが良い意味でのライバル意識をかきたてて、歌唱がどんどん上向きになる現象は見てとれた。例えば、ファジョーリ演じるアルバーチェとジャルスキーのアルタセルセという親友コンビがレチタティーヴォで対話するときに、ディスクやフル・ステージの舞台ではやらなかったような高音の装飾音をそれぞれ付けていて、おっと思った。ちょっと不自然なほどの装飾音だったので、もしかすると往時のカストラートたちの歌合戦状態を戯画化したのかもしれないが。

さて、この企画そのものについて。

アムステルダム在住の熱心な音楽ファンであるPさんが、千秋楽(12月27日)のケルンで、このプロダクションをナンシー歌劇場と共同製作したParnassus Arts Productionsの代表、ジョージ・ラング氏に聞いたところでは、カウンターテナーが5人も出る男性だけのオペラ公演というコンセプトに、多くの歌劇場が尻込みして、最初は制作パートナーを探すのに苦労したそうだ。その困難を乗り越えてヨーロッパ・ツアーを成功させた手腕に敬服する。Parnassusには、今回の配役の大半の歌手たち(チェンチッチ、配役中唯一のテノールをダブルキャストで務めたベーレとフアン・サンチョ、最近移籍したファジョーリ、そしてミネンコ)が所属しており、アーティストのラインナップをみるとカウンターテナーに大変に強い事務所であることがわかる。

レイネさんがブログですでに書いている通り、このプロダクションは2014年にヴェルサイユ(3月、フル・ステージ)とアムステルダム(5月、演奏会形式)が再演が決まっているので、さらに進化したアルタセルセ2.0みたいのが聴けるのではないかと楽しみだ。

また、今回のプロダクションのアーティスティック・コンセプトとキャスティングは、マンダーネというスカート役を熟達した「声の演技」で演じきったチェンチッチが兼務で担当しているが、これだけの歌手を適材適所に配置した慧眼とプロデュース力に敬意を表したい。指揮者とオペラ歌手の両親のもとに生まれ、ウィーン少年合唱団では子供離れした圧倒的な歌唱力でソリストを務めた彼だが、将来の夢はオペラのプロデューサーだときく。それに向かって着実に歩みを進めているのがよくわかる。ローザンヌ公演に先立っては、地元のテレビ局の文化ニュースに出演して宣伝に努めていた(彼が流暢なフランス語で、しかし外国語であるからかちょっとためらいながら話す様子には萌える)。
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by bonnjour | 2012-12-31 11:26 | 聴く&観る
季節のご挨拶
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季節のご挨拶を申し上げます。
欧州に移住した2004年のクリスマスに開始してからというもの、最近は長期間放置プレイしたり、思い出したように更新してみたり、むらのある当ブログですが、細く・長くをモットーに来年も綴り続けていきたいと思います。これからも、よろしくお付き合いいただければ幸いです。

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Natitvity, Lorenzo Costa, Musée des Beaux-Arts, Lyon, France
みどり児のキリストが愛らしすぎる、ロレンツォ・コスタ(1460 - 1535)の聖家族図。
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by bonnjour | 2012-12-25 02:09 | 暮らす
サイバー空間のWunderkammer(驚異の部屋)
才気煥発なブログでいつも皆を楽しませてくれているgalahadさんが先日、ドイツの新聞Der Tagesspiegel に載った興味深い記事をリツィートしてくれた。Deutsche Digitale Bibliothek(DDB)のベータ版がオンライン公開(2012/11/28)されたというニュースだ。DDBは、ドイツ国内の様々な図書館、博物館、文書館、フィルムライブラリーなどのデジタル化資料(本日現在で1,886の機関から集められた約560万点)を一元的に提供するポータルサイトで、それらを欧州の電子図書館ポータル「Europeana」(収録資料数:2,000万点)へ提供するアグリゲーターの機能も担っている。

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↑ Deutsche Digitale Bibliothekのトップページ。



↑ Deutsche Digitale Bibliothekが作成した紹介ビデオ。英語版が作られていることからも分かるように、ドイツのデジタル化資料一切を取りまとめるポータル・サイトとして、外国からの多数のアクセスも想定しているようだ。

Tagesspiegelの記事では、このポータルを21世紀のWunderkammer(驚異の部屋)と表現して、その取り組みを紹介するとともに、現在の課題についても述べている。課題というのは、著者の死後70年以上経ち(著作権保護期間を死後70年とするのが欧州の趨勢)パブリックドメインになった資料以外は、デジタル化して収録・公開できないことで、20世紀の著作物の多くは、現時点では対象からもれてしまう。また一方では、ビジネスの世界でGoogle Booksが700万冊以上の現代の出版物をデジタル化している現状があり、電子図書館という公的サービスと商用サービスの間の利益の衝突という問題がある。

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Das Museum des Ferrante Imperato, 1599

さて、ここで電子図書館に擬せられている驚異の部屋とは、諸国から取り寄せた珍品を集めた博物陳列室で、15~18世紀にヨーロッパで流行した。ドイツ語のWunderkammerのほか、フランス語のCabinet de curiosités(珍品陳列室)という名でも知られる。つまり、現在の博物館の祖先みたいな存在で、そのはるか先の子孫が電子図書館というわけだ。王侯貴族にだけ許されていた「驚異の部屋」が、今では庶民の私でも、パソコンとネット環境さえあれば自分のものになるという飛躍的な「情報」と「知」の大衆化。いや、それだけに、気の遠くなるような大量の情報をかみ砕き、交通整理する指南役が必要になるわけだけど。

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図書館のデジタル・アーカイブ化は世界的な潮流だ。欧州では、上述のEuropeanaに各国の100以上の図書館や博物館が参加している。また米国では米国議会図書館が所蔵資料(総計1億4,000万点)のうち、米国の「歴史資料」をデジタル化・ウェブ公開したほか、文書、写真、動画等、1,500万点をデジタル化済みである。

そして日本の国立国会図書館でもプロジェクトが進んでいる。国会図書館が1968年までに受け入れた戦前・戦後の刊行図書、議会資料、法令資料、児童書のうち、約89万点がデジタル・アーカイブ化されており、著作権処理済みの約32万点はインターネットで閲覧できる。また、雑誌のデジタル化も行っており、現在、所蔵する雑誌のうち約102万点(約1.1万タイトル)が収録されている。

というわけで、国立国会図書館の当該サイトには、下記のようにデジタル化資料のアクセス数ランキングが載っている(2012/12/22 23:00閲覧)。

1位 古事記. 上
2位 エロエロ草紙
3位 最近朝鮮事情

お堅い国立図書館のサイトに2位の「エロエロ草紙」(酒井潔著、竹酔書房刊、1930年11月発行)というタイトルが異彩を放っているので、早速見にいった。1930年(昭和5年)といえば、「エログロ・ナンセンス」のアングラ文化が花盛りだった時代。著者の酒井潔(1895 - 1952)は、魔術・秘薬・性愛に関する文献の収集家にして個人誌「談奇」の発行人。エロエロ草紙という刺激的なタイトルの割には、アート的なヌード(絵、写真)や海外の艶笑譚の翻訳、恋人との週末旅行の作法指南など、インテリで上品な内容ではないか。内容そのものに(*´Д‘)ハァハァするというよりは、太平洋戦争前の、日本が平和でのどかだった時代の性風俗を垣間見るという、文化史的な面白さを感じるコンテンツである。

これも、一種の日本版Wunderkammerかも、ね。
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by bonnjour | 2012-12-23 00:38 | 読む
好きな夢を見る方法
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"Flaming June" by Frederic Leighton
私はプロのカウンターテナー歌手として、ケルン歌劇場で上演されるオペラ「アルタセルセ」(レオナルド・ヴィンチ作)の舞台に立とうとしている。間もなく開演なので、出演者一同には緊張が走る。

そこに当日の控えの歌手であるK氏(実在の人物)が現れて、「それで、君の役はどれなの?」と聞いてきた。私は一生懸命に記憶をたぐるが、頭の中が真っ白になってしまった。ややあって、「ああ、そうだ。今夜はドン・ジョバンニを演るんだった」と思い出し、「ツェルリーナ!」と返事した(このあたりの矛盾が、夢である所以)。

場面は変わり、舞台では「ドン・ジョバンニ」でなく「アルタセルセ」が進行中である。私の、ほんの数10センチ先には恋人同士を演じるフランコ・ファジョーリとマックス・エマニュエル・チェンチッチが向かい合っている。二人は二重唱「Tu vuoi ch'io viva o cara」(愛するひとよ、君は僕に生きろというけれど)を歌い始めた。まさに天国的なハーモニー。こんな至近距離でこの曲を聴けるとは、なんと幸せ者であることか。私は、自分自身がキャストの一員であることも忘れて、デュエットに聴き入るのだった。



先日、冗談に「今夜は夢の中でフランコ様に会うからね」と宣言してみたが(ファジョーリの実演を先月ナンシー歌劇場で聴いて衝撃を受けてから、にわかファンになった私である)、もちろんかなわなかった。それが昨夜、本当に実現して、ちょっとうろたえている。眠りにつく直前まで、「アルタセルセ」のケルン公演に行ってきたばかりのブログ友の報告を、同好の士とともにTwitterとFacebookで見聞きして興奮していたので、どうやらそれが夢に反映されちゃったらしい。夢にしては妙にリアルな音と映像であった。しかし、最初はカウンターテナー(=男性)であったはずの自分が、途中からツェルリーナ役(=女性)に性転換するのは、やっぱり自分の性自認は女性ってことなんだろうな。

好きな夢を見る方法、というのがあるらしい。

いわく、「自分は今、夢を見ている」と自覚できる「明晰夢」(lucid dream)を見ること。寝る直前に、見たい夢に近い写真や映像を見ること。夢を思い出す訓練をすること。見た夢を記録しておく「夢日記」を付けること、等々。

このうち、「明晰夢」以外はすべて自分に当てはまりそうなので、これは見るべくして見た夢だといってよいだろう。

夢を思い出して記録することについては、小学校に上がる前に見た、怪奇的でシュールな夢が最も古い記憶だ。あまりにも印象が強烈だったので、折に触れて思い出し、それが記憶に定着した。
私は近所の薬局の前に設置された、お気に入りの遊具に乗っている。10円玉を入れると、動物の形をした電動の乗り物が上下に揺れるという例のやつだ。ところが突然、乗り物の台がパカッと開いて、地下から数体の骸骨が躍り出てきた。ママー、助けて、怖いよう ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル。

この夢には理由があって、その日の昼間、私は百科事典に載っている古代の埋葬の発掘写真を見せられたのだ。そこには踊ったような形をした骸骨があった。古代人だけでなく、人間は誰でも死ぬとそのような形になることを知った。「死ぬ」というのは、幼稚園で毎日唱えさせられるカトリックの「天使祝詞(=アヴェ・マリア)」に「天主の御母 聖マリア、 罪人なるわれらのために、 今も臨終の時も祈り給え」という一節があり、その「りんじゅう」というのが「しぬ」ことなのだと教えられていたが、「しぬ」ことを視覚化したのは、その発掘写真が最初である。地中から骸骨が湧いて出て、骨をガシャガシャいわせながら踊るなんて、幼稚園児が見るには生々しすぎる夢。まさにDanse Macabre(死の舞踏)の風景だった。ちょうど、下の絵のような。

どうせなら、死の舞踏ではなく、昨夜のような天国的なデュエットの夢を見たいものである。だから、寝る前に見る映像は厳選したい。
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"Dance of Death" by Hans Holbein the Younger
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by bonnjour | 2012-12-19 06:09 | 暮らす
師走のくそ忙しい時期にいい度胸だ、の台湾旅行記:その4 先住民の里で温泉にどっぷり浸かる
台湾旅行も最終日となった。旅の疲れ(遊び疲れというやつだ)を癒すべく、台北の東南方28キロに位置する温泉地、烏来(ウーライ)にやってきた。地下鉄の終点からバスに乗ること30分あまりで温泉郷の入り口に到着する。烏来は台湾の先住民族のひとつ、タイヤル族の里で、ウーライとはタイヤル語で「湯気の出ているお湯」を意味するという。イギリスのバースや、ドイツのバーデン・バーデンと同系統の地名かも。

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渓谷があり、川の両岸に温泉宿が立ち並ぶ様子は日本の温泉地と同じ。上の写真では、崖の上のひときわ高い場所に川を見下ろすように西洋風のファサードが見えるが、それが天主堂(キリスト教会)だったので驚いた。台湾の人口に占めるキリスト教信者の割合は4.5%(日本は1パーセント前後)で、とりわけ先住民族にはキリスト教が浸透しているという。

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↓ まずは昼食をと思い、タイヤル族のオーナーが経営している伝統料理を出す食堂に入る。
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頼んだのは奥から時計回りに、川魚と川エビの揚げ物、竹筒に入れて蒸したご飯、檳榔(ビンロウ)の花の和え物、金針菜(キスゲのつぼみ)の炒め物。それに小米酒(粟から醸造される爽やかな風味のお酒)をグラスで1杯。檳榔は、アルカロイドを含むその種子が台湾を含むアジア各地で噛みたばこのような嗜好品として消費されているが、檳榔の花には別に危ない成分は含まれていない。姫筍に似た歯触りで淡泊な味だった。特筆すべきは竹筒飯で、ご飯にほのかな竹の香りが移って絶品だった。

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タイヤル民族博物館(上の写真)を見学してから、ガイドブックで調べておいた「小川源」というクアハウス形式の温泉施設に行く。時間無制限で入浴料は300台湾ドル(約860円)。大きなバスタオル2枚とフェイスタオル1枚を貸してくれた。日本の温泉と同様、男女別になっており、水着を着けずに入るスタイルだ。内部は温度や仕掛けの異なる5つの浴槽があって、結局2時間くらい居座って、入る・出る・テラスに出て涼む、を繰り返してしまった。テラスからは川をはさんで対岸の旅館や川原に設けられた露天風呂(水着着用)が丸見えで、ここでバスタオル2枚が活躍したのである。

泉質は弱アルカリの炭酸水素塩泉で、驚いたことに入浴後はローションを付けなくても肌がしっとり、つやつやになった。近くにあれば、絶対リピーターになってしまう。

↓ 「小川源」の中の作りは日本の温泉旅館ソックリ。ちょっとレトロな感じがよかった。
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↓ 温泉郷の夕暮れ。見覚えのある、あのマークが。「温泉マーク」は日本統治時代に台湾にも紹介され、それがいまだに使われているそうだ。
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by bonnjour | 2012-12-17 19:14 | 旅する
師走のくそ忙しい時期にいい度胸だ、の台湾旅行記:その3 台北。建國假日花市&玉市で目の保養
熱帯に位置する台南から、首都台北に戻った。ここは気候区分でいうと亜熱帯。12月なので少し肌寒いが、動き回ると汗ばむ、そんな気候である。

週末にだけ開かれる花市と宝石市があるので、見物しに行った。建國南路というストリートのガード下で開かれるので「建國假日花市/玉市」という名前がついている。ちなみに「玉」(ぎょく)とは、翡翠をはじめとした美しい石の総称。翡翠には魔除けの力があると信じられているが、中華系の人々がこの宝石に寄せる情熱は、ただものではない。植物は検疫の関係で持ち帰れないし、勝手の分からない旅先で宝石を買うという冒険は避けているので、今回の目的は目の保養である。

↓ 途中で通過した「大安森林公園」。都心にぽっかりと空いたオアシスみたいな場所。
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↓ 公園で見つけた、南国らしい植物。こういうのを見ると、遠くに来た感じがする。
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↓ ガード下に見えてきた花市の入り口。
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↓ 熱心に品定め。
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↓ 鉢植えや苗だけでなく、種も売っている。何の違和感も感じなかったが、よく考えたら日本のディスプレイ用装置をそのまま使ってる?
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↓ こちらは玉市。ガード下といえど、会場はかなりの広さで、そこにびっしりと宝石屋や骨董屋が出店しているので、ちょっと目がくらみそうになる。本気で買うつもりの人は、ターゲットの店を絞ってるのかも。看板に「Holiday Jade Market」と英語が併記されている通り、外国人観光客率高し。
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↓ 呼び込みや声掛けは最低限の大変にあっさりした接客なので、私のような冷やかし客には最適。というより、あまり商売やる気なさそうなお店が多い(笑)。商品に値札が付いていないのは個別交渉ということか。こういうのは、関東人の私にはあまりにもハードルが高すぎる。
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by bonnjour | 2012-12-16 03:20 | 旅する
師走のくそ忙しい時期にいい度胸だ、の台湾旅行記:その2 古都・台南
高雄に1泊の翌日は、台湾でもっとも早くから開けた古都、台南へ。高速鉄道で15分という距離だ。ここは17世紀にオランダ人が占領した場所で、当時の遺跡が残っている。台南は、気候区分としては熱帯に属する。そのため、12月というのに日差しは強く、持ってきた夏服が活躍する。それなのに、地元の人は寒がりなのか、それとも冬服を着るのが楽しいのか、皆一様にジャケットやダウンを着こみ、マフラーまで付けているし、店には毛皮をあしらったセーターや、雪道によさそうな裏起毛のブーツなど、寒冷地仕様の服が並んでいる。不思議。

↓ 台南市街で一番古い史跡である赤嵌楼。かつてオランダ軍が建てた「プロビデンシャ城(紅毛城)」があったが、19世紀に地震で全壊し、同じ基台の上に廟が建てられた。
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↓ 清代の街並みが残る「神農老街」。商店街ではなく住居が立ち並ぶ街区だが、今ではオサレな画廊やカフェが軒を連ねる洒落たエリアになりつつある。
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↓ 神農老街にて。トリュフをテーマにした西洋料理のレストラン。トリュフ・オイルを使ったパスタとかなんとか…。値段が表示されていないけど、高そう。
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↓ 神農老街にて。植え込みや鉢植えの配置が(混沌が身上の台湾にしては)洒落てると感心したら、一般のお宅でなくアートの工房だった。なるほど。
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↓ これも神農老街。パンダがお茶しばいてる喫茶店。実は、なにかの撮影中。
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↓ 神農老街の突き当たりにあった住居兼店舗。何をする店なのか、いまひとつ不明。おじさんが、針金を真っすぐにする作業に勤しんでいた。その下にだらりと座るワンコ。軒下には籠に入った小鳥。アジア的な、のんびりした平和な風景だ。
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↓ 海安路という通りには「装置芸術街」と銘打って、アートな建物(というか、舞台装置みたいなもの)が並んでいる。街一番のトレンディなエリアだそうだ。
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↓ こちらはどうも、ただの廃墟らしい。舞台装置みたいで面白いけど。
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↓ 身体を浄化してくれるお茶。効能に惹かれて飲んでみたが、薬草臭かった。c0163963_42783.jpg

↓ こちらは、飲むと絶倫になるらしい?
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↓ お米屋さん。台湾で普通に食べられているのは日本と同じ、ふっくら丸いジャポニカ米。日本が台湾を統治する前は長粒のインディカ米が栽培されていたが、植民地を日本内地の食糧供給センターにするべく、日本人がジャポニカ米を持ち込んだ。時は流れ、現地での品種改良が進んだ結果、今では台湾オリジナルの品種が主流になったそうだ。
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↓ 生地問屋街。土地柄によって色彩や模様の好みが違うのが一目瞭然で、面白い。中華風の派手な薔薇柄の布などは、上手に使えばポップな小物が作れそう。
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↓ キャプション不要。
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by bonnjour | 2012-12-14 03:27 | 旅する
師走のくそ忙しい時期にいい度胸だ、の台湾旅行記:その1 常夏の国でゆるい休日
師走である。皆、訳もなく忙しくなる時期だ。そうではあるが、この時期の航空券の安さにつられて台湾に来ている。なにしろ羽田発・台湾の松山空港(市内にある交通の便のよい空港)着のチャイナエアライン便(よく事故を起こすので有名な会社だ)が、諸費用込みで2万8,000円というのだから、東京から京都あたりに行くのと変わりない。それに、骨に沁みいる寒さの冬の京都をふるえながら観光するよりは、常夏の国でゆるい休日を過ごすほうが気分転換になる。国内旅行と比べた場合の滞在費の安さは、言うまでもない。

航空券の安さには裏があった。なんと朝7時20分に羽田を出発する便だ。というわけで実家の最寄り駅を4時台の始発に乗って出発。始発が4時台にあるなんて知らなかったが、乗り合わせた人々は、釣り用の装束一式に身を固めたお父さん、終電に乗り遅れて始発まで待っていたとおぼしき若者、勤め人風(早番というやつか?)、等々。

新設された羽田の国際線ターミナルは初めて使ったが、噂通り、楽しそうな場所である。

↓ 羽田の朝焼け。
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台北・松山空港に着いて、地下鉄でターミナルの台北駅に移動し、そこから台湾高速鉄道(いわゆる新幹線で、日本の新幹線の車両技術を輸入したもの)で南部の港湾都市、高雄(Kaohsiung)まで移動するというコースだが、羽田出発が早かったので、現地時間の午後1時半には高雄に着いてしまった。時差は日本の1時間遅れだ。ホテルに荷物を預けて、さらにフェリーに乗って、海水浴場のある旗津(Qijin)まで出た。ここは高雄港を取り巻く砂州だが、地元の人が海鮮料理を食べにくるエリアとなっている。そこで遅めの昼食を取るのが今日のハイライトである。

↓ 懐かしいような水辺の風景。
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↓ こんなフェリーでたった5分で着く。フェリー代は約45円。
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↓ 観光地なので、東南アジアの香りがする観光用輪タクが客待ちしてる。
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↓ 魚屋さんみたいだが、海産物レストランの入り口。この店に来たのは、前回、前々回の旅行に続いて3度目。店選びに進歩がない私。
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↓ 陳列台に並んだ食材を選び、その場で調理法を指定して作ってもらうシステム。単語帳を持ってこなかったので調理法が指定できずあせったが、なんとかフィーリング(笑)で希望するものが出てきた。氏名不詳の魚(ゼラチン質を感じるこってりした白身魚)のあぶり焼き、牡蠣の天麩羅、アサリのバジル炒め。白飯は食べ放題。これとビール大瓶1本つけて日本円で約1,400円とは涙が出るほど嬉しい。
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↓ 海産物屋が大量に入居している土産物センター。なぜか北海道の塩鮭が人気。
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↓ 高雄市内に戻って、夜の「愛河」を散歩。日本統治時代(1895-1945)に運河として整備されたもので、今では河にかかる橋がライトアップされ、両岸には洒落たカフェやバーが軒を連ねるなど、観光名所になっている。
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↓ 泊まったホテルは「休息」という看板が示す通り、ラブホテル兼用。台湾では中級ホテル以下ではこの業態が多いらしい。予約サイトのBooking.comで評判がよかったので選んだ宿だが、フロントの若いお嬢さんたちはみな、英語が流暢で感じが良い。そのあたりが、海外からの旅行者が多いBooking.comの高評価のポイントかも。きっと日本語も上手だと思うが、海外で当然のように日本語を使うのは気が引けるので試していない。台湾は全体的に物価が安い割に、ホテル代だけは日本並みの高値をつけているが、ここは特別セール中で朝食付きで約3,400円という安さ。
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↓ ラブホ仕様だけあってベッドはキングサイズ、浴室はイタリア製らしき洒落たデザインの浴槽とシャワー金具。そのあたりの設備投資はしっかりしているらしい。イタリア製つながりで、朝食のコーヒーはセルフサービスだが、デロンギのマシンで淹れる本格的カフェ・ルンゴだった。・・・という細部に感心。ちなみに朝食で居合わせた他のお客さんは家族連れが多かった。
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by bonnjour | 2012-12-13 02:05 | 旅する
クロアチア語の教材。あるいは、恥ずかしい過去を発掘した話。
実家に置きっぱなしのガラクタや本を整理していると、自分の恥ずかしい過去を掘り返して、思わず赤面することがある。それは、中二病(中学二年生頃の思春期の少年少女にありがちな、自意識過剰やコンプレックスからくる一連の言動傾向)が炸裂している日記だったり、いっとき夢中になった趣味に関係する本や用具だったり、今では音信普通になっちゃった人とやり取りした手紙だったりする。

で、今回発掘した恥ずかしい過去とは、これ ↓ だ。
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セルビア・クロアチア語(と当時は呼ばれていた)の自習教材なんてマニアックなものを買った理由は、いたってありきたりだが、男がらみだ。もっとも、その当時夢中になった相手はクロアチアで生まれ、子供時代をイタリアで過ごしてまたクロアチアに戻り、その後北米に移住したというバックグラウンドの持ち主で、6カ国語を自由に話したから、私がこの難しそうなスラブ系言語を学習する必要はまったくなかった。しかし恋する乙女(笑)というのは、相手のことをもっと知りたい、そのためにはその人の母語を学んでみたいと思うものなのである。

写真左側の「Colloquial Serbo-Croat」という教材は、どうやら米国に行ったときに買ったものらしく、29.95ドルという値札が付いている。この種の本は、今ならAmazonで簡単に取り寄せられるが、当時は入手に時間も金もかかった。なので海外に出たついでに買いこんできたらしい(そのあたりの経緯は、すっかり忘れている)。右側の教材は、白水社が出している入門書の「エクスプレス」シリーズ。薄い本とカセット1本だけなのに定価4,700円とは高かった(調べてみたら、現在出ているCD付きの新装版は2,835円だ。なんだこのデフレぶり)。それにもかかわらず買ってしまった私は、よっぽどのぼせ上っていたようだ。

当時はクロアチア紛争が起きた頃で、その人も国に残っている親類縁者を救済するために忙しくしていた。そういう、歴史の大きな流れに翻弄されているオトコを見て、同情心のようなもので燃え上がってしまったというのも事実だ。

だが、女心と秋の空は、変わりやすい。何かの拍子に熱が急速に冷めるとともに、クロアチア語教材も無用の長物になって書棚の奥に仕舞い込まれた。結局、覚えた言葉は「こんにちは」「ありがとう」「これは犬ですか。いいえこれは猫です」だけである。情けない!

なお、これらの教材が作られた時点では、まだユーゴスラビア連邦が存在しており、言語も「セルビア・クロアチア語」と呼ばれていたが、あの不幸な内戦を経て国は分裂し、本来、差異が極めて小さく、使用文字だけが違っていた(セルビア語:キリル文字、クロアチア語:ラテン文字)言語が、政治的理由から別々の言語として扱われるようになった。言語の境界を決めるのは政治であるという悲しい実例だ。

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Map of former Yugoslavia with division of Bosnia-Herzegovina. June 2006 Author: Paweł Goleniowski


ところで、裏声ブラザーズが総出演する女人禁制オペラ「アルタセルセ」(レオナルド・ヴィンチ作)を、ケルンおよびパリでご覧になる同好の士の皆さんに業務連絡。このオペラで主要な役を演じ、今回のプロダクションのプロデューサーでもあるマックス・エマニュエル・チェンチッチは、ウィーン育ちとはいえ、クロアチア出身だ。終演後のサイン会のときにでも、彼にクロアチア語で挨拶したら点数アップするかもしれない。

教材が必要な方は当方までご連絡を。ただし音声教材はカセットテープのみ。

↓ YouTubeには個人が投稿したクロアチア語学習用クリップも色々上がっている。

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by bonnjour | 2012-12-01 17:47 | 暮らす