B的日常
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ドイツ、デンマーク、フランス(一瞬)と、流浪の生活を約10年。昨年秋にポーランドに流れ着く。音楽、美術、風景、食べ物など、美しいものや変わったものを追いかけて味わうのが好き。
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『モーツァルトとナチス-第三帝国による芸術の歪曲』を読む
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モーツァルトとナチス-第三帝国による芸術の歪曲』(エリック・リーヴィー著、高橋宣也・訳、白水社・刊)。神に愛された天才モーツアルトと、極悪非道の象徴のようなナチスの名を並べたタイトルからして、興味を惹かれる。昨年の12月に日本語訳が刊行されたこの大著を読んでみた。

【目次】
第1章 プロローグー1931年モーツァルト・イヤー
第2章 ドイツ人モーツァルト
第3章 モーツァルトとフリーメイソンーナチスに不都合な問題
第4章 モーツァルトをアーリア化する
第5章 モーツァルト・ディアスポラ
第6章 「真に人道主義的な音楽」-亡命者たちのモーツァルト
第7章 モーツァルト上演とプロパガンダーオーストリア併合から大戦終結まで
第8章 ドイツ帝国主義に利用されるモーツァルト
第9章 エピローグーナチスの遺産

内容を一言でいえば、国民の心を操縦するために巧みに芸術を利用したナチスが、あのワーグナーばかりかモーツァルトまで使ってアーリア民族の優越性を宣伝していた、というあまり知られていない事実を考察したもので、オーストリア併合(1938年)以前から第二次世界大戦後に至る時間枠の中で、膨大な資料を使った検証が行われている

モーツァルトはドイツではなくオーストリア人(正確には、大司教領だったザルツブルク出身)で、ナチスが忌み嫌うフリーメイソンの会員であり、あろうことか代表作はユダヤ人台本作家(「フィガロ」「ドン・ジョバンニ」「コジ・ファン・トゥッテ」のロレンツォ・ダ・ポンテ)とのコラボレーションである。そんな人物をナチスのプロパガンダに使おうというのだから、音楽学者を総動員して牽強付会、事実歪曲、言語道断、笑止千万な(四字熟語は続くよ)情報工作を行い、モーツァルトをアーリア文化の権化にする必要があった。

例えば、憎きユダヤ人ダ・ポンテが台本を書いたイタリア語オペラはドイツ語訳で上演された。もっとも、ドイツの歌劇場ではイタリア語オペラの母国語上演は18世紀以来の伝統だったのだが、都合が悪いことに、最も出来がよく普及しているドイツ語訳はユダヤ系指揮者の手によるものだった。そこで、ドイツ人による「アーリア」的なドイツ語訳を作成するプロジェクトが生まれた。もう、ドタバタ騒動といってよいではないか。

その一方、ナチスに国を追われたユダヤ系音楽家たちにとっても、モーツァルトは人道主義や啓蒙主義の象徴として心の支えだった。彼らはナチスによるモーツァルトの歪んだ政治利用を糾弾する。例えば、ドイツが1938年にオーストリアを併合する前のザルツブルク音楽祭では、ナチスに迫害され国外脱出を強いられたドイツ系ユダヤ人指揮者ブルーノ・ワルターの振るモーツァルトが、反ナチス運動の象徴のようになった。

げに恐ろしきは、人類共通の財産であるべき芸術作品を、厚顔無恥にも政治利用する人々の存在である。それはナチスの専売特許ではない。今も、どこかでその企みは行われているはずなのだ。だからこそ、この本は単に近代史の一エピソードを掘り下げただけでなく、将来に向けての警鐘と捉えることもできるだろう。

そういう意味では、この本で最も読み応えがあるのは第9章のエピローグだ。そこでは第二次世界大戦後に、モーツァルトがドイツ人でなくオーストリア人として捉えられるようになったこと、その背景にはオーストリアが戦後になって、往時のナチズムへの加担という問題と決別する必要があったことが語られる。そして、作者が「不穏な継続性」と表現する、オーストリア併合後のナチスによるモーツァルト利用に加担しながら、戦後もちゃっかりとオーストリアの文化界を牛耳った人物たちの存在。

オーストリアはナチスに協力したのではなく犠牲者だったというポーズを外に向けて取りながら、人道主義の象徴として国のブランド・イメージに利用されるのも、またモーツァルトなのである。そして21世紀に入り、さらにモーツァルトはヨーロッパ統合の象徴としても使われるようになる。困ったときのモーツァルト頼みというか、汎用性抜群の超優良ブランドというか…。

著者のエリック・リーヴィー(Erik Levi)はロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校音楽学科准教授。ケンブリッジ、ヨーク大学、ベルリン音楽大学で音楽を学んだ。専門は20世紀ドイツ音楽。その傍ら、オールドバラ音楽祭やBBOの録音で伴奏者を務めたり、『BBCミュージック・マガジン』でCDレビューも担当するなどマルチな活躍をしているという。苗字が示す通り、ユダヤ系と思われるが、色々な場面でナチスの影響が顔を覗かせる20世紀ドイツ音楽を専門分野としているのは、そんなバックグラウンドも影響しているのかもしれない。
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by bonnjour | 2013-03-10 10:43 | 読む
シドニー・モーニング・ヘラルド紙のジャルスキーのインタビュー記事
今年初めから長期休暇を取って充電中のフィリップ・ジャルスキーだが、今月は例外的にオーストラリアのシドニーとメルボルンで、ポール・ダイアー率いるオーストラリアン・ブランデンブルク・オーケストラと共演するコンサートが予定されている。

それに合わせ、現地紙シドニー・モーニング・ヘラルドに本日付でジャルスキーのインタビュー記事が掲載されたので(下の写真はオンライン版のスクリーンショット)、拙訳でご紹介する。よく対比される往年のカストラートと現代のカウンターテナーとの本質的な違い、カウンターテナー・ボイスにまつわるセクシュアリティの問題、カウンターテナーで歌うことの魅力など、大変に興味深い内容だ。そして、人気歌手ジャルスキーにこぞって手編みマフラーをプレゼントする中年女性軍団(笑)のエピソードなど、ちょっと風刺がきいていてニヤリとしてしまう。

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シドニー・モーニング・ヘラルド紙
2013年3月9日

「大の男をすすり泣かせる音域」

Kathy Evans記者


「芸術のために苦しむ」という言葉は、昨今では言い古された表現かもしれない。しかし300年前にタイムスリップすれば、この言葉が実際に何を意味するかを、身の毛もよだつ、生々しい描写を交えて事細かに語ってくれる少年たちが沢山いることだろう。

簡単にいうと、前途有望そうな美声に恵まれた少年たちは、もぐりの理髪店に連れていかれ、そこで阿片を飲まされて、温かい浴槽に浸かりながら去勢された。その成果は(ごく一部の幸運な者たちに限るが)、現代のロック・スターもかくやと思われるキャリアだった。彼らカストラートはヨーロッパの主要なオペラハウスを巡業し、バリー・ギブ(訳注:ビージーズのメンバーで、ファルセットの高音で歌うことで有名な英国の歌手)並の、甲高い奇妙な歌声で高額の出演料を思うままにした。彼らは、まさに当時のディーバといえる存在で、癇癪持ちでしばしば感情を爆発させ、法外な要求をすることで有名だった。そんなカストラートを熱愛する女性ファンは山のような贈り物をして、絶賛の言葉をささやいたのである。

フィリップ・ジャルスキーのキャリアには、カストラートのそれと重なる部分が少なくない。彼は世界中のコンサートホールに送迎付きで登場し、その澄み切った天国的な声と、少年の面影を残す美貌に聴衆はうっとりとし、ファンたち(とりわけ中年女性)はプレゼント攻勢を仕掛ける。中でも多いのはチョコレートと、彼の名声を築いた喉を守るための手編みのマフラーである。「これは、ナルシスト向きの仕事です」と彼は認める。しかし、幸いなことにカストラートとの類似点は、そこまでだ。このフランス人カウンターテナーの声は、すべて天然に生み出されたもので、苦痛はまったく不要だった。

「最高の芸術性を発揮するために、苦しい人生を送る必要はまったくないと思います」。彼は、アクセントの強い、驚くほど低い声でそう言ったが、カストラートになるための恐ろしい去勢がその歌唱に優位性を与え、それは現代では再現できないものだという事実も認める。「彼らは、その歌声に劇的なものをまとっていました。完全な男性にはなれないという悲劇は、その声にも顔をのぞかせていたのです。」

ジャルスキーは、18世紀ヨーロッパでセンセーションを巻き起こした去勢歌手たちに長いこと魅せられてきた。数年前には、ヨハン・クリスチャン・バッハがカストラートのために書いた、今では忘れられたアリアの数々を収めたアルバム「La Dolce Fiamma(甘い炎)」を録音している。そして来月、彼はオーストラリアン・ブランデンブルク・オーケストラと共演し、かつてファリネッリとカレスティーニというカストラート界の二大ライバルが歌って大ヒットしたバロック・オペラの名曲を披露する。

当時の様子を思い浮かべてみよう。人々が、髪粉をたっぷり振りかけたかつらをつけていた時代のロンドン。有名な作曲家ヘンデルと、それよりは知名度が少々劣るライバルのポルポラは、オペラ界でのトップの座を狙って激しい争いを繰り広げていた。ヘンデルの陣営には有名なカストラートのカレスティーニ、そしてポルポラには同じくらい崇拝されている歌手ファリネッリがついていた。二人の作曲家はそれぞれ、自分の陣営の歌手の驚異的な才能を誇示するために曲を書き、アリアがいっそう崇高で華々しく、名人芸的なものになるよう心を砕いた。

カストラートは、成層圏にまで突き抜けると思われるような声のほかにも、ひとたび舞台を下りれば女性そして男性を相手にした恋愛遊戯で知られていた。皮肉なことに、男性機能を奪った処置はまた、彼らを超人間的な存在にする結果となったのである。必要なホルモンが奪われたため、カストラートの手足は異常な長さに成長し、胸腔は巨大化したのに対し、喉頭は子供のままだった。その結果生まれる声は、力強さと純真さを不気味に混ぜ合わせたものとなった。それは、恐ろしい残酷行為から作り出された至高の歌声といえよう。

カウンターテナー界の広告塔たるジャルスキーには、彼のためにせっせと手編みに励む女性軍団のほかに、ゲイのファンも数多い。「沢山のゲイの人たちが、カウンターテナーの声に興味を示します。なぜなら彼らにとって、この声は男性であることのもう一つの方法を、戯画化することなしに示すものだから。けれど、それは何もカウンターテナーの声に特有のものではないと思うのです。カウンターテナーであることとゲイであることを混同されることもありますが、実際にはもっと複雑なものなんです。カウンターテナーにはゲイもいれば、異性愛者もいます。自分のセクシュアリティを表明するためにこの声を選ぶ必要はありません。カウンターテナー・ボイスが自分にとって心地よく、その声を使って素晴らしい音楽を作り出せるのなら、カウンターテナーを選べばいいわけです。」

パリ郊外で育ったジャルスキーは、最初ヴァイオリンを学んだが、この楽器を心底楽しんでいたわけではなかった。ティーンエイジャーの時、地元の教会で開かれたバロック・コンサートでマルティニーク島出身のカウンターテナー、ファブリス・ディ・ファルコの歌を聴く。彼はその音色に衝撃を受け、魅了された。最初はためらいもあったが、彼の中でこんな声がささやいた「君だって、できるさ」。

最初についた音楽教師には確信がなかった。「彼女は『あなたには音楽の才能があるけど、いかんせん声が小さすぎるのよ』と言いました。でも僕はこう言ったんです。僕を信じてください、絶対にカウンターテナーになってみせます、と」。

それでは、カウンターテナーのどこに惹かれたのだろう。「それは少年のままでいられるからだと思います。僕は今、35歳ですが、いまだにティーンエイジャーのような気持ちがします。カウンターテナーは女性のように歌おうとしているのだと多くの人が思っていますが、僕にとっては、子供時代の、何か純粋なものを自分の声の中に見出そうとしているんですね。」

1922年に世を去った最後のカストラート、アレッサンドロ・モレスキは、カストラートの声の唯一の録音を残しているが、現代のある批評家はそれを「ヘリウムを吸ったパバロッティ」と形容している。しかし私たちがカストラートに魅了される気持ちは尽きない。両性具有性や性的曖昧さは、その魅力のほんの一部分だ。貧困が生んだ悲劇と、そこから逃れるために自らの子供に去勢手術を受けさせる親たちの絶望には、計り知れないものがある。その残酷さこそが、ジャルスキーを引き付けて離さないものである。「カウンターテナーで歌うことは、カストラートの音色を理解するための一つの方法ですが、僕たちは決して、カストラートを忠実に再現することはできないんです。」
*** END ***
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by bonnjour | 2013-03-09 19:35 | 聴く&観る